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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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帰るべき場所

 ゲオルグとルドルフがガシュナート王都に到着したのと入れ替わるように、レティとエリーは北へと向かった。

 ゆっくりと再会を喜び合う時間もないのは、状況が状況だけに致し方ない。

 仕方ないが、どうにも後ろ髪を引かれる思いもある。


「二人とも、気をつけてね」

「ああ、もちろんだ。こんなところで死ねるかよ」

「私などは、いざとなればすぐに逃げ出せますから、大丈夫ですよ」


 二人それぞれに、心配するレティへと笑って返してきた。

 確かにルドルフはまだ、荷運びを担っているだけだから逃げ出すこともできなくはない。

 けれど、ゲオルグはガシュナート王都に入ったバランディア軍の指揮を執ることになるのだ、逃げ出すことなどしようはずもない。

 

 ジェニーがいて、これだけの戦力が集まっているのだから、そうそう負けることはあるまいが。

 しかし、相手がどこまでの戦力を投入してくるかがわからない以上、油断もできない。

 もし仮に、エルダードラゴンが大量投入でもされれば、いくらなんでも対処に困るところだ。

 さすがに、エンシェントドラゴンなどはいるまいが……もし万が一そんな存在がいれば。

 非常識な存在が相手だけに、決して安心などはできなかった。


 それでも、いつまでも留まっているわけにもいかない。

 むしろ、心配するのであれば、さっさと終わらせてしまった方がいいに決まっている。


「じゃあ、さっさと終わらせてくるね」

「お前が言うと、ほんとにそうなりそうだから怖ぇなぁ」


 気負いも無く軽やかに言ってのけたレティに、ゲオルグは思わず笑いながら返したのだった。





 そこから北上して、コルドバを過ぎ、クォーツへ。

 流石に道中は馬も使い、できる限り急いで向かう。

 その後は、会談を終えてバランディア王都へと戻ったリオハルトと合流し、打ち合わせをした後アマーティア教主国へと向かう段取りだ。

 

「……この湖も久しぶりだね」

「そうですね、まだ数ヶ月、というところですけど……随分久しぶりな気がします」


 湖の畔に立つ二人は、念のためにと被ったマントのフード越しにそんな会話を交わす。

 あの時。あの日々を過ごした時は、まだ秋だった。

 今はすっかり冬の色となり、見慣れていたはずの湖は、昼の日差しを受けてなお、どこか色あせても見える。

 遮る物の無い広い湖面を渡ってくる風は身を切るほど冷たく、二人は、思わず身震いなどしてしまった。


「なんだろうね、寒いのは別に慣れているはずなのに……妙に寒い」

「私でさえ身震いするんですから、多分気温のせいじゃないのかも知れませんね。

 もう少しゆっくり見ていたいところですけど、先に家の方を確認してきましょう?」

「うん、そう、だね」


 少しだけ歯切れ悪く、レティは答える。

 歩き出して、一度だけ振り返った。

 あの時、彼が声を掛けてきた場所を。

 もう誰も声をかけてこない場所を。

 

 少しだけ、息を吐き出して。

 それから、かつて彼が暮らした家へと向かった。


「マチルダはちゃんと手入れしてくれてるみたいだね」

「ふふ、さすがマチルダさん、というところでしょうか」


 かつてセルジュがアトリエとして使っていた家が見えてくると、二人してそんなことを言い合う。

 少しだけ胸はまだ疼いてしまうけれど、それを誤魔化すように殊更明るく。

 

 彼がいなくなったから買い取った家。

 だから、彼がいないのは当たり前だ。

 当たり前だけれど、それが、やはり。

 この感情は、悲しいのか、寂しいのか、それとも他の何かなのか。

 そんなことを自答しながら、レティはエリーとともに扉へと向かう。


 と、その扉が、急に開いた。


「……え? ちょっと、イグレットちゃんにエリーちゃんじゃないか!

