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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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南部戦線異常なし

 ドミニクの活躍により、刺客として送り込まれた魔物らしきものは退治された。

 そのことで安堵したのもつかの間、ナディアが顔を引き締める。


「今、この魔物は退治できましたが、こんなものが突入してきた、ということは……」

「城壁が突破された、ということですか?」


 ツェレンの言葉に、ナディアは厳しい顔で頷く。

 その後は増援が来ていないから、完全に崩壊した、ということはあるまいが、突破されたこともまた事実。

 最悪の事態も、脳裏に浮かぶ。


「今ここで憶測を言っていても仕方ないってもんですよ。

 まずは物見の塔に行って確認しましょうや」

「そ、それもそうですね……」


 相変わらず気楽そうなドミニクの言葉に、ナディアはおずおずと頷く。

 そして、隣で聞いていたツェレンの表情は、少し緩んでいた。

 やる時にはやる、ふざけていけない時にはふざけない。そんな師匠がこんなことを言う、ということは。

 まだ確信は持てないが、少しだけ考える余裕も生まれていた。


「考えてみれば、あの魔物の速さでしたら、あの二体だけが先行して突破してきた可能性もありますね?」

「ええ、あたしはそれじゃないかって思ってますよ。

 正直、ゲオルグの旦那の指揮は中々のもんだ。あれは早々抜けるもんじゃない。

 で、考えたのが、矢みたいな速さで動ける化け物を突っ込ませるってことだったんでしょうよ。

 あの硬さなら、投石機でぶん投げてすら平気かも知れないですしねぇ」

「そ、それは、さすがに……さすがに……。

 ……あり得なくもないですね、確かに」


 この凄腕の剣士が、それでも綺麗には斬れなかった。

 それを考えれば、投石機の衝撃くらいならば、あるいは。

 だが、それはあくまでも仮定でしかない。


「いえ、今はそれが本当か否かは考えないでおきましょう。

 大事なのは、この目で確認すること、それから次の指示を出すことです」


 ナディアの声に、全員が頷く。

 憶測はいくらでもできるが、所詮憶測だ。

 まずは、実際のところを確認しなければなるまい。


 そして、先ほどより少しばかり足早に進むことしばし。

 物見の塔へと辿り着き、見渡せば。


「……ありゃま。またえらいことになってるねぇ」


 ドミニクの呆れたような声に、返事ができる者はいなかった。

 

 城壁を守るガシュナート・コルドール・バランディア連合軍は健在。

 一カ所だけ混乱が見えるところがあるが、あそこが例の魔物が突破したところだろうか。

 それ以外のところは、秩序を失うことなく守備にいそしんでいる。

 目にしたのがそれだけであれば、ドミニクもそんな声は出さなかったのだろうが。


「まあ……あれは、ジェニーの光、ですね」


 呟くナディアの声は、どこか誇らしげなものだった。

 

 南部へと至る街道、そこから進軍してくる南部連合軍。

 その大軍へと向けて、光が放たれる。

 よく制御され、無駄なく広がり大軍を切り裂いていくそれは、さながら輝く刃のよう。

 

 敵主力は千々に切り裂かれ、直撃を避けた両翼もあまりの被害に混乱していた。

 東西方向から城壁へ取り付こうとはしているが、どうにも圧力が足りない。

 そもそも主力となる中央がほとんど機能していないのだ、この配置は単に戦力を分散させただけ、になってしまっている。

 おまけに、頼みの綱である魔獣達、それを制御している騎士達が的確に狙われ、次々と制御を失ってしまっている。


「これは……えっと……かなり優勢に進んでいます?」


 状況を見て取ったツェレンが、そうつぶやく。

 攻められている側が優勢、というのも妙な気もするが、事実そうなのだから仕方ない。


「そうですねぇ、こりゃぁ……あのおちびちゃん、大したもんだ」


 さすがのドミニクも、そう賞賛せざるをえない。

 それだけの輝きを、ジェニーは放っていた。





「クラウス、直衛の人達の損害は?」

「おかげさまで、極めて軽微ですよ」

「そう」


 南に陣取ったジェニーとクラウスが、淡々と言葉を交わす。

 そのあまりの力に、敵軍は最早直進せずに最初から東西に逃げるように別れていく。

 

「もう中央はほとんど機能してないね」

「そうですね、これならば両翼の掃討に入ってもいいでしょう」


 クラウスがそう答えた時、王都の南門が開いた。

 そこからコルドールの騎士団が出てきて、ジェニー達の前へと部隊を展開していく。


「おや、これは……閣下の差し金でしょうか」

「ああ、ゲオルグ殿から指示があった。

 我々が正面を押さえるゆえ、貴殿らは敵両翼の殲滅に向かってくれ」


 クラウスのつぶやきに答えたのは、コルドールからの部隊を預かる第二王子、ゾリグだった。

 聞こえた言葉に、クラウスは滑らかな動作で膝を折り、頭を下げる。


「いや、今はまだ戦闘中だ、頭を上げてくれ。

 礼節うんぬんも、命あっての物種だろうしな」

「なるほど、それも確かに。では、失礼いたしまして」


 ゾリグの言葉に納得したのか、クラウスも顔を上げて居住まいを正すと、ゾリグへと向き直る。


「それではゾリグ殿下、我々はまず東の方へと向かいますので、よろしくお願いいたします」

「わかった、ではそちらから逃げてくる敵には気をつけるようにしよう」


 クラウスの言葉に、即座に頷き返すゾリグ。

 なるほど、この察しの良さと合理的な思考は中々の器、とクラウスは内心で舌を巻く。

 軍を率いた経験もこの年にしては豊富らしく、兵を指揮する姿も様になっていた。


『リオハルト様がコルドールとの関係を気になさるはずです』


 と、内心で納得する。

 この戦が終われば、色々な意味でバランディア周辺の関係は落ち着いていくのだろう。

 そのためにも、まず終わらせなければいけないのだが。


「ああ、それから……あなたがジェニーか」

「肯定。私がジェニー」


 ジェニーの返答に、ゾリグはうん、と一つ頷き返す。


「そうか、ではよろしく頼む。どうか、大過ないよう。

 妹が……ツェレンが、あなたと一度話してみたいと言っていた」

「私と? ……私は、大して話は上手くないのだけれど」


 ぱっと脳裏に浮かぶのは、実に様々な人々と楽しげに話すエリーの姿。

 それに比べれば、自分などは、と思うのだが。


「いや、上手い下手はどうでもいいのだと思う。

 エリー殿やイグレット殿の話も含めて、色々聞きたいと言っていたからな」

「なるほど、それなら理解できなくもない」


 監査として来ているツェレンが、エリーやレティと縁があることは聞いていた。

 であれば、エリーと縁ある自分に興味があることは不思議では無い。


「……でも、あのドミニクという人が一緒だと、ちょっと……なんだか、苦手」

「ふっ、はっ、ははっ、それはわかるが、な。

 ドミニク師はツェレンの護衛なのだ、すまないがそこは勘弁してくれ」


 ジェニーの物言いに、ゾリグは思わず吹き出してしまった。

 それでも、すぐに体裁を取り繕うあたり色々と鍛えられているのかも知れない。


「……仕方ない。とにかく、まずは終わらせないと、ね」


 若干残念そうな顔になりながら。

 クラウスに先導されながら、ジェニーは東の戦場へと向かった。

不穏な空気に脅かされる日常。

それでも人は穏やかなるものを求め、そのために抗う。

錬磨の虎はその中で穏やかに笑い、そっと牙を研ぐ。


次回:老虎は笑う


突き立てられる者は、果たして。

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