王として
「……何が、起こったんだ……?
今のは……イグレットは……?」
彼女の絶叫が聞こえて、直後。
何かに気が付いたような、はっとした顔。
すぐさま瞳に決意を宿した彼女の姿が、揺らぎ、そして……消えた。
その様は、昔聞いたおとぎ話にそっくりで。
まさか、と首を振るが……同じような表情をしている騎士達を見て、それが見間違いでないことを悟る。
そうか、彼女は……。
だが。
話に聞いていたそれとは、随分違うではないか?
く、くく、と思わず笑い声をこぼしてしまう。
そして、彼女がそうであったことに、いっそ安堵すら、してしまう。
ひとしきり笑った後、こちらを怪訝そうに見る騎士達へと、表情を改めて見せて。
「今ここにいる者達は、騎士の中の騎士だと思っている。
であるならば……我が名、リオハルトの名において命ずる。
今、ここであったことを、決して口外せぬよう。
それがいかな理由であろうとも、口外した場合には……私は、その者を処断する」
厳かに告げる王子へと、騎士達は手にした剣を掲げ、誓いの構えを取った。
それに対して、うん、と力強く頷いてみせる。
もっとも、もし自分たちが口外してしまっても、彼女には大きな影響はないかも知れないが。
彼女が、伝説通りの存在であるならば。
むしろ、その時危険なのは自分たちなのだろうし。
伝説の通りに女王を殺し。
伝説とはまるで違う、王子を助けた彼女。
『跳躍者』またの名を、『王殺し』
どこからともなく表れて、王すら殺し、いずことなく去っていく存在。
そう、言い伝えられていたのだが。
どうやら、全てが正しいわけではないらしい。
「これで、全ては終わった。
さあ、後片付けの始まりだ、もう少しだけ、頑張ってくれ!」
そう、自分自身に言い聞かせるように、声を張る。
ここからが本当の始まりなのだ。
多くのものが失われたこの5年間を取り戻すために。
少しでも多くの民へと明るい未来を与えるために。
外へと、向かおうとして。
倒れ伏している女王へと視線を向ける。
異形の姿から、半ば人間へと戻ったその姿は……いっそ、哀れですらあるが。
同情は、しない。
「母上、これでお別れです。
私は、私の信じる王になる」
その先に続く道は、決して平坦ではないだろうけれども。
それでも、歩むと決めたのは自分だから。
親子の情は、振り捨てて。玉座の間から、一歩踏み出した。
「ったく、お前ら、なんで来ちまったんだよ……待機しとけって言っただろうがよ」
ようやっと一段落して。
増援として駆け付けてきた、下手をしたら全滅させられていた部下達を見回す。
「いや、それがね?
副団長がですね、『後は私が何とかするから、君たちは行ってきなさい。どうせ団長のことだから、無理をしてるに決まってます』と言ってくれましてね?」
「いや、言ってくれましてね? じゃねーよ……助かったけどもよ」
呆れるように言いながら、周囲を見回した。
体を張って、命を文字通りに賭けて、果ててしまった仲間たち。
増援が来なければ、その中に自分も間違いなく居ただろう。
ありがたくもあり、申し訳なくもあり。
大きく息を吸う。
嗅ぎ慣れた、鉄さびのような臭い。
きっとまた、こんな世界に放り込まれるのだろう。
それでも、己が信じるもののために、まだ立ち上がれるのならば。
それはそれで、きっと幸福なのだろう。
「ゲオルグ、無事か!!」
ふと、そんな声が聞こえた。
弾かれたように振り返ると、王子が騎士達を伴ってこちらへと馬を駆けさせてくる。
……ああ、大分減ってやがるなぁ。
そんなことを、思いながら。
彼の主へと、疲労困憊で重くなった腕を振り上げる。
「性懲りもなく、生き延びましたわ!!
殿下こそ、ご無事で!!!」
経験は人を育てるという。
であれば、この少年の重ねたものはどれ程のものだったのだろう。
風格、とやらが出てきた。
そんなことを柄にもなく思う。
どうやら、自分の選択は間違いではなかったらしい。
何度目かはわからないが、そう思う。
「これは……まさか、本当にやってのけるとは、ね」
「ああ、こいつは……あいつらのお手柄でさぁね。後、副団長かな」
そう言いながら、背後に控える部下たちを誇らしげに見渡す。
どいつもこいつも、「やってやったぜ」、と自信に満ちていて。
まさにその通りだと、目を細めてしまう。
「そうなのかい?
……詳しくは後で聞こうかな。
ごめん、ゲオルグ、皆。後少しだけ、力を貸して欲しい」
「そりゃぁ、殿下のご命令とあらば……。
……そういや、イグレットとエリーは?」
てっきり、全て首尾よく終えて、二人も一緒だと思っていたのだが。
二人がいない、そして王子の表情。
緩んでいた表情を、引き締める。
「詳しくは言えないが、二人が行方不明になった。
その捜索を命じる。あの二人を、必ず見つけてくれ!」
その必死の声と、何より表情に。
全員が一斉に、了解の敬礼を取った。
年相応の必死な表情に、いっそ微笑ましいと思ったのはここだけの話。
「お任せあれ、この身命に賭してでも、必ず見つけ出してみせましょう!!
お前ら、増援組はすぐに二人一組を組め!小隊長集まれ、捜索範囲を分担するぞ!!」
疲れた頭と声に鞭打って、矢継ぎ早に指示を繰り出していく。
何があったかはどうでもいい。
あの、とびっきりの活躍をしてくれただろう二人を助け出すのならば、どれだけの労苦も惜しくない。
ゲオルグはもちろん、騎士達全員がそう思い、慌ただしくも規律正しく、捜索の隊は組まれていく。
程なくして捜索の隊が組まれ、騎士達が散っていった。
それから、二時間もしない内に。
夜を迎える前に、寄り添いあって寝転がる二人が発見された。
………発見してしまった騎士達は、とても気まずそうにしていたらしい。
全ては終わり、世は事も無し。
などとなるのはおとぎ話。再び現実が始まるだけのこと。
片付けるべきを、片付けよう。
次回:為されるべき、大掃除
片付け忘れの、ないように。




