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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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暗殺少女は魔力人形と夢を見る

 マナ・ブラスターの光が収まった後。

 あれだけ荒れ狂っていた魔力が、『魔王』の気配が、途絶えていた。

 それは、レティはもとより、エリーにもはっきりと感じ取れるもので。


「……レティさん……今度こそ?」

「うん、今度こそ、『魔王』は確かに消滅したよ」


 どこか夢を見ているかのように茫洋としたエリーの声。

 それに答えるレティの声は淡々と、しかしはっきりとした力強さで紡がれた。

 僅かばかり、沈黙が訪れて。


 どしゃり、と何かが倒れる音がした。


「えっ、何ですか今の」

「ああ……『魔王』のなれの果て」


 あるいは、絞り糟。流石にその言葉は、レティも飲み込んだ。

 目にしたそれは、酷く哀れにも見えたから。


 レティの視線の先には、『魔王』の力を失って変わり果てた姿のアウグストが倒れ伏していた。

 腕も足も、強制的な再生の影響でアンバランスに形を変え、伸びて歪み拗くれていて、先ほどとは別の意味で、人間とは思えない形状を呈している。


「あ~……自業自得とはいえ、あそこまでいっちゃうと、罵倒の言葉も出てきませんね」

「まあ、ね。もちろん同情もしないけど」


 そう言いながらレティはエリーから手を離し、倒れ伏しているアウグストの傍へ音も立てずに歩み寄った。

 

