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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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それは、描くというよりも。

 途中から、エリーは声を出すことができなくなっていた。


 何もなかったところに描かれていく、絵。


 いや、描かれていく、という表現が適切かどうかがわからない。

 まるでそこに存在するのが当たり前であるかのように。

 元からそこにあったかのように。


 揺るぎ無い存在感と当たり前な自然さで、そこに在った。


「……これ、今描かれたものですよね?」


 茫然と、そう呟く。

 見入っていたからというのもあるだろうが、それでも決して長くはない時間。

 あっという間に描き上げられたそれは。


「……もう、できたの?

 私にも見せて……」


 そう言いながら、レティも覗き込んだ。

 そこに在ったのは。


 窓辺に座る、昼下がりの柔らかな日差しを纏った、麗人。

 

 横を向き、窓の向こうを眺める眼差しは穏やかで、遠く。何かを捉えた瞳は、力強く。

 日差しを浴びて白さを増した肌を彩る、緑なす黒髪は絹糸のように細く、柔らかく踊って。

 細い顎から、たおやかな曲線を描く首筋はほっそりとした肩口、胸元へと続いていた。

 

 折れそうな程に細い、それでいて強い芯が感じられる身体、それを覆う衣服の質感の柔らかさ。

 ゆるりと組まれた指、凛と伸びた、それでいて無駄な力を感じさせない背筋。

 整いすぎているくらい整っているのに、自然なたたずまい。


 それはまさに。


「……誰、これ……」

「何言ってるんですか、レティさんに決まってるじゃないですか!

 ほら、だから言ったでしょう、そこにいるだけで詩的な芸術になるって!」


 否定したい。

 顔から火が出るような感覚を覚えている。

 これは間違いなく、恥ずかしい。照れくさい。

 けれども、否定はできなくて。


「私が、じゃなくて、この絵が、じゃないの……?

 この絵が凄いことは、私でもわかるもの……」


 自分とよく似た何かが、そこに存在している。

 ただ、その存在が放つ存在感、質感、訴えかけてくる力強さ。

 それは、どうにも自分とは不釣り合いなものに思えて仕方ない。


「この絵が凄いことは、それはそれで認めますけど……。

 はっ!? そうだ、セルジュさん、これ売ってください、いくらで売ってくれますか!?」


 がさごそと、背負い袋を漁る。

 中に入っているミスリル銀貨は、先日の200枚は折半ということになった。

 だから、100枚は使える。

 100枚で足りるだろうか。そう思いながら、革袋を取り出す。


「え、いや、まだこれ、練習ですから……。

 練習が終わったら、よろしければ差し上げますよ?」


 絵を描いた当の本人は、あはは、と軽く笑っていた。

 生み出した彼からすれば、こんなのはただの練習だ。

 確かにモデルは望外に理想的ではあったが。

 お金が取れるようなものを描いたつもりは全くない。


 だがそれだけに、あまりの認識のギャップに、革袋を手にしたエリーは茫然と固まっていた。

 差し上げる?

 何を言っているのだ、この人は?

 まるでタダでくれるような?

 

 いや、それ以上に、だ。


「あの、練習、ですか?

 ……これで?」

「ええ、そうですよ?

 まだ、イグレットさんのワンポーズを捉えただけですから、まだ何枚か描かないと」


 やっぱり、そうだった。

 自分の耳が捉えた言葉と、その意味。

 つまりは。


「まだまだ、こんな芸術作品が何枚も描かれるってことなんですか!?」


 そう、叫ばざるを得なかった。


「いやだなぁ、芸術作品だなんて、おこがましいですよ。

 まだ、簡単なスケッチですし……。

 後少なくとも3ポーズ、左右からと背後からと描かせてもらいたいんですけど、大丈夫ですか?」


 簡単。

 これで?


 確かに、時間は、簡単と言っていい程度の時間でしかなかったが。

 

「あ、うん……ポーズを取るのは、問題ないのだけど……。

 これが、簡単、なんだ……」


 若干、引いてしまう。

 これで、彼が本格的に描き始めたら、一体どんなものが生まれてしまうのか。


 見たい。

 そんな気持ちが、生まれてしまう。


「あの、セルジュさん!

 描きあがったら、その残り3ポーズとかそれ以上とかも、もらえるんですか!?」


 そう尋ねるエリーの声は、酷く切羽詰まったものだった。


「え? ええ、もちろん。

 これくらいで良ければ、いくらでも差し上げますよ」


 穏やかに、力みなく微笑みながら答えるセルジュ。

 あっさりと得られた答えに、エリーはしばし言葉をなくして。


「……神ですか。あなたが神だったんですか。

 こんな、神の作りしたもう絵画を、ぽんぽんと生み出せるあなたこそ神に違いないです……」


 気が付いたら、祈りのポーズのように手を組んで、あがめていた。


「ちょ、ちょっと、エリーさん、やめてください!

 私はそんな大それたものじゃないですから!」


 悲鳴にも似た声があがる。

 だが、セルジュを見つめるエリーの眼は、冗談ではなかった。

 それは、信じる神を目の前にした敬虔な信者の眼差しに似ていて。

 あまりの熱量に、たじろいで後ずさりしてしまう。


 そんな、滑稽で必死な二人のやり取りを、若干蚊帳の外から眺めながら。

 改めて、自分が描かれた絵を眺める。


「……もしかして……とんでもないことに、首を突っ込んじゃった……?」


 バランディア王国の王位簒奪という大事件に首を突っ込んだ直後だというのに。

 こちらの事案の方が大事なんじゃ、とすら思ってしまう。

 

 それくらいに、エリーは必死であり、セルジュは大慌てであり。


 そんな二人を眺めている自分は、柄にもなく、心が浮き立つような感覚を覚えていた。

そこにあるものは、そこにあるものだ。

当然、変わるわけが、ないのだが。

見る人間によって、世界は変わる。そんなことを考えたこともなくて。


次回:そこに、見えたもの


真実は、一つではないのかも知れない。


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