再訪、あるいは初めての。
昼前にアザールを出て、昼をそれなりに過ぎた頃に一度、街道脇の木陰で休憩を取る。
用意していた軽食を取りながら見るとはなしに街道を行きかう人々を見ていると、何度か馬車に乗った商人に、乗っていくかと声をかけられた。
エリーがにこやかな愛想笑いで応対し、軽く受け流したり、何故かドライフルーツをもらったりしながら。
夏の日差しに彩られた街道とその営みを、木陰から眺めて時間が過ぎる。
……時折、風が吹いて。
静かに、静かに、時間が流れていく。
30分程は休憩しただろうか。
やがてどちらからともなく立ち上がり、片付けて。
再び街道を、西へ。
「さっきの人たち、親切だったね」
「そうですね、フルーツもいただきましたし」
「……一応聞く、けど……断って良かったんだよね?」
「はい、どうせ夜になる前に着くでしょうから」
二人で、のんびりと、西へ。
暑くはあるけれど、不快ではなく。
とりとめのない会話をしていれば、気にもならず、足取りは軽く。
日が傾いて夕暮れが空を覆い始め、青から赤へ。
その頃には、アウスブルグの街が見えてくる。
「そういえば……どうして、夕方になると、空は赤くなるんだろうね?」
「研究してる学者さんもいたみたいですけど、結局良くわからなかったみたいです。
太陽と魔力の関係がどうたらこうたら……でも、結論は出てなかったような」
二人でそんな会話をしながら眺めた街並みは柔らかな赤い光に染まって、以前見た街とは少し違って見えて。
そうして、後少しだけ、歩いて。
夏の長い夕暮れ、それが終わり夜へと染まり始めた頃に、門へとたどり着いた。
ふぅ、と吐息を一つ。
来た道を、振り返って。
夜の闇に飲まれ始めた街道の向こうに、とっくにアザールの街は見えなくなっている。
そして、今日歩いた道のりも、ほとんど見えなくなっていて。
……それが少しだけ惜しいと思いながら、手続きをして、街へと入っていった。
アウスブルグの街も、やはり活気に満ちていた。
夜の時間、家路を急ぐ人、すでに一杯やってご機嫌な人。
大通りを賑わす人通りを避けるように通りの端を歩き、宿を探す。
この賑わいだ、すぐに見つかるだろう、と思っていたのだが。
「お~う、姉ちゃんたち、一緒に飲まねぇか?」
その前に、酔っ払いに捕まった。
まあ確かに、この二人の素性を知らなければタイプの違う美少女二人が連れ立って歩いているのだ、興味を引かないわけがない。
いくつかの意味で、残念なことに。
「すみません、先約もあるので……」
「いいじゃねぇか、そんなのほっといてよ!
ほら、行こうぜ、いいとこにさぁ!」
エリーが愛想笑いであしらおうとするが、少々性質が悪い酔っ払いだったらしい。
引き留めようと、エリーの腕を掴む。
……掴もうとした。
その手が、途中で止められた。
「あん? なんだよ姉ちゃん……あん?
あ、おい、なんだ、これ」
細い腕、力で負けるわけもないのに。
びくとも、動けない。
押しもできない、どころか、引きもできない。
まるで、腕が石にされたかのような冷たい硬直感。
「……先約があるって、言ってるでしょう?」
「ひぃっ?!」
そこに聞こえる、氷の刃よりも冷たい声。
磨き上げられた短剣よりも鋭い視線。
……死ぬ。
殺される、ではない。
そんな、人間の所業による生易しいものではない、無慈悲な死を与えられるような恐怖。
男も、その連れもそれを感じ取ったらしく、力なくガタガタと震え始めて。
冷たくその様子を眺めていたレティは、突き放すように男を解放した。
完全に腰が抜けた様子で、ふらふらとよろめき、崩れ落ちるように尻もちをつく。
その男を、仲間たちは助けることもできずに硬直していて。
それをつまらなそうに眺めると、ふぅ、と呆れたようなため息を一つ。
「……エリー、行こう」
「あ、はいっ」
未だ固まったままの男たちを無視して、二人は立ち去った。
それから、しばらく歩いて。
「レティさん」
「ん……どうしたの?」
ふと、エリーが足を止めた。
「お願い、抱いてくださいっ」
「え。……いいけど。はい」
唐突なエリーのお願いに、はて、と小首を傾げながら。
はい、と両手を広げた。
そうじゃない、そうじゃない、と思いながら。
折角なので、その両手の間にお邪魔した。
ぎゅっと抱きしめられる感覚に、ほうっと安心したようなため息。
あまり見られないとはいえ、大通りの側。
それなりの数の視線にさらされてはいたのだが。
全くそれを気にしないレティと、全くそれが目に入らないエリー。
二人は全く気にすることなく、しばらくそのままだった。
さすがにいい加減視線が煩くなってきたところで、離れて。
普段通りのレティと、やってしまったという顔のエリー。
二人して歩きながら、宿探しを再開する。
「……エリー? どうかした?」
「えっ、いえ、別にどうもしませんよ?」
「なんだか、ちょっと歩くのが遅くない?」
「えっ……そ、そうですかね?」
妙に赤い顔、挙動不審な様子。
その顔をしばし眺めて。
「ほら、行くよ」
そう言いながら、手を取った。
「は、はひっ?!」
「はぐれたら、いけないでしょう?」
ぐいっと引っ張られて、そのまま連れられていく。
逆らえない。
決して力強くはないのに、自分の抵抗力を奪っていく感覚。
もう、好きにしてっ
そう、心の中で決意して。
「じゃあ、二人部屋で」
覚悟と期待していたことは一切なく、二人して宿で一泊したのだった。
しばらくぶりでも忘れていないものがある。
互いに支えあい潜り抜けたからわかるものがある。
ありがちで、特別な、存在。
次回:それを、一言でいうならば
直接告げるのは、どうにも難しいのだけれど。