 もぞり、もぞり。

 人間の骨格で無くなった彼は、最早人間の筋肉では動けない形状となっていたらしい。

 それでもまだ、生きていた。


「何故だ……私は、王……神の国の……この世の……」

「器じゃなかった。それだけの話」


 全てが手からこぼれ落ちたというのに、掴めなかった幻想に未だしがみつくその姿は、醜悪でもあり、惨めでもあり。

 それでも、欠片ほども同情する気が起きないのは、今までの彼の所業故、だろう。


 だから。ストン、と躊躇うこともなく、淀むこともなく、小剣の切っ先を落とす。

 過たず刃は延髄を断ち、アウグストは一度だけ痙攣したかのように身体を震わせると、今度こそ完全に動かなくなった。

 念のため、と首筋も切り裂き、観察することしばし。

 完全に息の根を止めたことを確認すると小剣を鞘に納め、ふぅ、と一つだけ息を吐き出した。


「うん、終わった。これで、今度こそ」

「は~……やっと、終わってくれましたか。

 ほんっと、面倒でしたねぇ……レティさんの言葉通り、色々邪魔してくれちゃって」


 つられたように吐息を零したエリーが、若干恨みがましそうにぼやく。

 予定よりも遙かに長引いた旅路。

 それは全て、このアウグストが画策した謀略の影響だった。

 そのせいで彼女の様々なプランが覆され、欲求が満たされなかったのだ、多少恨んでも仕方あるまい。


「まあ、それもこれで終わり、だし」

「そうですねぇ……あ、邪魔と言えば、これだけ派手に暴れたのに、部下とか誰も駆けつけてきませんね」


 言いながら、エリーが周囲を見渡す。

 随分と風通しの良くなった元大聖堂、その先にはアマーティア王都の街並みが広がっている。

 けれど、隠れて息を潜めているかのように街は静まり帰り、兵が駆けつけてくるような音も聞こえない。


「……もしかして、だけど。

 彼が苦戦するような敵相手に、首を突っ込みたくなかった、とか」

「あ~……大聖堂吹き飛んで、その後もさらに派手にやってましたもんねぇ」


 『魔王』のあの一撃を防げるものなど、恐らく魔族であってもいないのだろう。

 ましてその後も、あれだけ派手な攻撃を、しかし全て避け、あるいは防ぎきったのだ。

 そんな存在相手に挑みかかるような蛮勇を持つ者は、どうやらいないらしい。


「それに、さ」


 不意にレティが空を見上げた。

 雪を降らせていた雲はすっかりと晴れ、空には満天の星が広がっている。

 どことなく、先ほどまでよりも空気が澄んでいるようにも感じるのは、気のせいだろうか。


「魔族には、わかるんじゃない? 『魔王』が倒されたことが」

「なるほど。……そして、敵討ちに来るような人もいない、と」

「そういうこと、なんじゃないかな」


 納得すると、互いに思わず肩を竦めてしまう。

 彼がどのような王だったのかは知らないが、まあ、つまりはそういうことなのだろう。

 二人が知る王と比べてしまえば、苦笑を零してしまうのも致し方ない。

 例えばリオハルトに万が一のことがあれば、間違いなくゲオルグが、悪魔すら逃げ出す形相で駆けつけてくるだろうから。


 それなのに、この街は、静かだ。無理に息を殺しているかのように。


「は~……そんな人に今まで振り回されてたって思うと、なんだか複雑な気持ちにもなっちゃいますねぇ」


 色々と理解してしまったエリーが、大きくため息を吐く。

 大きな戦も、元を辿ればつまらない確執や意地の張り合いであることは少なくない。

 わかってはいるが、その当事者になってしまえば、疲労感も一層増すというものだ。


「気持ちはわかるけど、ね。これで終わったんだから、いいじゃない」


 レティがくすりと笑えば、エリーもそれ以上言うことはない。

 こくりと頷けば再び手を繋いで、きゅっと少しだけ力を込める。


「そうですね、これで、終わったんですもの。

 後は、戻ってボブじいさんに連絡して」

「バランディアに帰って、リオハルト陛下に報告して。

 その後は……ん~……クォーツに帰ってマチルダに顔を見せたいし、久しぶりにリタに会いたい気もするし、トーマスのとこにも顔を出したい」

「あ、それなら師匠のお墓参りもしたいです」

「セルジュの……そうだね、それもいいね」


 そのまま歩き出しながら、この後のことを相談する。

 懐かしい、会いたい顔を思い出しながら。


「それから、バトバヤル陛下や、ナディア様にはどうします?」

「そうだねぇ、そっちにも顔を出さないと。ツェレン様も心配してるだろうし。

 ……ツェレン様は今ガシュナートのはずだよね」


 出立前に聞いた方策を思い出しながら確認すれば、エリーもこくりと頷いて返した。


「そうですね、だからガシュナートに行けばナディア様やジェニーと一緒に……ああ、そういえば、ドミニクさんも一緒のはずですけど」

「……いや、あの人は別に挨拶しなくても色々わかってるんじゃないかな」

「確かにそんなところありますけど、一応ちゃんと筋は通しましょう?」

「う……そう言われると弱い……」


 若干口ごもると、目に入るのはエリーのどこか悪戯な笑み。

 自分が言い返しにくい言葉を理解されてしまっている。

 ある意味弱みを握られてしまっているというのに、なぜかその状況が心地よい。

 自分を、そこまでわかってくれる人が、すぐ傍にいるということが。

 こんな自分を、それこそ、筋を通すことを教えたグレッグが見たら、どう思うだろうか。


「はぁ……仕方ない、一応挨拶だけはしとくか」

「一応とか言わないでくださいよぅ。そしてそれから、クォーツのお家をお掃除して、いよいよ二人のラブラブ生活ですよ!」


 ラブラブ、などと言われて、レティは思わず吹き出してしまう。

 旅が始まる前、いや、あの依頼を受ける前の自分からすれば、想像も付かない台詞。

 しかも、それが妙に馴染んでしまう自分もいるのだから、尚更おかしくてたまらない。


 くすくすと口元を押さえながら笑うレティを、エリーは少し頬を膨らませながらじぃっと見つめる。


「もう、レティさんってば、笑うなんて酷いですよ!

 私、ずっと夢見てたんですからね!」

「ふふ、ごめんごめん。そっか、ずっと、夢見てくれていたんだ」


 拗ねたようなエリーに謝りながら、それでも笑いは治まらない。

 おかしいのか、楽しいのか、それともまた別の感情なのか。

 判断がつかないが、とにかく身体の内側から笑いがこみ上げてくる。

 そして、今はその感情に身を任せたくもあった。


「いいね、じゃあ、まずはエリーの夢を叶えようか」

「まずは、ですか。じゃあ、その次は?」

「その次は……う~ん……私の夢、はまだないけれど」


 そう言いながら、一歩踏み出した。

 帰り行く道へと歩めば、すぐに付いてくる足音。

 考え事をしながら足下に視線を落とせば、すぐ傍には、ともに歩く靴跡。

 それだけで、どんな不安も消し飛んでしまう気がした。


「ないけれど、それもいいか。きっと、いつか見つかるだろうし。

 ……こうして、エリーと一緒なら」


 ぽつり、そう呟く。

 それが、どれだけ幸せそうな暖かい声で呟かれたか、彼女だけが気付いていない。

 

 そして、誰よりもその暖かさを感じ取れる少女は、思わずその場で崩れ落ちそうになり、しかし、なんとか踏みとどまる。

 

