棘のような、疑惑
三人でひとしきり笑いあった後、コホン、とリオハルトが咳払い。
極上の王子様スマイルでマリウスへと向き直ると。
「まあ、つまり彼女らとはこういう関係なんだ、安心してくれ」
「……はあ、わかりました……いえ、よくわかりませんが……」
そう返さざるをえないマリウスを、護衛の騎士達がかわいそうな目で見ていた。
「さてと、改めて。
今日は何か私たちに聞きたいことがあると聞いているんだけど」
「……殿下……いや、陛下、なんでそんなに嬉しそうなの……?」
「ん? 決まってるじゃないか、君たちに恩を売れるチャンスなんだから。
君たちになら、いくらでも売るよ?」
にこやかに笑いかけるリオハルトへと、レティが胡散臭げな目を向ける。
それを平然と受け止め、むしろ普通なら言いにくそうなことを平然と言ってのけるあたり、相変わらずいい性格である。
「そう聞くと、聞きたくなくなるのだけど……」
「ええ、レティさん、いいんです。
私はどうなっても……このまま治らなくてもっ」
「だめだよエリー、このままにしておくわけにはいかないから……」
いきなり手に手を取り小芝居を始めたレティとエリーを、驚いたようにマリウスが見つめる。
……いや、リオハルトも、驚いていた。
むしろ、驚き具合はマリウスよりも上だった。
「……イグレット? エリーがそういうことをするのは知ってたけど、君まで?」
「ああ……こうやってあげると、エリーが嬉しがるから……」
やや不本意そうに、ほんの少しだけ、照れているように……。
そんな声で、顔で返事をするレティに、ますますリオハルトは驚いた顔を見せる。
「ちょっとレティさん、まるで全部私のせいみたいに言わないでくださいよ~」
「え……でも、大体エリーのせいだと思うのだけど……」
元より仲がいいのは知っていたが、ここまでだっただろうか?
『隙あらば惚気』
なぜか、そんな言葉がリオハルトの脳裏をよぎる。
だが、それを告げたらそこからさらに小芝居を展開されることは確実で。
今の僅かな情報だけで、二人に尋ねるべきことを見つけ出す。
「ところで。
エリーが治る治らないって、どういうことだい?」
「……あ。
そう、それを聞きにきたのだけど……エリー、お願い」
「あ、はい、そうでしたね。実は……」
そして、ここに来た本来の目的を告げる。
水晶のような魔道具で、特定の魔力信号に特定の魔力信号を返すだけの、どう使っていいものやらわかりにくいと思われるものが見つかっていないかと。
形状や反応を、魔術師であるマリウスには特にわかりやすいように。
ふむ、ふむ、と頷いていたマリウスへと、リオハルトが問いかける。
「どうだい、それらしいものはあるかい?」
「そうですね、確実にとは言えませんが、該当するものはいくつかあるはずです」
「本当ですか?! その、是非見せていただきたいのですけどっ!」
マリウスの答えを聞くと、エリーが食いつくように身を乗り出し、迫る。
どうどう、とその腕をつかんで抑えながら。
「エリー、落ち着いて……見せてくれるだろうから。
……ね?」
「……うん、今の君たちに対して、ノーという選択肢はないね」
色んな意味で。という言葉は飲み込む。
明確な殺意ではもちろんなかったのだけれど。
選択を間違えばそうなってしまったのだろうと容易に想像できた圧力。
……それを笑顔で受け流せた自分の面の皮は、思ってた以上に厚いのかも知れない、などと思いながら。
いいよね? とマリウスに問いかける。
……何かに怯えるように、マリウスはガクガクと無言でひたすら頷いていた。
マリウスが、心当たりを取りに戻っている間に、リオハルトは居住まいを正して、二人に向き直る。
「さて、今のうちに別の話。前の宰相のことなんだけど。
二人とも、何かおかしいと思ったことはないかい?」
リオハルトの問いかけに、一瞬お互いに見合って。
しばらくして、レティが口を開く。
「……むしろ、おかしいことだらけ、というか……」
「いつ、どうやって、何のために入れ替わったのか……言い出したらキリがないですよね」
二人の返答に、その通り、と言わんばかりに頷いてみせる。
「そう、そうなんだ。
恐らく入れ替わったのは、父上が亡くなった時か、母上が乱心し始めたころ。
どうやって、何のために、は全く不明だ。
『雷帝の庭』を悪用しようとしていたのは明白なんだけど、ではそれで何を、というのがね」
『雷帝の庭』の悪用は、手段でしかないはずだ。
そう、リオハルトは確信している。
だが、では、なぜ。
最期に母は異形へと変貌してしまったが、それは彼の目論見通りだったのだろうか、アクシデントによるものだったのか。
エリーが『ウィスケラフ』を操作している時に見つけたバグは、彼が仕掛けたものなのか、その目的は。
そもそも……現代においては数を著しく減らしている魔族の彼が、何のために何をしようとしていたのか。
……それは、嫌な予感しか引き起こさなくて。
「君たちに、調べてくれと言うつもりはない。
今、私たちの方で動いているしね。
だけど、君たちも何かつかめたら、教えてもらえないかな?」
かつて王子であり、今は一国の王であるリオハルトが、真摯な眼差しでそう頼んでくる。
ちらり、互いに横目で視線を合わせ、通じ合う。
やはり彼は、彼のままだ。そのまま王になろうとしているのだろう。
そう、安心のようなものを感じて、小さく笑ってしまう。
「もちろん、何かわかったら知らせるよ」
「ええ、お任せください♪」
「二人ともありがとう。
君たちに協力してもらえるなら、百人力だよ」
何せ、ミスリル銀貨200枚の女だからね、と笑う。
その言葉に、若干照れるものを感じながら。
ふと、不思議そうに。
「……でも、いいの?
また私たちに借りを作ることにならない?」
「ん……?
ああ、そうだね」
今更気づいたように、ぽんと手を打って、くすくすと笑うと。
「でも、いいよ、君たちになら。
また返そうと、張り合いが出るから」
そう言って見せた笑顔は、年相応のものだった。
手を尽くして、手に入らないこともある。
手を出すべきでないこともある。
その見極めこそが、肝心な時もあり。
次回:残念な、案件
間違えないよう、ご用心。




