似て非なるもの
西へと向かう道中においても、あちらこちらとギルドのアジトになっていた場所はあった。
いくつかはゴルドの手下が占拠したままだったので、殲滅した。
だが、進むにつれて無事なメンバーが多くなり、彼らへと退職金を渡していくことで荷物は減っていく。
国境が近づくにつれ、ギルドの仕事よりも隠れ蓑の仕事がメインになっている者が増えていくのは、王都に比べて仕事が少ないのだから、仕方のないことだろう。
そうして、また一つ街を離れた。
次の街は、いよいよ国境の街、アザールだ。
アザールまでは徒歩でおよそ三日。
その途中で、野営をすることになった。
二人とも寝る場所や火を焚く場所を設営するのは手馴れたもの。
程なくして設営が終われば、エリーが買ったばかりの鍋を取り出した。
簡単なかまどを組んだところで火をおこし、鍋をかけてしばらく。
鍋が熱を帯びたところで軽く油を馴染ませると薄切りにした芋を炒め、火が通り色が薄くなってきたところで水を適量投入。
さらにその中に、しばらく白ワインに付け込んで柔らかくしていた干し肉を、ワインごと放り込む。
「ねえ、レティさん。ボブじいさんからもらった地図を見てて思ったんですけど……次のアザールが国境って、なんだか国境線が歪じゃないですか?」
「ん……まあ……アザールが国境になったのは最近、だからね」
水がお湯に変わるのを待つ間、火の明かりで地図を見ていたエリーが、不意に疑問の声を上げた。
それに対して、レティはこくりと頷いてみせて。
簡潔に告げられた言葉に、エリーは何かを確認するように視線を再び地図に落とす。
「え?……あ~……この形だと、攻め込まれました?」
「そういうこと。……さすがに察しがいいね……」
「んもぅ、レティさんってば、そんな褒めても何も出ませんよぅ♪」
ぺしぺしとレティの肩を叩きながら、照れてみせる。
力加減は絶妙で、痛くはなく、それでいてちゃんと触れていると感じられる程度だ。
旅を出てから、こうした接触は増えたように思う。
……そして、それは意外と不快でもなく。むしろどこか小気味良く感じていて。
「2年前だったかな……。
西のバランディア王国が攻めてきて」
当時、ジュラスティンとバランディアの国境になっていたのは、ユーリス辺境伯領と呼ばれる地域だった。
辺境に配置される代わりに、王国軍を預かり最前線の指揮官たる権限と栄誉を与えられる地位が辺境伯と呼ばれるものだ。
ユーリス辺境伯自身は、その地位に恥じない人物だったのだが……2年前、ほとんどまともに抵抗することもできず敗死している。
「どうも、大規模な魔導兵器を使われたらしいのだけど……」
「……そう、ですか……やっぱり、というか、何というか……」
やっぱり、という言葉にしばし首を傾げる。
唐突に、何かが思い当たり。
「……もしかして、それがエリーの見たいもの?」
「そう、ですね……多分、そう、なんじゃないかな、と」
何とも苦い色で微笑みながら、エリーは答える。
その顔を、しばし見つめて。どれくらい、沈黙しただろうか。
「……詳しく、聞いてもいい?」
「ええ、そのうちお話するつもりでしたから」
まだ、苦みは消えないながら。微笑みながらエリーは頷く。
「私が見たかったのは、ウィスケラフという……街、というか……それ自体が戦略級魔導兵器であり、魔導装置を組み込まれた街であり……私が、作られた場所なんです」
「ええと……つまり、故郷みたいなもの?」
告げられた内容の突飛さに、しばらく考え込む。
単語の意味をつなぎ合わせ、すり合わせて……なんとか、それっぽい考えに辿り着いた。
「そう、ですね、多分故郷、でいいんだと思います。
……そんなにいいものでもないんですけど」
珍しく目をそらすと、空を見上げた。
見上げた星空は、昔の星空と大して変わっていないように見える。
ざぁ……と風が木々を揺らす音だけがしばらく聞こえて。
「自分で言うのもなんですけど、私は戦術兵器として作られました。
だからまあ、扱いもそれなりだったので……懐かしい、とかは感じない、かな……?」
「……どうして、見に行きたいと、思ったの?」
風に揺れる煌めく金と艶やかな黒の髪。
それぞれに手で押さえながら、二人はしばし見つめあう。
やがて、エリーが口を開いた。
「まだ残っているのかを確認したかったんです。
もしまだ『生きている』のなら……場合によっては、眠らせてあげよう、と。
あれは……この時代にはない方が良い類のものです」
目を細めて、儚げに、微笑む。
……一瞬、泣いているようにも見えて……不意に消えてしまうような気がして。
無意識に、エリーの手を掴んだ。
「レティさん?」
「……なんだか、どこかに行っちゃうような気がして……」
驚いたような声にしばし言い淀むと、若干俯きながら釈明する。
それを聞いたエリーは一瞬軽く目を見張り、また、細めた。
きゅ、と手を握り返して。
「大丈夫ですよ、私はどこにも行きません。
こんな可愛い人を放っておけますか!」
「いや、可愛くないし……」
やっと少しいつもの調子が戻ってきたことに、少しほっとする。
そんなレティへと、エリーは首を振って見せて。
「いいえ、とっても可愛いですよ。
