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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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暴威

「は、ははっ、所詮こんなものか、こんなものだったか!

 やはり我が出るべきだったのだ、手を下すべきだったのだ!

 さすれば、こうも簡単に事は済んだというに!!」


 屋根も吹き飛び、壁もあちこち崩壊した聖堂で、冴え冴えとした冬の月に照らされながらアウグストは哄笑する。

 侵入者である二人がいた場所には瓦礫が積もり、ピクリとも動かない。

 いくら捉えどころの無かった存在といえど、所詮人間は人間。

 あの魔力を受け、さらにはこの大量の瓦礫。

 万が一対魔結界で防げたとしても、即座に物理結界を張ることなど不可能だろう。

 

 つまり、これで彼の懸念事項は潰えたのだ。

 自身にそう思い込ませるために、彼は声を上げて笑う。


 所詮それは、薄々と勘付いていることの裏返しでしかなかったのだが。


「ははははっ、ははっ、は、はは……?」


 音が、した。

 吹きすさぶ木枯らしにも似た風の音、ではなく。

 がらり、と何かが崩れるような重い音。


 アウグストは思わずその方向を凝視し、わなわなと震えながら見ていた。


 確かに、動いている。

 つまりは。


「馬鹿な……馬鹿なっ!

 そんなはずはない、そんなはずはっ!」


 そんな彼の叫びも空しく、瓦礫を押しのけて二人の人影が立ち上がった。

 流石に埃に塗れてはいるが、しかしそれだけのこと。

 怪我一つ無く、慌てた様子も無く、静かにアウグストを二人は見据えている。


「いや~、流石にちょ~っとしんどかったですよ、今のは」

「でも防ぎきった。流石エリー」

「うふふ、でしょ、でしょ? もっと褒めてくれてもいいんですよ?」


 立ち上がった二人の会話は、少なくとも死にかけた者のそれではなかった。

 それが意味するところを悟って、アウグストはまた声を荒げる。


「貴様等っ! まさか我の攻撃を防げるつもりだったのか!」

「実際防いだじゃない。私じゃなくてエリーがだけど」


 平然と返すレティの言葉に、アウグストはこめかみに青筋を浮かばせた。

 並み居る魔族達をその力の恐怖で縛り付けていた彼からすれば、これほどの屈辱もないだろう。


 あの瞬間。

 エリーに呼ばれたレティは即座に隣へと移動して、エリーに触れた。

 出力補正のかかったエリーは、即座に対魔結界を発動、最初の攻撃を防ぎきる。

 直後に屋根や壁が倒壊し出したのを見て、物理結界に変更。降り注ぐ瓦礫も防ぎきった。


 言葉で解説すればそれだけのこと、だが。

 そこまで即座に、これだけ強力な結界を切り替えることなど、普通できるものではない。

 それがわかっているからこそ、アウグストには取り乱した色があるのだ。


「ふざけるな、ならばこれならどうだ!!」


 そう言いながら、未だ随分と離れた間合いでアウグストは拳を振り下ろす。

 途端、エリーの張った対魔結界に衝撃が響いた。


「っとぉ……流石に、一撃が重たいですねぇ」


 先ほどの一撃に比べれば魔力が集約された一撃に、しかしエリーは耐えきる。

 そのことにアウグストはまた、愕然とした表情を見せた。

 そんな彼を横目で見ながら、レティが小声で囁く。


「どうエリー。今の、私なしで防げそう?」

「ええ、多分大丈夫だと思います」

「わかった、じゃあ次。こっちから仕掛けよう」

「はいっ!」


 レティの言葉に頷くと、即座にエリーは魔力を手のひらに集めていく。

 そして、レティに触れられながらの、渾身の一撃。


「マナ・ブラスター!!」


 細く収束されたそれが、アウグストを襲う。

 しかし。エルダードラゴンさえ易々と貫いたそれは、彼のかなり手前で弾かれてしまった。


「く、くくっ、その程度か、貴様の攻撃はっ!」

「エリー、もう一回」

「はいっ」


 嘲るようなアウグストの声を意に介さずレティが指示を出し、もう一度マナ・ブラスターが飛ぶ。

 そして、また防がれた。先ほどの繰り返し、だったのだが。


「……うん、結界を歪ませることは出来てる。けど、向こうの修復速度が速い……。

 今の、ずっと照射するとかできる?」

「できなくはないですけど、消耗が激しくなっちゃいますね~……あまり長くはもたないです」

「となると、抜けるかどうか微妙かな……」


 渾身の攻撃が、あっさりと防がれた。

 しかしそのことに動揺することもなく、二人は攻撃とその結果を共有し、次の手を考えていく。


 その姿は、むしろアウグストの焦りを引き出すものだった。

 

「なんだ今の攻撃は。人間のマナ・ブラスターではありえん……まさか貴様は、いや、貴様もマナ・ドールか!」


 気付いて、思わず叫んでしまう。

 確かに、その独特な魔力の波長は覚えのあるものだった。

 しかしそれは、こんなにも強力な……彼の結界を僅かなりとも揺るがすようなものではなかった。

 そしてそれは、彼の精神にも動揺を生み出していく。

 絶対であるはずの結界が、僅かなりとも揺らいだ。つまりは、絶対ではなかったのだから。


 彼にとっては不幸なことに、そんな動揺を見過ごしてくれるような甘い相手では、なかった。


「エリー、私と合わせて」

「了解ですっ」


 レティがそう言って駆け出せば、エリーが散発的にマナ・ブラスターを撃ってアウグストを牽制する。

 それらは次々と結界によって防がれ、故に、アウグストがレティに向かって攻撃する余裕を奪っていく。


「このっ、猪口才なっ!」


 エリーの攻撃に苛立ったアウグストが拳を振るったが、それはまた、結界で防がれた。

 そして、レティから目を離した僅かの間に。

 瓦礫まみれの地面をものともせずに駆け寄ったレティが、迫り行く。


「今っ」

「マナ・ブラスター!」


 レティが小剣を突き出し、同時にエリーがマナ・ブラスターを放った。

 物理と魔術の同時攻撃。

 対物理、対魔の結界は同時に張ることはできない。

 この攻撃ならば、どちらかは通るはずだった。

 普通であれば。


「ふ、ふはははっ! そんな小賢しい真似が通用すると思ったか!」


 二人が同時に放った攻撃は、強固な結界に阻まれてしまう。

 それを見て高らかに笑ったアウグストが、また拳を振り下ろした。

 全く届くはずのない距離、しかし魔力の塊がレティへと迫って……とっくにいなくなっている地面を撃つ。

 

「そちらこそ、そんなのが通用すると思った?」

「くっ、貴様、囀るな!!」


 叫びながら拳が突き出され、振り下ろされ、払われた。

 レティはそれら全てを、事前にわかっていたかのような足取りで軽々とかわしていく。


 そしてまたエリーのマナ・ブラスターが結界に突き刺さり、そちらを防ぐことに意識を向けたアウグストは攻撃の手を緩めざるを得ない。

 戦いは、互いに決め手を欠く膠着状態へと陥り始めていた。

振るわれる力は嵐のよう。そして受け流すは柳のよう。

荒れ狂う暴流に身を任せ、するり、ゆるりとかわしていく。

強かでしなやかな柳の葉は、そっとその身に刃を宿す。


次回:突破口


身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と人の言う。

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