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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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汝は何者なりや

 渋々とだがレティがモデルになる件を了承した後。

 一度アトリエに案内します、とセルジュのアトリエへと案内された。


 湖の側にあるそれは、アトリエ、と呼ぶには……なんともお粗末な、小屋、としか形容ができないものだったけれども。

 まあそこは、自称しがない画家で平民である彼の所有するものとしては仕方のないところだろう。


 中へと足を踏み入れれば、途端に鼻を衝く油絵具の匂い。

 あまり掃除をしてないのだろう、若干埃臭い室内。

 絵や絵の具を傷めないためだろうか、室内への日差しは最小限で。

 なるほど、いかにも売れていない画家のアトリエ、という風情だった。


 だった、のだが……そこに置かれている作品を見て、エリーは驚きの声を上げてしまった。


「えっ……これ、レンブールの人物画!?

 こっちは、パブロッソの若い時代の自画像……え、モネールの代表作『水辺の百合』に、デューリーの抽象画……なんでこんなところにあるんですか!?」


 古代魔法王国時代に描かれた名画の数々。

 それが、この冴えない画家のアトリエに並んでいた。


 驚きのあまり声を上げたエリーを、今度はセルジュが驚きの眼で見つめていた。


「えっ、エリーさん、ご存じなんですか?

 古代王国期に描かれたもので、中々普通の人は知らないものなんですが……」

「そ、それは……ほら、私魔術師ですし、古代王国期の兵器の研究もしてますから、そういったお勉強も……。

 ……あれ? でも、じゃあそんなものが、どうしてここに?」


 本来ならば国立美術館に所蔵されていてもおかしくないはずの作品。

 それが、この男のアトリエに……ある程度は気を使われていたけれども、無雑作と言っていい程度の扱いで置かれていたのだ。


 おまけに、何度も見直してみると……。


「……これ、古代王国期のものにしては……絵の具が、新しい……?」

「いやはや……そこまでわかってしまいますか」


 指揮官として想定される、当時の貴族相手のコミュニケーション能力を与えられる過程で、ある程度教養も埋め込まれている。

 それゆえに、当時の画家とその代表作くらいは知識としてあった。

 その記憶と合致するところ、合致しないところ。……合致し過ぎるところ。


「絵の具は当時のもの、みたいに見えて……現代に用意されたもの、みたいですね」

「……ねえ、ということは……これって」


 そこまで説明されれば、わかってしまう。

 何しろ後ろ暗い人生を歩いてきたのだ、そちら方面の察しは良くなってしまうもので。

 だが敢えて言葉にはせず、じぃ、と見つめて言葉を待つ。


「……はは、どうやら誤魔化しようがないみたいですね。

 そうです、私は……画家、の端くれであり……画家、と名乗ってはいけない人間。

 つまりは……贋作家です」


 微笑んではいたが。

 その表情には、瞳には、なんとも言えない苦みが滲んでいた。

 しばしその顔を眺め、作品をまた見て。


「……エリー。あなたが見間違えたということは、この絵は高い技術で描かれているの?」

「えっ、あ、はい、そう、ですね……」


 そう声を掛けられて、慌ててもう一度見直す。

 一つ、一つ作品を見直して、記憶にあるデータと照合していく。

 ん? と小首を傾げて。何度も、何度も、見返して。


「あの……これ、本当に、セルジュさんが描いたんですか?」

「ええ、間違いなく、私が描きましたよ」

「そう、なんですか……本当に……」


 確認して、かえって混乱してしまう。

 それくらいに、これは。


「私は専門家じゃないので、断言はできないのですけど……。

 少なくとも私には、とんでもない技術で描かれてるように見えます。

 描画の正確さ、はもちろんなんですけど……それぞれのタッチまで再現してて……。」


 そう言いながら、エリーは一枚の絵に近づく。


「例えばこれ、モネールの『水辺の百合』を真似たらしきものなんですけど……。

 この緻密な点描……点を細かく打つように絵の具をおいて描画していく技法なんですけど、その細やかさや配色、何よりこの明るく開放的な空気……とても他人が描いたようには見えません」

「へぇ……なるほど、言われてみれば……こうして近づくと、良くわかるね」


 エリーの解説を受けて、興味をひかれたのか近くで見つめる。

 しばらく見つめ、ふむふむ、と頷く。

 エリーは今度は別の作品を示して。


「こちらは、デューリーの作品、の贋作ですよね?

