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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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突破口

「さて、どうしたものかな」


 振り下ろされた見えない魔力の拳をあっさりと回避しながら、レティは小さく呟いた。

 現在の状況は、決して望ましいものではない。

 膠着状態になっているが、その状態を生み出しているのは、それぞれの攻撃を上回る防御をそれぞれが持っているからだ。

 すなわち、アウグストとエリーの結界、そしてレティの回避能力。

 この中で一番最初に尽きるのは、間違いなくレティのそれだ。


 見た目より体力があり、ドミニクとの特訓で体力の消耗を最小限に抑えながら回避する、ということを身につけはしたが、それでも流石に限界はある。

 それに比べれば、ほとんど無尽蔵に魔力を生み出すことが出来るエリーは遙かに持久力があるし、『魔王』はさらにそれを上回るように思う。

 となれば、このままでは最初に脱落するのはレティだし、その影響でエリーも程なくして倒される可能性は高い。

 

 何か状況を打開する一手を打てねば、じり貧になるのは目に見えていた。


「おっと」


 考え事に少し気を取られていたのか、一瞬にも満たない時間だけ反応が遅れ、思わず大きく飛びすさる。

 今このタイミングで、先ほど聖堂を吹き飛ばした魔力攻撃を受けていたら危なかった。

 というか、先ほどから、あの攻撃は、ない。

 あれで来られたら、エリーの傍に逃げ帰って結界で守ってもらう以外の手はないところなのだが。


「流石にあれは、結界と同時には使えないのか」


 先ほどから、結界に守られたまま攻撃するという、ある意味反則な攻撃を繰り返しているアウグスト。

 だが、その中であの広範囲攻撃は繰り出されていなかった。

 ということは、少なくともこうやって牽制していることに意味が無いわけではない。

 決め手にもならない、ということでもあるが。


「……あれ?」


 不意に、何かに気付いたレティが小さく呟く。

 かわしながら、防がれるとわかっていて敢えての吶喊をしながら、その思いつきを確信に変えていく。

 もしかしたら。

 そこに考えが至り、レティは決断した。


「エリー、マナ・ブラスター、収束『最低』で!」

「え、は、はい!? わかりました!」


 突如聞こえてきた指示に、エリーは聞き間違いかと一瞬慌ててしまう。

 しかし、自分が愛するマスターの指示を聞き間違えるはずがない、と即座に切り替え、疑うこと無く実行した。


 先ほどまでの突き刺すようなマナ・ブラスターと違い、大きく広がるような光。

 当然、アウグストの結界を揺るがすことはなく、むしろ拍子抜けする程度の威力しかない。


「……なんだ、この腐抜けた攻撃は」


 アウグストが思わず怪訝に呟く程に弱い威力。

 攻撃としては全く意味をなさない一撃に、恐らく数分前の彼であれば嘲りを見せたところだろう。

 だが、今ここまで戦って、彼女らを侮る気持ちはほとんど失せていた。

 それだけに、唐突にきたこの貧弱な攻撃は、押さえ込み掛けていた嘲りを呼び起こし、それを打ち消そうとする理性との間でせめぎ合いを生み、意識の空白を僅かばかりに生んだ。


「なっ、何だ、どこに行った!?」


 思わず、アウグストが声を上げる。

 その僅かばかりの空白の間に、忽然と、レティの姿が消えていた。


 瓦礫に躓いて倒れた、などではもちろんない。

 慌てて左右を見回すが、その姿は見つからない。

 ならば、どこに。


 その答えは、言葉ではなく痛みで明かされた。


「ぐぉっ!?」


 後頭部に感じる、鋭く冷たい痛み。

 延髄と呼ばれる部位が何かによって切り裂かれ、途端、全身に神経の信号が届かなくなり、全身から力が抜ける。

 そのまま崩れ落ちそうになり……しかし、踏みとどまった。

 『魔核』から修復のために魔力が供給され、神経の束すら一瞬で修復され、身体に再び力が戻ってくる。


「そこ、かぁ!!」


 叫びながら、背後へと向かって裏拳を振り抜いた。

 音を置き去りにする程の速さで繰り出された一撃は、しかし、油断なく観察していたレティにかわされる。

 

 その姿を見て、アウグストの目は、信じられぬと見開かれた。

 