 久しぶりだね、やっと戻ってこれたのかい!」


 まさにそのマチルダが、家から出てきたところだった。

 二人の顔を見た瞬間、驚きのようなものを浮かべるも、すぐに見慣れた笑顔を見せてくる。

 なんとなく、その表情を見てほっとしてしまった。


「うん、久しぶり、マチルダ」

「お久しぶりです、マチルダさん!」


 それぞれに挨拶を返せば、自然と笑みも浮かんでしまう。

 なんとなく、帰ってきた、という実感があった。


「それにしても二人とも、随分予定より遅くなってたから心配したよ。

 いや、無事で戻ってこれたんだから、いいってもんだけどさ。

 ああ、あんまりここで話し込むのもなんだ、まずは入りなよ。

 ってあたしの家じゃなくてあんた達の家なのに、変な物言いだね」


 久しぶりに会えたせいか、よく回る口がさらに滑らかになってしまったようだ。

 もちろん二人とて、遠慮するいわれも無い。


「そうだね、折角会えたんだから、色々話もしたいところだし」

「何より、お家の面倒を見ていただいてたお礼も言いたいですしね」


 二人して頷けば、マチルダに誘われるまま、家の中へと入った。

 

 足を踏み入れれば、鼻をくすぐる馴染んだ匂い。

 そこに懐かしいとすら感じてしまうほどに、時間の経過も感じてしまう。

 少しだけ違うところがあるとすれば。


「随分綺麗になってる……こまめに掃除してくれてたみたいだね」

「さすがに毎日ってわけにゃいかないがね、少なくとも週に一度は来てたよ」

「わあ……お家のこともあるのに、大変だったでしょう? ありがとうございます」


 テーブルについて部屋の中を見渡したレティがそうつぶやく。

 何でも無い事のように言うマチルダに、エリーが頭を下げた。

 釣られるようにレティも頭を下げ、二人してのお礼にマチルダは照れくさそうに手を振る。


「よしとくれよ、ちゃんと手間賃ももらってる、仕事みたいなもんなんだからさ」

「でも、最初にお願いしてた期間より長くなってるし。

 あ、そうだ、その分を払わないと」

「いやいや、そんなの構わやしないよ!」


 そんなやり取りをすることしばし。

 何とかマチルダに超過分の手間賃を受け取らせたレティは、満足そうな顔を見せた。

 受け取らされたマチルダは苦笑していたが、ふと何かに気付いたような顔になる。


「そういや二人とも、遅くなったのはあれかい、コルドバの戦で足止めくらったのかい?」


 マチルダの言葉に、二人は思わず顔を見合わせてしまった。

 どうしたものか、と思案げな顔をしながら、目と目で会話することしばし。


「足止めを食らった、というか、巻き込まれにいったというか」

「……なんだいそりゃ。え、まさか戦に参加したってのかい!?」

「まあ、ちょっと、ですね。ほら、私達冒険者ですし」


 もちろん、ちょっとどころではなかったのだが、流石にそれを説明するわけにもいかない。

 マチルダからすれば、ちょっと参加した、というだけでも十分に大事なのだろうし。


「ちょっと、ってあんた達……ああ、もしかしてそこで何かあったのかい?

 詳しく聞く気はないけど、イグレットちゃんが『神罰対象者』に指定されたとか聞いて、びっくりしたよ」


 あっけらかんとした声に、レティは幾度か目を瞬かせる。

 隣で聞いていたエリーも、思わず目を見開いていた。


「なんだい二人とも、そんな変な顔して」

「いやだって、びっくりした、って……それだけで済ませることにびっくりなのだけど」

「ええ、結構大事ですよね? 『神罰対象者』って」


 口々に言う二人に、マチルダは軽く手を振りながら笑って見せた。


「だってねぇ、急にそんなこと言われても、だし、言いに来た人はともかく、街の神官様もやる気ないみたいだし。

 そもそもイグレットちゃん、あんたがそんな大それたことするわけないじゃないか」

「あ~……まあ、そう、だね。心当たりはないし」


 思わず目が泳ぎそうになるのを押さえ込み、ポーカーエフィスを決めこむレティ。

 大それたこと、はいくつもしてきているが、それこそここで言うわけにもいかない。

 どうにも微妙な反応をしそうなところへ、エリーが助け船を出してくれた。


「神官様も、やる気がないみたいなんですか?」

「そうなんだよねぇ、よくわかんないんだけど。まあ、神官様も手違いか何かって、わかってるんじゃないかね?

