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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
2章:暗殺少女は旅に出る
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その手のひらが、掴んだものは

少し時系列が前後します。

前話の、アザール伯爵の部分と公爵の部分の間になります。

 バランディア王国での動乱が終わってから一週間程経ったある日。


 バランディア王都から戻り、ようやっと体が本調子になったレティとエリーは、アザールの冒険者ギルドを訪れた。

 おおよそ一段落着いたことで、今までのことを報告しに来たのだ。


 二人が顔を出した瞬間に、受付嬢が裏へとダッシュ。

 すぐに息を切らしたトーマスと共に戻ってきた。


「お、お前ら、お前ら、無事、でっ」

「うん。ただいま」


 息を切らせながら、何か感極まったような表情のトーマスへと、あっさり挨拶をするレティ。

 その言葉を聞いた瞬間に、へなへなとトーマスはその場に尻もちをつく。


「……どうしたの? 運動不足?」

「んな、んなわけないだろぉがよぉぉぉ!!

 と、とにかくお前ら、こっちに来い!!」


 慌てて立ち上がったトーマスは、いつもの裏の部屋へと二人を連れていった。



「……いや、何がどうなったらそんなことになるってんだよ……」


 二人から事の顛末を聞いたトーマスは、頭を抱えていた。


 レティがエリーを連れていくところまでは、聞いていた。

 だが、その後の怒涛の展開と、二人の直面した危機、そこからの生還……どこに驚けばいいのか、わかりもしない。

 ……もちろん、レティが『跳んだ』ことや、エリーがやったことはぼかしている。


「まあ……なんというか、色々と偶然が重なったというか……」

「まさかあんなことになってるとは思いませんでしたし、ね~。

 わかっていたら、もう少し準備できたんですが」

「それは仕方ないんじゃないかな……時間も惜しかったし」

「ああ、それもそうですね~」


 そんなトーマスを尻目に、当の二人はのほほんとしたものだ。

 当たり前のように言葉をかわす二人の様子を見て、何度目かわからないため息を吐く。


「だから、何で当事者のお前らがそんなに落ち着いてるんだよ……」

「え、だって……無事に終わったんだし」

「無事じゃねぇよ、生きては帰ってきたけどよぉ!」


 ああ、なんだろう、この二人の肝の据わり方は。

 これが、現場で修羅場を潜ってきた人間の胆力というものだろうか。


 ……いや、自分も冒険者だったが、ここまでじゃない。


 何かが違うのだろう、この二人は。


「ああ、まあ、お前らが凄く大変だった、ということは良く分かった。

 ……こっちも、生きた心地がしなかったぜ、戻ってくるまで……」


 ともあれ、この二人が帰ってきた、それだけは間違いない。


「二人とも、よくやってくれた。ありがとう」


 トーマスは、深々と頭を下げた。

 そんな彼へと、レティは軽く手を振って応じる。


「仕事だし、ね。

 ……ああ、そうだ、トーマスにちょっとお願いがあるのだけど」

「ん? お願いってなんだ、今ならなんでも聞くぜ」


 どん、と胸を叩いて見せると、そう、と頷いて見せて。


「ボブじいさんへの連絡用のハトを借りたいのだけど」

「ん? そりゃ全然かまわんが、どうした?」

「伯爵もついでに殺っといたから、その後のことをお願いしとこうかと」

「ついでに、で殺っとくなぁぁぁぁ!!!」


 やっと落ち着いた、と思えばこれだ。

 なんでこいつは、こうも簡単そうにこんなことを話すというのか……。


「え……依頼は、元々それでしょう?」

「そうだが!

 ……それでか、伯爵家近辺がざわついてんのは」

「落馬事故に見せかけておいたから、その処理じゃないかな……」

「なるほど、で、じいさん経由で公爵辺りに話をつけさせるわけか」

「バランディアの方は、話を付けてあるよ」


 淡々と告げるレティを、じっと見つめる。

 この手際の良さは、なんだ。『現場』ではもちろん有能な奴ではあったが。

 なお、トーマスの知らないことではあるが、アザール伯爵の趣味が遠乗りであることは、以前エリーが聞き出していた。

 ……レティとそこまで何度も絡んだわけではないのだ、考えても無駄かも知れない。


「そこまでやってくれたんなら、後はじいさんがちゃんとやってくれたら、か」

「……多分、ね」


 あのじいさんがしくじるとも思えない。


 これで、終わるのだ。


 この街は、これ以上の騒動には巻き込まれないのだ。


 そう結論付けると、どさ、とソファへ背中を投げ出し、ふ~…と大きく息を吐きだした。


「お前ら、ほんっと、ほんっとうに……良くやってくれたよ……」


 天井を見上げる。

 これ以上、彼女らの顔を見ることができない。


 大粒の涙を堪えながら、トーマスは震える声でそう告げた。





「まあまあ、こんな綺麗なお嬢さんが二人も……

 すみません、こんな狭いところで……すぐに支度しますから」

「いや、連れてきた俺が言うのもなんだけどよ、無理すんなって、俺に任せろっての」

「でもあんた、いっつも、悪いわ」

「あ~……気にすんな、これくらいよ」


 いつもとまるで違うトーマスの、気遣い優し気な声に思わず二人して顔を見合わせてしまう。


 連れてこられたのは、トーマスの家。


 ここまで骨を折ってくれた二人にせめてもと、二人を夕食に招待したのだ。


 出てきた奥さんは、言われていた通りあまり体の調子は良くなかったようで、トーマスがそれを甲斐甲斐しく支えている。

 赤ん坊の世話に食事の支度の手伝い、奥さんも頑張って働いているのを的確にサポートしていて。


「あの、奥さん、私も何か手伝いますよ」

「あら、悪いわ、えっと、エリーちゃん……?