「き、貴様、何をした、何故そこにいる! 何故、我が結界の内側に!」


 問いかけながらも、答えは期待せぬとばかりに拳を繰り出す。

 音の壁を打ち抜く程の一撃は、しかし、その前から横に流れていたレティに触れることすらできない。

 おまけに、アウグストから見て左へと流れるように歩を進めたレティは、ついでとばかりに彼の首筋へと刃を走らせた。

 その刃を払おうと腕を動かす。

 いや、動かそうとするも、それよりも早く刃は駆け抜け、一瞬の後に赤い噴水が吹き上がる。

 

 しかし、本来であれば致命的な一撃も、『魔王』の核が供給する再生能力により、即座に塞がった。

 それだけの膨大な魔力を、彼の『魔核』は持っている。

 そのことに、レティは思案げに眉を寄せた。


「中々に、面倒」

「こちらの台詞だ、この蚊とんぼが! 貴様、まさか『跳躍者』か!」

 

 ごうっ! と、強烈な音と共に右の拳が振り払われて、しかしレティはそれを、しゃがむようにしてかわす。

 と、伸びきった右腕へと刃をまた走らせながら、するり、背後を取るように動く。

 痛みに顔をしかめたアウグストは強引に身体を捻り、即座に再生した右腕の裏拳で払おうとするが、その動きに合わせてレティも流れ、捉えることができない。

 むしろ、流れるに任せて腕に、足に、脇腹に、次々と赤い花を咲かせていく。


「ご名答。やっぱり知ってはいたか」

「それでか、それで我が結界の内側に!」


 先ほどの収束していないマナ・ブラスターによって、レティはアウグストの結界の範囲を掴んでいた。

 おおよそ半径2m弱の円筒形。腕を伸ばしてまだあまりある程の範囲は、窮屈さを嫌ったからか。

 彼にとっては不幸なことに、それだけの広さがあればレティが踊るには十分だ。


 痛みで足をもつれさせながら振るわれた拳は、先読みしたレティに、かすることすらできない。

 その伸びた腕にすら刃は走り、痛みに顔をしかめた。

 思考は混乱を増し、動きはさらに速く、しかし粗雑になっていく。

 ますますレティの姿は遠ざかり、もはや視界に捉えることすら困難になってきた。


「何故だ、マナ・ドールに『跳躍者』、昔の遺物が何故今ここに揃って出てくる、立ち塞がる!」

「さあ? あなたの日頃の行いが悪いんじゃない?」

「戯れ言を!」


 視界に捉えられないまま、この辺り、と雑な見当を付けて腕を振り抜くアウグスト。

 強引なそれはレティを捉えることができず、もつれかけていた足をさらに捻らせ、体勢をさらに崩してしまう。


 途端。ズグリ、と『魔核』に感じる強烈な痛み。

 身体ごとぶつけながら、レティが正確に小剣を突き入れてきたのだ。

 だが。


「……硬い、か」


 対魔の力を宿した小剣も、さすがに『魔王』の核は貫けなかったらしい。

 かつて一撃では砕けなかったカーチスのそれより、明らかに魔力の密度が高く、硬さも段違いだ。

 さらに押し込もうかとも思ったが。痛みから復帰したアウグストが拳を振るう気配を感じ、即座に離れる。


「は、ははっ、貴様の刃など通らん、これでもはや打つ手はあるまい!」


 『魔核』に突きを入れられ、その強烈な痛みに顔をしかめながらも、アウグストは嘲りの言葉を放つ。

 だが、レティはその言葉に怯んだ様子もなく。


「そうだね。ところで、これ何だと思う?」


 そう言いながら、左手に持った何かをアウグストにも見えるように掲げる。


「……は? まて、まさかそれは!」


 慌てて自身の懐を探るアウグスト。

 そこに入れていた聖印が、確かに入れていたはずのそれが、ない。

 それが、意味するところは。


 そして、レティが掲げたのはアウグストに見せるためではない。

 聖印に魔力を込めればその力が発動し、アウグストの、『魔王』の結界が除去される。

 一連のそれは、離れて見つめていたエリーにも、よく見えていた。


「マナ・ブラスター!」


 結界が除去された瞬間。

 待ち構えていたエリーのマナ・ブラスターが、ついに『魔王』の核を捉えた。

例え嵐が吹こうとも、繋いだ手は離れない。

戦いの渦中にあっても、紡いだ絆は途切れない。

そして放たれた一矢は、岩をも穿つ。


次回:つないだ手をそのままに


そして道は開かれる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >現状は、望ましい状況ではない。 「現状」が「現在の状況」という意味なので、微妙に重複しますねー。 「現状は、あまり望ましくない。」ぐらいがいいかもしれません。 [一言] おお……つい…
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