 だから街の連中も『神罰対象者』を探せ~ってな雰囲気じゃ無いよ」


 そもそも『神罰対象者』など、もう長い間出ていない。

 その上、悪名高き者ならともかく、まるで聞いたことのない若い女性。

 よほど信仰心に篤い者でなければ、言われるがままに狩りだそうとはしないだろう。


「だからね、あまり気にしないでここに住んでも大丈夫さ」


 安心させようと笑いかけてきたマチルダに、あ、と今更ながらに気付く。

 それから、申し訳なさそうにおずおずと、レティは口を開いた。


「あの、ごめん、マチルダ。実は、まだ色々落ち着いてなくて……ここには、一晩泊まるだけ」

「すみません、本当は私達もゆっくりしたいんですけど……」


 口々に言う二人に、今度はマチルダが驚く番だった。

 おやま、と口と目を開き、しかし、また笑顔に戻る。


「そうなのかい、それはちょっと残念だね……まあ仕方ないか。

 そういや、ベッドもまだ一つしかないしね」

「……うん、まあ一晩なら大して問題無いし」

「そうですね~、野宿に比べたら全然問題ないですよ~」

「冒険者らしい言い草だねぇ」


 と気楽に笑うマチルダ。

 だが微妙にレティの視線は泳いでいるし、エリーは誤魔化すように少しだけ早口だった。

 さすがに、別にベッドは一つで構わない、とまで言ってしまうのは気が引けるところ。


 そんな二人の微妙な反応を気にした様子もなく、マチルダがふと何かを思い出した顔になる。


「あ、そうそう、出て行ってる間はまたここの面倒も見るけどさ、ちょっと前ほどは来られなくなるのは勘弁してくれないかね?」

「それはもちろん構わないけど……どうかしたの?」


 問われて、マチルダははにかむように笑い……そっと、下腹部に手を当てた。


「それがね、どうも……授かったみたいなんだよね」

「え、それって、まさか」

「セルジュ師匠の!?」

「他に心当たりもないからねぇ……とんだ置き土産だよ、ほんと」


 思わず声を上げるエリーに、呆れたような声音を作るマチルダ。

 けれどその声にも表情にも、隠しきれない喜びが滲み出ている。


「わあ、おめでとうございます! そっかぁ、師匠のお子さんが……」

「おめでとう、なんていうか……上手く表現できないけれど」

「はは、二人ともありがとうね。

 そういうわけだから、こっちも落ち着くまではあんまり来るわけにはいかなくてね」

「身体冷やしたらいけませんし、むしろしばらくお休みされてもいいくらいですよ~」


 照れくさそうなマチルダに、エリーは首を横に振って見せる。

 そんな二人を眺めていたレティは、うん、と何か決意したかのように頷いて。


「そうだね、できるだけ早く帰ってくるから……落ち着くまで、しばらく掃除とかはいいよ」

「そうかい? 気を遣わせちゃって悪いねぇ」

「何言ってるんですか、気を遣うに決まってます!」

「いやぁ、二人目ともなると、案外慣れちまうところもあってねぇ」


 窘めるように言うエリーと、気楽そうに笑うマチルダ。

 この光景を、失うわけにはいかないな、とレティは思う。

 

「本当に、早く終わらせないと、ね」


 小さく小さく、自分にだけ聞こえるように、そう呟いた。

時に巻き込まれ、時に駆け抜ける日々に訪れた、空白のような一日。

他愛も無い語り、戯れのようなふれ合い。

あるいはそれ以外が夢であったかのような安らぎは、だからこそ儚い。


次回:二人の夜


それが、消え去らぬように。

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