 ごめんなさいね、気を使わせちゃって」

「いえいえ、このまま座ってるだけも落ち着かないですから」


 そう言いながら、エリーは腕まくりして台所へと向かった。


 ……家事が全くできないレティは、ただ座っているだけだ。


「ごめんなさい、トーマス、こっち手伝ってもらえる?」

「おお、わかったわかった、すぐ行く!

 ……ああ、すまんイグレット、ちょっと預かってくれ」

「え、あ、ちょ、っと……」


 赤ん坊をあやしていたトーマスが、簡単に抱き方をレクチャーしてはくれたが。

 こんなに柔らかで壊れそうな存在を抱いたことがないレティは、どうしたらいいか途方に暮れる。


 あまり人見知りはしないのか、おとなしく腕の中に納まってくれている赤ん坊に、少しずつ落ち着いてきたが。

 そうすると、段々と感じる、腕の中の柔らかさと、暖かさ。


 じぃ、と見つめられて、見つめ返して。


 あ~、と意味のない言葉に、どうしたら、と思案顔していると。

 手を、差し出された。


 同じ人間のものとも思えない、小さくて、壊れそうで、柔らかな、手。

 指、とはこんなに丸々として短いものだっただろうか。

 それが、自分の髪の毛を一房掴み、おもちゃにする。


 ぅあ~、と言いながら、口に入れられた。


 驚きで、目をぱちくりと瞬かせてしまって。

 なすがまま、されるがままに、硬直してしまって。


「だ、だめ、汚い、から……」

「ああ、ごめんなさい、イグレットちゃん、その子何でも掴んじゃって」


 そんな奥さんの声に、え、え、と動揺しながら。

 壊さないように、ちょい、ちょい、と指で払おうとすると、今度はその指を掴まれた。


 ……弱い。


 なのに、振りほどけない。


 確かめるように、にぎにぎと何度も握られる指、じぃっとそれを見つめる瞳。



 なんだろう、これは。

 こんなに弱くてもろい存在なのに、どうしてこんなに。



 ふと、顔を上げた。

 せわしなく使われるトーマス、優しそうに笑う奥さん、ニコニコしながら手伝うエリー。

 そして、自分の指を掴む、赤ん坊。



 ……ああ。



 これが、自分の成したことなのか。

 自分が、守ったものなのか。



 自分の胸に込み上げる熱いものの名前を、彼女はまだ知らなかった。






 夕食は、質素ではありながら、精いっぱいのものだった。

 何よりも、奥さんを気遣ういつもと違うトーマス、エリーの巧みな話術で盛り上がるその場は、なんとも暖かくて。

 こんな風に思う食事は、久しぶりのことで。


 とまどうような、嬉しいような。

 そんな時間が、きっと嫌いではなく。


 奥さんと赤ん坊が寝室に戻っても、余韻に浸るように酒杯を重ねている。


 ……エリーは相変わらず絡み上戸で、トーマスもすっかりできあがっていた。


 抱き着いて絡んで来るエリーをあしらっていると、トーマスがじぃ、と見つめてくる。


「……トーマス? どうか、した……?」

「ああ、そう、だな……。

 なあ、イグレット。なんでここまでしてくれたんだ?」


 酔った赤ら顔で、それでも真剣な声で聞いてくる。

 その質問に、不思議そうに小首を傾げ。


「え……だって、仕事じゃない」

「いや、そう、だけどよ。

 ……それでも、こりゃぁさすがにコトがデカくなりすぎだ、途中で抜けられても文句の言えないヤマだったんだぜ?」


 最初は、ただの伯爵殺しのはずだった。

 それが、転がり転がり、最後には隣国をひっくり返す大事件へと発展した。

 どう考えても一人の暗殺者の手にはあまる。

 途中で投げても、自分はもちろん、誰も文句は言わなかったはずだ。


「ああ、それは……」


 なぜ、だろう。酒の入ったグラスを両手で抱え、考える。

 今までを、一つ、一つ、振り返って。


「……だって、最初にトーマスが筋を通してくれたじゃない。

 だったら、私が投げ出したら、筋が通らない」


 自分の出した答えに満足したのか、うん、と小さく一つ頷いてグラスに口をつける。


 しばらくして、ん?と不思議そうに、返事のないトーマスの方を見た。


 トーマスは、言葉もなく固まっていた。



 ……俺が? 筋を、通したから?



 途端に、脳裏に湧き上がる、あの時の記憶。

 どうしようもない状況に突如現れた彼女。

 無理な願い、それを飲み込んで引いた時の苦悩。



 全てが、思い出された。



 俺が。 あの時。



 この、戻ってきた日常は、自分があの時筋を通したからだというのか。



 ブルブルと体が震えてきて、最早涙を堪えることができない。

 唇を噛み締め、嗚咽を堪えながら涙をぼろぼろと流すトーマスを。


 レティは不思議そうに眺め、エリーはそっと手ぬぐいを差し出し、労わっていた。

取り戻した平穏。だが、それはあっさりと崩れ去る。

ただ、まだそれは、ささやかなもので。


次回:トラブルは突然に


大したことはない。往々にして、そこから始まるもので。

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