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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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人間の、目覚め。

書いているうちに、予定がずれてしまいました……当初のサブタイトルから変更します。

 ……そして、朝の光に目を覚ます。

 若干の気怠さはあるが、いつもに比べると随分と頭がはっきりしていた。

 ゆっくりと呼吸をすると、嗅ぎ慣れたシーツのかび臭さに混じる、久しぶりの匂い。

 

 ……案外、忘れてないものなんだな、と苦笑する。

 

 お互い、年を取った。それはわかっていたし、よくわかった。

 それでも案外と馴染むものだ、などと言ったら彼女は怒るだろうか。


 ふと、漂ってくる匂いに気付いて体を起こす。

 そういえば、これも何度も嗅いだことがあるな、なんて思いながらベッドから降りると、伸びを一つ。

 若干節々が痛いが、まあ気にするほどでもあるまい。


 簡単に身繕いを済ませると、台所を覗き込む。

 予想した通りの後ろ姿が目に入る。


「おや、もう起きちまったのかい。後で起こそうと思ってたのに」

「なんだか目が覚めちゃってね。何か手伝おうかい?」

「よしとくれ、あんたに触られちゃ、かえって邪魔だよ。大人しく座ってな」


 追い払われるように手を振られると、仕方なしに大人しくテーブルへと座る。

 ……いつもより片付いているのは、決して気のせいではないのだろう。


 そして待つことしばし、食事が運ばれてきた。

 簡素なスープに、パンは今朝パン屋で買ってきたのだろうか、まだ柔らかい。

 ありふれて、覚えのある食卓。

 簡潔に祈りの言葉を唱えて手をつける。


「……久しぶりに人間の朝を迎えた気分だよ」

「ほんと、あんたほっとくと何もしやしないんだから」


 咎めるような口調に、ごめん、と小さく謝る。

 お互いにそれを諦めて受け入れられたのは、年を取ったからだろうか。

 言葉に棘はあるが、それは、枯れて丸くなっている。


 少し、沈黙が流れて。


「ねえ、セルジュ。

 今度でいいからさ、あたしをまた描いてくれないかい?」

「また? 君の絵は何枚も描いただろう?」


 そして、その時は緊張していたり、退屈そうにしていたり……少なくとも好きそうではなかったが。


「そうだけどさ、今のあたしを、今のあんたに描いて欲しくなっちまったんだよ。

 ……それとも、こんなおばさんじゃ嫌かい?」


 そんな恥じらうような表情はどれくらいぶりだろう。

 釣られて、こちらも照れくさくなってしまう。


「そんなことないさ、その、マチルダは今も魅力的だよ」

「ははっ、そいつは嬉しいね。

 まあ、そうだよね、少なくとも……元気になってもらえるくらいには、まだね」


 からかうような言葉に、思わずスープを吹き出しそうになって、むせる。

 しばらくゴホゴホと咳き込み、口元を拭いてから。


「……朝っぱらからそういうのはやめてくれないかな……」


 そう抗議しながら、その表情は満更でもなさそうで。

 こんなやり取りをどこかで楽しんでいる自分は、確かにいた。


「それなら、早速今日から描こうか? ちょうど、あの絵を乾かさないといけない日だから」

「へ? いやぁ、さすがにそいつは急すぎるよ、うちのこともしないとだし。

 じゃあ、明日またあの絵を塗るわけだから……明後日からなら?」


 随分と乗り気なセルジュに、今度はマチルダが慌てる。

 それでも指折り数え、これなら、と頷くあたり、彼女も人のことは言えない。

 うん、とセルジュも頷き返して。


「じゃあ、明後日から、始めよう」


 今の自分で、今の彼女を。

 それはそれで、心が浮き立つような感覚があった。


 ……ただ、どうして急いで描こうとしてるかは、言えないままだったが。



 

 朝食を食べ終えて片付けると、軽く掃除までして。

 ついでに、セルジュの服を洗濯して、今日着るものはせめてもと皺を伸ばしてやって。


「ほら、ちったぁシャンとしなよ? 折角お嬢さんたちが来てくれるんだからさ!」


 バシン、と背中を叩いて笑顔を見せると、マチルダは家へと帰っていった。

 また咳き込み、涙目で抗議しながら、それを見送る。

 そうして、一人室内に戻ると、ふぅ、と吐息をもらす。


「あ~あ、まいったな……予定が崩れちゃったよ」


 そう言いながら、描くつもりだった画布へと目をやった。

 生活のために、マルダーニの要求する絵を描く。

 そんな気持ちは、もう完全になくなっていた。


 それに、先日何枚か渡したのだ、しばらくは来ないだろう。


「まいったなぁ……本当に。

 描きたい絵が二枚もできちゃうなんて」


 レティをモデルにした絵は、今も描きたくて描きたくて仕方がない。

 そして、マチルダの絵も、間違いなく描きたくて仕方がない。

 ただ、その欲求が出てくるところが、少し違う気がして。

 

 じぃ、と描きかけの絵を眺める。

 もっとこうしよう、ああしよう、と画家としての本能のようなものが訴えかけてくる。

 今も収まることなく、昨日の構想の続きがすぐに湧き出し始める。


 では、マチルダを描きたいと思ったのは?


「……本当に、まいったなぁ……」


 そのことに気づいて、両手で顔を覆う。

 どうやら、人間として、彼女を描きたいらしい。

 自覚してしまうと、酷く恥ずかしく、照れくさい。


「……どんな顔して、今から来るあの二人と顔を合わせればいいんだ……」


 途方にくれたように、ぼやく。

 どうにかして、誤魔化せないものか。

 そんなことを考えていると、妙案が浮かんだ。

 これなら絶対に誤魔化せる。間違いない。そう、確信していた。




 そしてセルジュがある提案を告げると。


「え。……え?」


 反応に困ったように時折ちらちらとエリーの方を見るレティと。


「師匠が、私たち二人の絵を描いてくださるんですか!?

 しかも複数ポーズで!?

 お願いします、お願いします、土下座でもなんでもします、言い値で払いますから、ぜひ!!」


 すでに土下座しているエリーがいた。


こんな生き方をしてきた。

こんな生き方をしている。

その全てが自分を形作っているのだから、その自分が描くこれは、きっと。


次回:その筆に、籠めたもの


そして、その筆が描くものは。

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