残念な、案件
込み入った話が一段落ついて、また他愛もない話題に移ったころ。
……ちょうど騎士になりたての頃のゲオルグの失敗談を面白おかしく語り、護衛の騎士達が必死に笑いをこらえているところに、マリウスが返ってきた。
「すみません、お待たせいたしました!
……陛下、皆さん、随分楽しそうですね……?」
「ああ、マリウス、お帰り。
いやね。……うん、共通の程よい話題は貴重だねという話なだけさ」
急ぎ、真面目な表情で帰ってきたマリウスへと、慌てることなく笑顔を向ける。
はあ、と何だか間の抜けた返答を返して。すぐに表情を改め、持ってきたものを提示した。
「こちらが、該当しそうなものです。
どうですか、エリー殿?」
「ありがとうございます、拝見しますね。
……え~……ああ、うん……ああ、なるほど……」
一つ一つ手に取り、角度を変えながら眺め、る振りをして軽く魔力を流して動作を確認する。
しばらくその作業を続けて……終わると、小さく首を振った。
「すみません、ありがとうございました。
持ってきていただいたものの中に、該当するものはあったのですが……残念ながら、壊れていました」
「そうですか……こちらの保管が悪かったのかも知れません、申し訳ない」
「いえいえ、普通は何の役に立つかわからないものですもの、お気になさらず!」
申し訳なさそうに頭を下げるマリウスへと、慌てて手を振る。
実際のところ、それは覚悟していたことで。
……ちょっとだけ、落胆はしたけれど。
それは表情に出すことなく、笑顔のままで。
……そっと、気遣うようにレティがテーブルの下で手を握ってきたのが、嬉しかった。
んんっ、と小さな咳払いが聞こえて。
そちらへと視線を向けると、にこやかなリオハルト。
「二人とも、役に立てなくてすまなかったね。
もし新しく見つかったら、こちらで保管しておくよ」
「……ありがとう、その時はお願い、ね」
「はい、宜しくお願いします」
ばれた? とエリーは若干気まずい思いをしながら。
レティはまるで気にした様子もなく。
二人して軽く頭を下げた。
「さて、大体話は終わったかな。
二人はこれからどうするんだい?」
「そうだね……この街で一泊してから、明日にはまた出ようかな」
「へぇ。……次はどこに行くのか、聞いてもいいかな」
「別にいいけど……」
若干身を乗り出し気味なリオハルトに、少し胡散臭げな目を向ける。
この元王子・現国王の抜け目なさを知っているだけに、何を考えているやらと警戒してしまう。
「この後は、コルドールの王都へ向かおうかと」
「ああ、なるほど。あそこには巨大遺跡があるよね」
「ん、そういうこと」
流石の察しの良さに内心で舌を巻きながらも、こくりと頷いて見せて。
なにやらうんうん、と頷いている様子に、小首を傾げる。
「……どうしたの?」
「いやね、あそこではもう少ししたら剣術大会が開かれるんだ。
かなり大規模なものみたいだから、見物してみるのもいいんじゃないかな」
いい刺激になるかも知れないしね、とにこやかに。
……何を考えているのやら、本当に読めない笑顔で。
「……まあ、時期が合ったら、見物くらいなら」
「そうですねぇ、それくらいなら……」
心許せる戦友ではあるのだが。
こんな時の彼の笑顔には警戒してしまう二人だった。
そんなやり取りをした後に、また他愛もない会話をして。
やがて時間が来て、リオハルトはまた次の予定へと向かう。
「……陛下、随分と楽しそうでしたね」
「そうかい?
……まあ、あの二人は特別と言えば特別だからね」
問いかけてくるマリウスへと、笑って返す。
そんなリオハルトへと、思案気な顔を向けて、しばし沈黙。
恐る恐る、口を開いた。
「……であれば、どちらか、あるいはお二方とも、側に置かれては?」
至極真面目な顔で。
そう、新たに王となり、様々な面で制度を刷新しようとしているリオハルトには敵も多いがすり寄ってくる人間も多い。
若い国王の妃に、と売り込みも絶えない。
であれば、信頼できる女性をあてがおうとするのは、当然と言えば当然だ。
だが、そんなマリウスの忠誠心からきた言葉に、リオハルトは意表を突かれたような顔になって。
くくく、とすぐに笑いだした。
「あの二人を? とてもじゃないけど、私には無理だな。
残念ながら、私にそんな器はないし、そんな恐ろしいことはとてもできない」
二人のことを良く知っているからこそ、そう思う。
残念そうにしているマリウスへと、さらに笑いかけて。
「あの二人が女性として魅力的なのは認めるよ。
でも、王妃や側室ともなれば、それだけではだめ、というのは君もよくわかるだろう?」
王の妃ともなれば、様々な政治的な能力、もしくは背後の力が必要となる。
あの二人は飛びぬけた能力は確かにあるが、あくまでもそれは個人の能力だ。
……まあ、レティなどは何も証拠を残さずに色々とできてしまうかも知れないが。
「私は……あの二人とは、仲間、あるいは取引相手でありたいんだ。
それが、最もこの国のためになると思うから」
あの二人の本領を間近で見ていた人間としての本音だった。
国という枠に収めてしまうには、あの二人の能力は突出しすぎている。
であれば、良好な関係を保つのがお互いの、どちらかと言えばバランディアのためだろう。
その言葉に、マリウスは何か言いたげな顔になったが……結局、何も言わず、黙って頷いた。
しばしの再会、しばしの休息。
そしてまた彼女達は旅に出る。
手に入れるべきものを、手に入れるために。
次回:湖の街、クオーツ
そして、時に不思議な出会いもある。




