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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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『さよなら』という感情

「マチルダ、落ち着いて。まだ、そいつと決まったわけじゃない。

 ……状況だけなら、そいつが一番怪しいのは事実だけど……思い込みは、危険」

「わかってる、わかってるんだけど、ね……」


 レティの言葉に、こくり、そう頷いては見せる。

 頷いては見せるのだが。

 その体は、小刻みに震えていた。


「あたしはね、あいつに絵描きとして全うしてもらいたかったんだ。

 人として、だめなのはわかってたけど、それでも、あいつに満足して欲しかったんだ」


 この一か月程の間見たセルジュは、本当に充実した顔をしていた。

 ややもすれば嫉妬してしまう程に満ち足りて、生き生きとしていた。

 ……それが、彼の命を蝕んでいたのかも知れないけれども。

 それでも、この一月は彼の人生にとって意味のあるものだったに違いない。


 なのに。


「なのに、こんなのってないだろ?

 あいつが命を懸けて描いた絵だ。

 そいつを横からかっさらうような奴を、あたしは許せないっ!!」


 暗く重い激情が鎌首をもたげる。

 吐き出した言葉に、据わった目に滾る、黒い炎。


 当たり前だ。

 誰よりも彼女こそが、彼の死に傷ついていたのだから。

 それを、持ち前の分別で押さえていただけなのだ、そのタガが外れてしまえば。


 しかし、それを止めることなど、レティにもエリーにもできそうにない。

 止める気があるのかと聞かれると、言葉に困るくらいで。


 で、あれば。


「……マチルダ。その気持ちは、私たちも一緒だよ。

 だから……私たちに任せて、くれないかな……」

「あんたたちに、って……あ……」


 そう言われてようやっと何かに気づいたかのように、呆気に取られた顔をする。

 エリーが、こくりと頷いて見せて。


「はい、私たち一応、冒険者、ですから」

「調べることも……その先のことも。

 多分、私たちの方が上手くやれる、から」


 そう言いながら、マチルダの手を取る。

 自分たちと同じで、彼女も感情の矛先をどこに向けるべきなのかわからなくなっている。

 であれば、自分たちが預かって、向かわせるべきへ。

 感情の大きさや種類は違うだろうけれども、同じものも抱えているはずだから。


 そんな二人の向けてくる視線を受け止めて、考えて。

 ……しばしの沈黙の後、マチルダはこくりと頷いた。


「わかった……頼むよ。

 頼む、よ……あいつの絵を、こんな形で終わらせないでおくれ……。

 あんまりじゃないか、こんな、こんなの……絵のことしか考えてこなかったあいつの、終わりに、こんな……」


 頷いたまま、顔を上げることができない。

 小刻みに肩を震わせる彼女を、エリーがそっと抱きしめる。

 レティは、ぎゅ、とその手を強く握る。


 わかっている。

 少なくともその一点に関しては紛れもなく、同じ思いだ。


 彼は。彼の絵は。

 こんな形で終わっていいはずがない。


「当たり前です。私の、師匠なんです。

 私に絵の素晴らしさを教えてくれた人なんです。

 こんな、こんな終わらせ方、させませんっ」

「うん。私は、描かれるだけだったけれど……それでも、私の知らなかったものを教えてくれた。

 エリーに、大事なものを見つけさせてくれた。

 そんな恩人がこんなことになるのは、筋が通らない」


 そうだ。こんな終わりは許されない。

 こんな終わりは、筋が通らない。

 ……許すわけには、いかない。


 ぎゅ、と手が握り返される。

 互いが触れ合う場所で、熱を共有しあう。

 その熱は、どこか狂おしい歪みがあったけれども。

 それでも、今の三人には必要なものだった。


「ああ……ありがとう、エリーちゃん、イグレットちゃん、ありがとう……」


 その歪みは薄々自覚もしてはいたが。

 それでも今は、それに縋るしかなかった。




 翌日、神官が来て、葬儀の準備が手際よく整えられ、葬儀が始まる。

 夜が明けるまで、あるいはその葬儀の合間にレティは探査魔術をかけ、相変わらず弾かれなどしていたが。

 そんなことは知らない神官や葬儀の参列者は、当たり前に集まり、当たり前に参列する。

 さすがに、息子のテオなどは盛大に泣いていたが……大半の大人達にとっては、程度の差こそあれ、馴染んだ儀式だった。


 セルジュの過ごしたアトリエで、別れの儀式が執り行われて。

 遺体が棺に入れられると、参列者の手で担がれ、運ばれていく。


 それら一連の流れは、やはりどうにも機械的なものだったけれども。

 変に感情に引きずられるよりは、こんな時にはありがたいのかも知れない。

 そんなことを、レティはぼんやりと考えていた。


 遠くの教会から、鐘の音が聞こえてくる。

 重々しくも物悲しいそれは、セルジュの死を悼むようでもあり、彼が永き眠りにつく場所へと誘うようでもあり、この葬列の道しるべのようでもあって。

 一つだけ確実なのは、迷わずその場所へとたどり着けるようにと響いていることだった。


「……鐘の音って、こんな音だったっけ……?」

「……そう言えば、そんなこと、意識してなかったですね……」

 

 二人して、他愛もないことを言い合う。

 どんよりと重いものがのしかかっているような頭に、妙に響く音。

 言葉にならない言葉で告げられるような錯覚。

 この道行は、日常の中の非日常なのだ。

 そう、告げられているようで。

 知らず、厳かな気分になってしまう。


 やがて、教会へとたどり着いた。

 雲一つない、抜けるような晴天の空。

 それを背景にした教会は、本来ならば華やかに見えるのだろうけれども、どうにも厳粛でわびしいものを感じさせる。

 きっと、今からここが別れの場になるのだと、知っていて、改めて知らされるから、かも知れない。




 葬列はそのまま進み、墓地へと入る。

 用意されていた墓の前まで進み、掘られていた穴へと棺が入れられた。

 最後に、棺が開けられて、彼の顔が覗く。


「とうちゃん……とうちゃん!」


 たまらず、テオが泣きわめく。

 その体を、マチルダがギュッと抱きしめる。


「セルジュ……ほんと、あんたってやつは、さ……。

 最後の最後まで……」

 

 それ以上、言葉にならない。

 神官が気遣うように二人を誘導してその場から少し離すと、参列者たちが棺の前に立ち、口々に別れを告げる。

 別れを惜しむ言葉が溢れ、マチルダも、テオも、エリーやレティも、じわりと目の端に熱いものが浮かんでしまう。


 そして、エリーとレティの番がやってきて。


「セルジュ……ありがとう。

 あなたに描いてもらったことは、きっと私の大事なものになる」

「師匠……ありがとうございます!

 私、私……教えていただいたこと、絶対忘れません!」


 それぞれに、それぞれの別れを告げていく。

 様々に言葉は違うけれど。

 思うことは少しずつ違うけれど。


 それでも。

 彼の死を悼む気持ちは、全員に共通していた。

鐘の音が終わる。別れの儀式が終わり、現実が戻ってくる。

そうして始まる、世知辛い日々。

ならばそこに、ほんの少し甘さを望むのは、決して罪では無いはずだ。


次回:残したい場所


時にそれは、少しだけ横暴で。

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