たった一つの冴えたやり方
もう、どれくらい時間が経っただろう。
レティ達は今、どこにいるだろうか。もし止められないまま、女王と対峙していたら……。
……それだけは、避けねばならない。
『宝珠』を停止できないなら。
『宝珠』を使えないようにするには。
……エリーに取れる手段は、一つしかなかった。
それを理解した瞬間、エリーは全く迷わず、処理を開始した。
『ごめんなさい、ウィスケラフ。もう少し、静かにお別れしたかったんですけど……』
そう心で呟きながら、別の処理手順を始める。
魔力炉の制御システムに干渉、制御値を変更……魔力の流れにボトルネックを作成。
停止していた魔力収集を再開、収集速度を最大に設定。
……魔力が流れにくい、のに魔力が大量に溜まる状況。
魔力炉が、異様な音を立て始める。
『異物』に、高度な自己判断能力はなかったようだ。
あちらへ干渉しなければ、こちらへも干渉しないらしい。
何が狙いかはわからないが、魔力を利用するつもりだったのならば、魔力が流れなくなれば目論見は崩れるはずだ。
……例えばそれは、物理的に流れなくなったとしても。
魔力炉に流れ込み、貯めこまれた魔力が臨界を迎え、越えて……制御が、不可能になった。
その瞬間、終了処理もせずにコネクタからケーブルを引っこ抜き、身を翻す。
無理に引っこ抜いたためか、焼け付くような衝撃が頭に響くのを無理やり抑え込み、出口へと全力で走って。
異常な振動、聞いたことのない音。
それらを無視して、必死に出口へと走る。
……だが。
「……ごめんなさい、レティさん……。
……もう、会えないっ」
脳裏に映るのは、大事な大事な、マスターの顔。
それすらも、吹き飛ばされるような、感覚。
少しでも魔力炉から離れようと駆けていたエリーを、魔力の爆発が…目も眩むような光の奔流が、飲み込んだ。
----時同じくして、玉座の間
幾度、かわしただろう。
幾度、当てることができただろうか。
疲労で茫洋とする頭は、そんなことを考える。
最早ろくに考えることもできない頭で、それでも、感じた動きには反応して、避けて。
やっと、もう一撃、当てられた。
小剣を取り落としそうになって、握り直し……大きく大きく、跳躍。
呼吸を取り繕うことなど、とうにできなくなっている。
肺が焼けるような息苦しさ、聞いたことのない自身の荒い呼吸。
まだ、脚は動く。
そう自分に言い聞かせると、大きく横へ飛び退る。
聞きなれてしまった破壊音、身を切り裂くような鋭い破片。
まだだ。
まだだ、まだだ、まだだ!
自分へと、必死に言い聞かせる。
ここで死ぬわけにはいかない。やらせるわけにはいかない。
自分を、待っている人がいるのだから。
そう、脳裏によぎった瞬間だった。
響き渡る、この世のものと思えないような、巨大な衝撃音。
雷が幾本もまとめて落ちたかのような、身体が引き裂かれそうな衝撃を伴う、強烈な、音。
「……エリー……?」
何故か。
彼女のことが思われて、一瞬動きが止まる。
こんな隙を見逃す異形ではない。
はっ、と意識を呼び戻し、異形へと視線をやって……別の戸惑いが、生まれる。
異形が、動きを止めていた。
「A、A、A、AAAAAA!!!」
突如喉をかきむしり、のけ反り、叫びをあげる。
のたうち回るような、その動きは、まるで…。
「窒息……?
違う、けど……でも、近い……これ、は……」
きっと、エリーだ。
エリーが、やってくれた。
だが、その代償がもしあの音だとしたら。
……心配する暇は、くれないらしい。
カノジョを苦しめる、元凶。
それは、きっと、ここまで手こずらせた彼女であるはずで。
ギロリと向けられる異形の視線に、深呼吸を、一つ。
「そうだよ、私だよ……おいで、楽にしてあげる」
敢えて、そう煽る。
エリーがやってくれたのなら。
そのマスターである自分が、折れるわけにはいかない。
決意を再び込めて、小剣を構える。
異形が、叫び声をあげながら、飛び掛かってきた。
……その苦しみからか、先程までの異様な速さは、なかった。
それでも、十分に脅威な俊敏さ、凶悪な爪の威力。
細心の注意と許される限りの大胆さで、ぐんと体を沈み込ませて避けながら、振るわれる小剣。
速度と体重を乗せた一撃が、異形の右膝を、捉えた。
ガギィン! と響く重々しい金属音。
がごん!がごん! とバランスを崩し、たたらを踏む重々しい音。
ここだ。
唐突に、そんな直感。
それに従い、滑り込むような滑らかな動きで、踏み込んだ。
崩れた態勢を何とか立て直した異形は、近づかれたことに、すぐには気が付けなくて。
振りむいたところに、至近距離の黒ずくめ。
「GAAAAAAAAA!!!」
慌てたように、爪を横に払う、が。
見え見えの動きに、レティは落ち着いて体を沈み込ませ、それをかわす。
かわしながら、無防備な脇腹へと、峰打ち。
小剣と言えども鉄の棒、まして体を捻って肋骨も浮き出していそうな態勢の、中の肉も薄くなったであろう脇腹を強かに打たれれば。
「GYAAAAA!!! A、A、IYAAAAA!!」
迸るのは、多分、悲鳴。
明らかに痛みに悶え、苦しみ、頭を振り。
「URAAAAAAAAAA!!!」
怒り、それを雷撃に換えて放とうとする。
さすがに、それは止められない、が。
「それはさすがに、甘い、よ」
ろくに狙いもさだめず放たれたそれは、魔力を感じ取れるレティにはかすることすらなくて。
魔力供給が断たれた中放った雷撃は、一層異形を追い詰める結果になっていく。
「GUAU!!!! GUAAAA!!!
WARAWAHAAAAAAA!!!!」
一瞬だけ、人間のような声が、聞こえた。
そんなことは、同情に値しないけれども。
もう一度、踏み込む。
窒息に苦しみ振り回される異形の腕を掻い潜り、その腕、肘、肩、と次々に峰打ちは叩き込まれ、その動きを鈍らせていく。
ゴキン……
内側から、鈍い音。
ついに、中の骨まで折れたか。
「AAAAAAAAAAAAA!!!!!
ITAI!!!!!!IYAJAAAAAAAAA!!!!!!!」
痛みで我に返ったのだろうか。
人の声に、近くは、なってきた、が。
「悪いけど……おやすみの、時間だよ」
容赦をしては、いつまた、復活するかわからない。
この異形に、希望的観測などすべきではない。
腕、脚、腰、膝、肩。
ありとあらゆる場所に容赦なく打撃を叩き込み、反撃の糸口を奪って。
ふらついたところに、小剣を翻して刃を向けて、狙いすました一撃。
ガツッと何かが食い込む音。
小剣が、異形の首筋に食い込む。
異形を形作っていた魔力は失われ出していてもまだ、外骨格は生きていた、が。
ゴツッ!!!
食い込んだ小剣の刀身、その峰に左の掌底を叩き込んで、もう一押し。
ぶしゅ、と何かが噴き出す音。
「……さようなら」
そのまま押し当てた小剣で、首筋を、引き斬れば。
鉄の匂いがする赤い噴水が、吹き出した。
片付いた、後は迎えにいくばかり。
なのに脚は動かず手は届かない。
ほんの、少しだけでいいのに。
次回:伸ばして、届かない、手
指先から零れ落ちるものは。




