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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
2章:暗殺少女は旅に出る
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人ではなくなった、ナニカ

 そこに顕現したのは、人の形をした、何か。


 確かに、大まかなフォルムは人間のものだった。

 それは、腕が二本あり、足も二本あり、頭部が一つ、という意味では。


 だが、それは間違いなく、人間ではない。


 先程まで豪奢なドレスを着ていた美女の面影はどこにもなく、生理的嫌悪を催すような悍ましい姿。

 あちこち節くれだった、昆虫のような外骨格に包まれた全身。

 肘や膝からは棘のようなものがいくつも飛び出し、大きく開かれたその手、携えた爪は大振りなナイフのように鋭く、肥大化していて。


 何よりも、その頭部。

 カマキリを思わせる逆三角形の顔、飛び出した二本の角、複眼のように肥大化した瞳。


 それが、ぎょろりと周囲を見渡して。


 宰相に止めを刺したレティへと、視線が向けられた。


 瞬間。


 弾かれたように横に飛び退ったレティの、ほんの一瞬前まで居た場所が、吹き飛んだ。


 もう一跳び、大きく距離を取って、小剣を構えなおしながら、異形を見据えると。


「殿下、下がって!!

 できるだけ、下がって、散って、避けることだけ考えて!」


 初めて聞く、レティの叫び。

 その意味するところを二重に理解すると、リオハルトはすぐに声を出した。


「下がれ!!

 総員、退避!! 散開し、各個の判断で回避せよ!!!」


 異形と化した女王から視線を逸らさぬようにしながら、騎士達は急ぎ後退し、散開する。


 無駄な意地を張るものなどいない。

 何しろ……見えなかったのだ。

 跳び退ったレティの動きをギリギリ追えたものはいたが。

 その彼女へと飛び掛かった女王の動きは、追うことができなかったのだから。


 ふ、ふ、と小刻みに息を強く吐き、吸い、強制的に空気を肺に叩き込む。

 少しでも動きが鈍れば、殺られる。

 ビリビリと物理的に感じられるほどの緊張感に、喉が渇く。


 ゆっくり。

 床をその爪で切り刻み、吹き飛ばした女王が体を起こした。

 ゆらぁり…ゆっくり、ゆぅっくり、こちらを、見て。


 鋭敏になった感覚が捉える、視覚以前の、感覚。

 とっさに、前へと前転しながら飛び込む。


 ぐぉう!! という、空気を押しつぶすような重い音と。 


 ギィン!! という、金属同士がぶつかり合うような音。


 前転したそのすぐ横を通り抜けた女王、それと交差する瞬間に足首へと振るった一撃。

 刃は、その外骨格に防がれた。


 ダメか…、そう思いながら、構えなおす。


 女王も、ぐるぅり、と振り返り、これ見よがしに爪を突き出すような姿勢を取ろうとして。


 わずかに、片足が揺らいだ。


 切れてはいない。血は出ていないから。

 だが、ということは。


 ……衝撃は、通る? 中はまだ、人間?


 であれば。

 まだ、勝機がないわけではない。

 交わし、すれ違いざまに一撃。その地道な繰り返しで、あるいは。


 くるり、刃を返す。

 刃ではなく、その峰を当てるために。

 衝撃を与えるために。刃が折れぬように。


 構えなおした次の瞬間に。

 己の体を僅かなりと傷つけた不遜な存在を睨みつけた異形が、吠えた。


「GYUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」



 魔力の塊を叩きつけられるような咆哮、それは魔力があるものほど感じ取れて。

 ぐらり、頭が揺れるような感覚、必死に自分を繋ぎとめる。

 そして、まだ感覚を失わない頭が捉える、冷たい感覚。


「足元! 魔力、避けて!!」


 そう叫びながら、周囲に視線を送ることすらできない。

 足元に集まってくる、凶悪な魔力の塊。


 これが、天と地を繋いだら。

 その先に起こることは容易に想像できて。

 しかし、自分がその周囲を濃密な魔力に取り囲まれ、そこから逃れるのが精いっぱいで。



「AAAAAAAAAA!!!!!SYOOOOOOOOOOO!!!!!!」



 ギリギリ、駆け抜けたその跡を、落雷が撃ち抜く。


 王子や騎士達のいる場所はまだ、雷の密度は薄くて、王子は感じ取り、かわし切って。

 幾人かの騎士も、感じ取れたのか、かわせた。

 ……数人の騎士が、雷に、撃たれた。


 気遣う暇なく、落雷は襲い来る。それを、必死にかわし、逃げて。


「こ、のっ!!!」


 落雷をかわして崩れた態勢、そこへと飛び掛かってくる気配を感じて。

 敢えて崩れて、転がって。


 ココ


 と感じた場所へと、小剣を差し出すと、ガツン!!と強い衝撃。


 勢いで小剣が弾き飛ばされそうになるのを必死にこらえ、すぐに体を起こし……反転した異形と目が合った、気がした。

 考える前に横に飛ぶと、砕かれた床の破片が襲い掛かってくる。


 その痛みを無視して、着地して、直ぐに前に転がるように飛び込み、前転。

 背後で響く床が砕かれる音を聞きながらもう一度跳び、転がり、身体を起こす。


 はぁっ、はぁっ、と呼吸が荒げるのを抑えることができない。


 小剣をなんとか構えなおし、異形を見据えると、若干、左膝がおかしな動きをしているだろうか。

 だが、歩く分には歩けているし、右足は……跳躍するには十分な筋力があって。


 飛び込んで来る。

 と、理解する前に体が動いていた。


 横へと飛び、転がる。すぐに体を捻って。

 床が砕ける、重い音。その付近へと短剣を投げつけると、カキン!と硬い音。

 跳躍の衝撃を、片足では受け止めきれなかったのか、深く沈み込んでいたその足元へと、当たりはした。

 だが、流石にそれは、軽かったらしい。

 ほとんど、影響が見られなかった。


 すぅっ! と大きく息を吸いこんで。

 僅かな隙に、少しでも、空気を。


 取り込む、と思う間もなく、吐き出しながら、跳び退る。

 交差際に差し出した小剣は、今度は届かなかった。


 ジリ貧、なのはわかっている。

 それでも、続けるしかない。


 まだ、生きている。

 王子も、騎士達もまだ生きている。

 ならば、諦めることなど、できはしない。


 意思を込めて睨みつけながら、小剣を構えなおした。


万事はまだ、窮しない。

だが、取れる手段など、限られて。

そこで脳裏に浮かんだもの、それは。


次回:たった一つの冴えたやり方


選びたくは、ないけれど。

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