打たれる勝負手
翌朝。ちょっとで済ませなかった代償にバタバタとした朝を迎え、それでもなんとかかんとか、家を出たのは予定通り。
「次に戻った時は、ゆっくりしていけるんだよね? 待ってるよ」
何とかマチルダのところに顔を出して挨拶すれば、そう言って送り出してくれた。
そのことが、何となく嬉しい。
「戻った時は、か……なんだか、変な感じ」
借りた馬の背に揺られながら、レティが呟く。
隣で同じように馬を歩かせていたエリーも、こくりと頷き返した。
「そうですね~……確かに、あそこが私達のお家なんですし、戻るっていうのが正しいはずなんですけど。
私達のお家なんですし」
「……やけに強調するね、そこ」
大事なことなので二回言ったエリーに、レティは若干苦笑気味だ。
あまり気乗りしていない様子に、エリーは馬から身を乗り出さんばかりになりながら力説する。
「それはもう、私達のスイートホームなんですから!」
「……そこまで言われると、ちょっとこう……勘弁して欲しい、かな」
「え~、いいじゃないですか~これくらい~」
真っ昼間の街道、不穏な情勢であまり行き交う行商人や旅人もいないとは言え、そんな台詞を大声で言われるのはどうにも気恥ずかしい。
確かに否定できないし、するつもりもない。
それと、大声で言いふらしていいかはまた別問題というものだろう。
「これくらい、というけど……表現が過剰というかなんというか」
「もっと大人しい言い方ならいいんですか?」
「……まあ、私達の家くらいだったら、いいけど」
「仕方ないですねぇ、じゃあそれにしておきます」
あっさりと引いたエリーに、レティは訝しげに眉を寄せた。
今までのやり取りを、ふと振り返って。
「……エリー、まさか最初から、そこに着地させるつもりで?」
「え~、なんのことでしょう、わかりませんね~」
わざとらしいとぼけ方に、それ以上追求する気も起きず苦笑しかできない。
エリーに口では勝てない。改めてそれを思い知らされた。
そして、こうやって負けることが少し楽しかったりもするのだから、不思議なものだとも思う。
「まあ、いいのだけど、ね」
肩を竦めると、また前を見て馬を進めた。
途中一泊して翌日。何事もなく王都へと辿り着いた二人は馬を宿へと預け、王城へと向かう。
話が既に通っていたのか、門番達に用件を伝えるとすぐに案内役が来て、二人を中へと通した。
案内されたのは、以前来たことのある王城内の一室。
しばらくして、リオハルトが宮廷魔術師のマリウスを伴ってやってきた。
「やあ、流石、予定通りだね」
「……ん、それは、ね。大事な用件だし」
一瞬目が泳ぎそうになったのを押し殺し、レティはいつもの口調で応じる。
事実こうして予定通りに着いたのだ、何も問題は無い。問題は、無い。
ただ、やはり少々反省はしないと、とだけは思ったが。
「まあ、確かにね。
色々と手を打ってはいるけれど、最終的には君たちが上手くやれるかに全てかかっているわけだし」
リオハルトの言葉に、レティとエリーはちらり、互いに横目で視線を合わせ、小さく頷く。
「改めて、責任重大だね……」
「本当に、私達二人で背負えるか心配です」
「……君たち二人以外には無理だし、さほど重そうにも見えないのだけど」
リオハルトの言葉に、レティは心外そうな顔を向けた。
「これでもちゃんと責任は感じてるよ?」
「それは失礼。でも、その割に随分と落ち着いているな、と思ってね」
言われて、ふむ、と自分の顔を触ってみれば、確かに強ばっているような感じはしない。
まあ、触ってわかるのかと言われれば微妙な事柄でもあるのだが。
「……まあ、私はもとから顔に出にくいし。
それに」
一度言葉を切って、目を伏せる。
頭をよぎるのは、ここまでの旅路。そして、出会った人々。
思い出せば、浮かぶのは笑みだった。
「それに、やるしかないもの。やらないといけない理由が、たくさんあるから」
「……うん、そうだね。それは、私も同じ事だ」
レティの見せた瞳の色に、リオハルトは目を細めながら頷き返す。
出会ったころと比べて、随分と目の力強さが変わった。
それはきっと、そんなレティを頼もしそうに見ている隣の少女のおかげなのだろう。
とても喜ばしいことでもあるし、少しばかり羨ましくもある。
同時に、負けていられないな、とも。
「だったら、その理由を失わせないためにも、私もやるべきことをやらないとね。
君達がやりやすいように。やり遂げた後に戻ってこられるように」
「……まさか、そのためにあんなことを?」
穏やかに、しかし力強く言うリオハルトに、レティは驚いたような顔になる。
だが、リオハルトはゆるりと首を横に振った。
「それこそ、まさかだよ。これは、以前から考えていたこと。
状況の変化によって、実行する意義と理由が増えていったのは事実だけどね。
君達の事情だってその一つさ」
「なるほど。……王様っていうのも中々大変なんだね」
「まあね。だから少しくらいは尊敬してくれてもバチは当たらないよ?」
冗談めかしたような物言いに、レティはパチクリと瞬きをして、それから不思議そうに小首を傾げた。
「え。尊敬は前からしてるよ? 凄いなって」
途端、リオハルトが軽く目を見張り、隣のマリウスも驚いたような顔になる。
思わぬ反応にレティがきょとんとしていると、横からエリーがちょんちょんとつついてきた。
「だから、そういうところですって……。
貴族とか王族の人は、そういう真っ直ぐな物言いに慣れてないんですよ」
「何それ、変なの。遠回しな言い方なんて時間の無駄だと思うのだけど」
そんな二人のやり取りを聞いていたリオハルトは右手を顔に当てながら、くっくっくと、抑えた、しかし楽しげな笑い声を零す。
少しばかり落ち着いたところで顔を上げ、マリウスを振り返った。
「どうだいマリウス。これでもう、私達は失敗できないぞ?」
「元よりそのおつもりでしょうに……というか、責任重大過ぎて胃が痛くなってきたのですが……」
「本番は明日だよ? 今からそれでどうするのさ」
沈鬱な顔で胃の辺りを抑えるマリウスに、リオハルトが笑いかける。
それに対して、マリウスは苦笑いしか返せない。
少しばかり同情を込めてマリウスを見ていたエリーが、思い出したようにリオハルトを見やり、口を開いた。
「前日になって言うのもなんですが……よくこんなこと考えつきましたよね」
「前々から、教団本部の姿勢には疑問を感じる事が多かったからね。
程度の差こそあれ、察知した時点で、何某かの手を打てる立場の人間は、何某か考えるものさ」
「……なるほど、内部に協力者がいなかったら、とてもできないですよね、こんなこと」
意味するところを読み取ったエリーは、思わず苦笑してしまう。
つまり彼は、同じように疑問を感じた教団内部の関係者と手を組んでいたのだ。
まだ二十歳になっていないというのに、この目の行き届きようはどうしたものか。
対人コミュニケーションに優れたエリーであっても、驚きを隠せないのも致し方ないところだろう。
改めて、確認するかのようにテーブルに置かれた資料に目を落とす。
「こんな、アマーティア教団に代わる新たな教団の設立だなんて」
改めて口にして、知らず、エリーはため息を吐いてしまった。
神には神を、謀略には謀略を。
歴史の裏に蠢く闇を、払うは光か、同じ闇か。
清濁併せ呑む若き王は、闇すら飲み込み前を見据える。
次回:神と人の狭間
望む道へと歩み出すために。