……私にこんな風に接してくれるマスターは初めてです」
「基準が良くわからない……」
困惑したように眉を寄せると、ふぃ、と横を向いた。
その仕草に、エリーはニンマリとして。
「あ、もしかして照れてます?」
「……照れてない」
「え~、うっそだぁ、照れてますよね?」
「……違うってば」
繋いでいた手を離し、ふいっと顔を横に背けた。
拗ねないでください、なんて言われても横を向いたまま……それでも、機嫌を損ねたわけではなくて。
こんなとりとめもないやり取りが、妙に馴染む。
そうしているうちに湯が沸いて、水から煮ていた干し肉がほぐれてきた。
そこに、塩と幾ばくかのハーブを放り込む。
少しかき混ぜながら、ふと思い出したようにエリーが口を開いた。
「そういえば、どうしてバランディアはユーリス領を落とすだけで止まったんでしょう。
もし本当にウィスケラフを使ってるなら、ジュラスティン全体を落とすのも難しくないはずなんですけど……」
「ああ、それは……補給の問題と、占領が上手くいってないのが原因みたい」
辺境伯領としてのユーリス領は、決して広くはなかった。
そして、最前線ということもあり、普通の伯爵領よりも農村部と軍事施設の比率が異なっていた。
つまりは、占領しても十分な食料生産ができない。
おまけに、生き残った元辺境伯軍の残党が小規模な襲撃を散発させ、農民たちは反抗、もしくは逃散した。
どうもユーリス辺境伯は統治者としても優秀で、領民に慕われていたらしい。
彼が生きていれば、彼を拘束、あるいは交渉することで統治を進めることもできただろうが……あいにく、魔導兵器の一撃で吹き飛んだと言われている。
そのためバランディアの占領統治は上手くいっておらず、食料も後方から届けるしかないため、現時点でのこれ以上の侵攻が難しい状況だった。
「……歴史は繰り返す、とは良く言ったものですね~」
「……そうなの?」
「私たちの時代でもあったんです。指揮官や指導者を戦略兵器で吹き飛ばしちゃって、その後収集つかなくなっちゃうって。
他にも、城塞や都市を撃破したはいいけど、拠点として使い物にならなくしちゃったり。
だから、最初に開発された戦略級マナ・ドールなどは、すぐに前線では使われなくなっちゃったんですよ。
拠点防衛用に配備するケースはあったみたいですが……ウィスケラフも本来はその類ですね。
で、出力を抑えて制御にかなり神経を使った、私みたいなのが作られていったわけですが。」
戦争は、領土を獲得するための手段として使われることが多い。
そう、あくまでも手段であり、それ自体が目的ではないはずなのだ。
だが、往々にして人はそれを忘れ、勝つことに囚われる。
それは、今も昔もあまり変わらないらしい。
「……先代の国王は使う難しさをわかってたのかもね……5年前に急死したのだけど。
王太子がまだ未成年だったから、王妃が女王となって、それからかな、拡大路線になったのは」
「その女王様がやらかしちゃった、と……力に、酔っちゃったんですかね~……」
はふ、とエリーはため息をつく。
また、風が吹いた。
ぱちん、ぱちん、と木が爆ぜる小さな音。
しばしの沈黙の後、エリーは真顔でレティへと向き直り。
「……レティさん、マスターにこんなことをお願いするのもなんですけど……。
もしもの時は、手伝ってもらえませんか?」
もし、本当にウィスケラフがバランディアのものになっているのだとすれば、それを『眠らせる』ということは、バランディアという国家に喧嘩を売ることに他ならない。
それがわかっているから、言い淀んだ。
それがわかる人だとも、思っていた。
「……いいよ、私にできることなら」
だから、レティがあっさりと頷いて見せると、くしゃり、とエリーの顔が歪んだ。
何かをこらえるように俯くと、ぽすん、とレティの腕に額をくっつけて。
「もぉ~……そういうところですよ……。
なんでマスターなのに我儘聞いちゃうんですか……」
「……エリーが可愛いから、かな……」
先程のお返し、とばかりにそう告げてあげると、エリーの動きが固まる。
しばし迷ったように腕を彷徨わせると、ぎゅ、と抱き着いてきた。
よく見ると、耳まで真っ赤だ。
「……可愛くないですもん」
「……可愛いよ?」
うん、この感情はきっと、可愛いで間違いない。
そう、確信しながら。
しばらく、抱き着かれるがままにさせていた。
……どれくらい時間が経っただろうか。
「あ、ほら、ご飯食べましょう?」
やがて落ち着いたのか、エリーはそういうと、パンを切り分けて鍋の中に放り込む。
しばらくスープで煮込むと、柔らかく崩れてきたので、それを木皿によそう。
渡されたそれを、木の匙で掬い、口に運んで、しばし咀嚼した後。
「……ちゃんと味がする」
「……それは、誉め言葉、ですよね? そうですよね?」
そう言いながら、エリーも自分の分に口をつけ、うん、と満足そうに頷いた。
……そのスープは、なんだかとても、暖かかった。
その街は知っている。平和など儚いもの、明日にも崩れるものだと。
かつて目の前で繰り広げられた惨劇の記憶は未だに。
次回:国境の街アザール
しかし敵は外だけとは限らない。