 急に足を止めたエリーに気付いて、レティは怪訝な表情で振り返った。


「……エリーどうかした?」


 とても不思議そうに、全く、自分の言動を理解してない表情で。

 そんな表情を見れば、エリーとて言いたくなることもある。


「だからっ! そういうところなんですってば、この女たらしっ!」

「え、何いきなり。久しぶりな気もするけれど」


 わからない彼女は、小首を傾げる。

 むくれた彼女は、ふんっとそっぽを向いて駆け出す。


 繋いだ手は、そのままで。


「ちょ、ちょっとエリー、急にどうしたの」


 その手に引っ張られる形になったレティは、つられて走りながら慌てたように声をかける。


「なんでもないですよ~だ! レティさんの鈍感、天然タラシ!」

「何それ、意味がわからないのだけれど!」


 言い返しながらも、レティは口元が緩んでくるのを抑えられない。

 そうだ、きっとこれからも、こんな日々が続いていく。

 互いに引っ張り引っ張られ、西へ東へ、北へ南へ。あるいはもっと、身近なところへ。

 その先に何が待っているのかはわからないけれど、一つだけ確かなことがある。


「ねえ、エリー」

「はいっ、なんですか!」


 声を掛ければ、振り返ったエリーが見せる笑顔。

 結局、さっきの拗ねた顔は、振りでしかなかったらしい。

 こうして一緒に駆け出して、それだけで笑っているエリーが居る。

 確信は、さらに深まった。


「私、エリーと一緒なら、どこにだって、どこまでだって行ける気がする。

 だから、ずっと一緒にいてくれる? 私と一緒に、どこまでも」


 きっとそれが、自分の夢になる。

 今更ながら、そんな確信が持てた。


 そして、返ってくる返事も、わかっていた。


「当たり前じゃないですか! レティさんの隣は私のものです、誰にも渡さないんですから!」


 それはもう力強く、晴れやかな笑みで。

 星空の中で、太陽のように輝いていた。


 ああ、やっぱり自分は、彼女のことが好きなのだと改めて思い知らされる。

 彼女が笑う、それだけで、世界が違って見えるのだから。


「もちろん。私の隣はエリーのもの。エリーの隣は、私のもの。

 絶対に、誰にも譲らないんだから!」


 言い切ると、脚を早めてエリーに追いついた。

 そのままの勢いで追い抜き、今度はエリーを引っ張っていく。

 負けじとエリーも駆け出し、互いに抜いて抜かれて、ずっと、笑いながら。

 二人の笑い声が、星空へと吸い込まれていく。



 

 彼女には、何も無かった。夢も、希望も。悲しみも、絶望さえも。

 それらは全て、過去の話だ。

 今は、今からは違う。


 暗殺少女は。

 魔力人形は。

 

 共に、夢を見る。

 かけがえのない、互いと共に歩む未来を。

※これにて本編は完結となります。

 ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございます。

 もしよろしければ、この下方にある欄にて評価をしていただけると幸いです。


 「小説家になろう」にて初めて連載を始めて1年半弱、完結までこぎ着けられましたのは、ひとえにお読みいただいております皆様のおかげでございます。

 心から感謝いたします。


 今後は、二人が戻った後ですとか、新生活ですとかを短編にて不定期に補足していこうかと思っております。


 また、以前告知させていただきました、Kindleにて電子書籍も出させていただきます。

 こちらは、1章2章を一冊に纏めた形になりますね。

 その後も、時期は未定ですが、電子書籍の形で纏めていければと思っております。

 

 表紙、挿絵は「道割草物語」や「万葬不踏の欺神迷宮」をお描きになっておられる、武川慎先生に描いていただきました!

 既に挿絵は二枚、活動報告にてお見せしておりますが、挿絵はもう一枚ございます。

 表紙も、もうすぐお見せできるかと思います!


 電子書籍は、恐らく3月8日頃にお届けできるかと思いますが、また確定しましたら告知させていただきますので、もうしばらくお待ちいただければと思います。

 ただ、規約上直接リンクを張れないので、Kindleにて検索していただくことになるかとは思いますが……。


 最後になりますが、改めまして、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

 この作品は、本当に幸せな作品になったと思います。

 願わくば、この結末が皆様にとっても幸せな結末でありますことを。

 そうであることを、心から願っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  遅れ馳せながら更新お疲れ様です!最後以外とアッサリ目でしたが、なんというか、らしい終わりかたというか、しっくり来る最後でした。  ラストスパートも相変わらず場所を選ばずいちゃついていらっ…
[良い点] 完結おめでとうございます! 二人の出会いからここまで長い旅でしたが、途中で出会った人々を通して関係が深まっていくのが本当によかったです。 百合の前には魔王でもかなわないのだ。 レティもエリ…
[良い点] 完走おめでとうございます! 思えばレティ達は随分と人との繋がりを広げてましたね。そしてそれを要として進んでいく場面も多かった。始めからレティも人を人と思っていなかった訳ではないし恐らくエリ…
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