 厚めの塗りでとても現実的な質感を持たせながら、現実にはあり得ない場面を描写して強く訴えかけてくる画家です。

 ……つまり、全く違う描き方、ニュアンス、作風の絵のはずなんです」

「……なのに、そのどちらも、エリーが驚くほどの絵だった。

 一人の人間が描いた、のに」


 二つを見比べると、明らかに違う絵だと思う。

 だが、それは一人の人間の手で生まれたのだという。


「……凄いね」

「ええ、とんでもないと思います……ここまでのものを一種類描けるというだけでも凄いのに……それを、これだけの種類で……」


 エリーの解説を辛そうに聞いていたセルジュは、二人の感想に目を瞬かせた。

 え、え、と言わんばかりに二人の顔を交互に見やり。


「あの、お二人とも……その……感想は、それなんですか……?

 その、もっとこう……」


 所詮自分は贋作家。

 どんな嘲りをうけるか、と身構えていたというのに。


「え……。だって、これ、凄い技術、だよね?

 私は、絵のことはよくわからないけど……この絵が、凄い技術で描かれていることだけはわかる、よ?」

「ですねぇ、ここまでの技術を身に着けている人はそういないかと」


 うんうん、と当たり前のように頷いている二人を、信じられないものを見るような目で見てしまう。

 この二人は、何を言っているのかわかっているのだろうか?

 そんな疑問さえ、脳裏に浮かぶ。


「えっと……贋作を売るなんて、とか、そういう……糾弾、と言いますか……」

「……買ってくれる人がいるなら、良いんじゃない?

 生きていくために、これくらいなら……まだ平和だと思うのだけど」


 もっと酷いものを売っているところを見てきた。

 自分の提供してきたものなど、その最たるものだ。

 だとすれば、彼の描いているものは……むしろ、尊敬の念すら覚えて。


「そうですよねぇ……これくらい平和ですよ。

 それに……売れるために、色々身に着けたんでしょう?

 ここまでの努力は、そうそうできるものじゃないですよ」


 うんうん、とエリーが頷く。

 

 そんな二人を見て、セルジュは言葉を無くして立ち尽くす。

 

 この二人は、何を言っているんだ?

 そんなことを言われたことは、今までなかったぞ?

 だって、私は……私は……贋作家なんだぞ?


 そう、自分で自分を否定しようとする。

 

 だけど。


「これだけ描けるようになるのに、どれくらい練習したの?」


 そう、まっすぐ聞かれて。


 今までの日々が、思い返される。

 絵を志してから、四十を過ぎるまで、三十年以上。

 ずっと、孤独にキャンバスに向かっていた。


 ずっと、自分の絵だと評価されることはなかった。


 なのに。

 今、今日会ったばかりの二人が、認めてくれた。


「そう、ですね、どれくらい、練習……どれ、くらい……」


 練習、しなかった日はない。

 手を、筆を、動かさなかった日などない。

 認められないまま、それでもいつか認められる日が来ると、信じて。

 ……信じて、信じて、信じられなくなって。


「練習、は……」


 じっと、手を見る。

 絵の具や木炭で汚れた、薄汚い手だ。


「練習は、した、じゃないんです……今も、している、んです……」

「ああ、なるほど……それは、ごめん。

 そうだよね、ずっと、じゃないと錆び付くし……こうは、なれないよね……」


 納得されて。受け入れられて。

 ……認められたように感じられて。


 もう、だめだった。


「そんな、こと、は……そん、な……」


 それ以上、言葉にならない。

 俯いて、見つめた自分の手のひらにぽたぽたと水が落ちる。


 この手を動かしてきたことは。汚してきたことは。

 決して無駄ではなかったのだ。


 その世界一汚く、世界一嫌いで。

 ……世界一誇れる両手で。

 

 自身の顔を覆い、しばし嗚咽を漏らした。

明日の約束をした。

昨日までの自分は、今も自分の足を引っ張っている。

そして、それを今日も引きずっている。


次回:明日と、昨日と、今日と


いつかは、解き放たれると、信じたい。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ〜やっぱなんか見た事ある気がする この後絵を書いていく中で贋作依頼をしてきた裏の人間が絡んできたりしたようなしてないような
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