王となっても
次席魔術師殿を何とか立ち直らせ、礼を言って。
ゲオルグにも改めて礼を言って。
また近づいてきた騎士達を追い払って。
他愛もなくとりとめのない、いつかのいつも、を過ごしているうちに時刻は昼を回った。
折角だから、と誘われた昼食を共にする。
うかつにも「ここは俺の奢りだ!」とゲオルグが宣伝してしまったばかりに飢えた騎士どもが群がり、ゲオルグがそれを蹴散らし、という一幕もありながら。
尽きない名残を振り払い、アウスブルグの街を後にする。
そこからの旅路も順調そのもの。
道中は天候に恵まれ、人にも恵まれて。
街に入る際にはゲオルグの発行した許可証で難なく入れて。
途中、二度ほど野営することにはなった。
だが、それは辛くもなく、むしろ……楽しくさえ、あったと思う。
昼間の熱気がわずかに残る夏の夜の風。
二人で囲む焚火の立てる、パチパチという小さな音。
そして。
見上げれば。
天の光は、すべて星。
夜の世界に住んでいたのだ、今まで何度も見ていたはずなのだけれど。
初めて、見上げたような。
そして、圧倒されるような感覚。
自分は今まで何を見てきたのだろう。
自分は今、何を見ているのだろう。
そんな、困惑するような感覚すら覚えた。
……ただ、それを素直にエリーに話した時に、随分と優しく微笑まれて、子供をあやすように撫でられたのは理不尽だと思ったりしながら。
順調に旅を続けて。
一週間後、無事にバランディア王都へとたどり着いた。
「……ここ、まだ修復終わってない、ね……」
「まだ、ええと……二週間と、少し? 一か月、経ってないですからね」
二人で、ゲオルグ達と第一騎士団が激突した東大橋を渡る。
すでに人通り、荷馬車の通行なども復活してはいるのだが。
どこか、その靴音、ガタゴトいう車輪の音が物寂しく響く。
よく見れば、あちこちにこびりつく赤黒い痕。
矢で、剣で、槍で。橋のあちこちは削られたままで。
遺体こそ片付けられていたものの……まだ、戦いの爪痕は色濃く残っていた。
ここで、多くの人命が失われた。
そう静かに語るようでもあって。
それを静かに、噛み締めるように、歩みを進める。
「エリー、ちょっといい?」
「はい、私もご一緒します」
声をかけると、渡り終えたところで足を止め、身体ごと振り返る。
エリーも心得たように倣い、橋へと向き直って。
そっと目を閉じ、黙とうを捧げる。
それで死者がどうなるわけでもないけれど。
こうして彼らの死を想うことは、無駄ではないように思えるから。
ここを通る人たちはほとんどがそうなのだろう。
二人が黙とうするその場所は、王城前の大通りに続く交通の要衝であるにも関わらず、穏やかな静けさを纏っていた。
黙とうを捧げた後、改めて王城へと向かう。
流石に、街中へと入れば、王城へ近づく程に活気があふれてくる。
賑わう大通りを、人波をすり抜けるようにして進んでいき。
やがて、王城の通用門までたどり着いた。
「これはこれは!
ゲオルグ様から伺っております、しばしお待ちください!」
ゲオルグが出してくれていた先触れから聞いていたのだろう、二人が出した許可証を見た門番は途端に笑顔になって。
城内に連絡するために、一人が駆け足で入っていく。
そして、ほとんど待たされることもなく、城内への案内がやってきた。
城内の奥にある、小さな部屋に案内されて、しばし。
「やあ、二人とも、久しぶり……というにはまだ早いかな」
数人の供を連れたリオハルトがやってきた。
高い襟、金の縁取りがされた深い紅のマントを纏った姿は、少し前の王子様らしい雰囲気から、一気に大人びたように見える。
元々大人びていた表情と合わさって、すでに立派な青年王の雰囲気を纏っていた。
「……久しぶり、でいいんじゃないかな」
「そうですね、お久しぶりです、リオハルト陛下」
迎えるために立ち上がった二人がそれぞれに挨拶し頭を下げると、見知った以前の笑顔を見せる。
「はは、陛下と呼ばれるのにはまだ慣れないね。
ああ、そうだ、紹介するよ。彼は新しい宮廷魔術師のマリウス・フォン・ランディール」
そう紹介されたのは、後ろに控えていた青年、に見える外見の魔術師。
バランディア王家に従う魔術師の正規ローブ、金糸と銀糸で魔術文様が刺繍されたそれを着こなし、恭しく頭を下げる。
「マリウス・フォン・ランディールです。どうぞお見知りおきを。
お二人のことは陛下やリューンベルド閣下から伺っております。
是非一度お会いできたらと思っておりましたので、今日は本当に僥倖でした」
そう言いながら、にこやかな笑顔を見せる。
「……私は、イグレット。平民なので名字はないから、ただのイグレットで。よろしく」
「私も同じく、エリーと申します。よろしくお願いいたします」
そう挨拶を返した後で。
二人して顔を見合わせて、何やら思案顔。
「あ、あの、お二人とも、どうかなさいましたか?」
心配そうにマリウスが尋ねると、レティが困ったように眉を寄せながら。
「申し訳ないのだけど……リューンベルドって、誰だっけ……」
「ああ、ゲオルグだよ。
そういえば、君たちの前だと、ほとんど言わなかったよね。
ゲオルグ・フォン・リューンベルドが彼のフルネームだよ」
二人の様子を不思議そうに眺めていたリオハルトがそう説明すると、ああ、と二人して納得して。
……また急に、押し黙った。
マリウスがおろおろとし始めると……二人が、ぷるぷると肩を震わせ始めて。
「閣下……ゲオルグが、閣下……」
「た、確かに、そうなんですけど……ゲオルグさんが、閣下……」
その二人のつぶやきを聞きつけたリオハルトが、これ以上ない笑顔で。
「似合わないよね、正直」
そう、一言投げ掛けると。
堤防が決壊するように笑い声が弾け、二人して……そこにリオハルトも交じって三人で笑いあう。
その空気に一人取り残されたマリウスは、茫然とその光景を見つめるしかなかった。
動乱の果てに得た平穏、その中だから気づく。
あれは一体何だったのか。
そして、それは終わりなのか。
次回:棘のような、疑惑
抜けたはずでも、違和感はあり。




