秘された真実
姿勢を正してから、呼吸をすること数回。
頭の中で話すべきことを整理したリオハルトは、口を開いた。
「まず始めに確認しておきたいのだけれど。
イグレット、君は……『跳躍者』だね?」
リオハルトの言葉に、バトバヤルとナディアが固まった。
その言葉の意味するところを理解すればこその反応に、リオハルトは内心で警戒する。
二人が、過剰な反応をするのではないか、と。
……幸いなことに、それは杞憂に終わったが。
そして、問われた当のレティは、こくりと頷いて見せた。
「その名称が正しいかはわからないけれど、エリーからもそう言われたことがある。
そして、エリーが言っていた特徴にも一致した。多分、そうなんだと思う」
「ああそうか、一般的に使われる名詞ではないしね。ありがとう、おおよそでも確認できて良かったよ」
やや自信のなさげなレティへと、それもそうだ、とあっさり頷くリオハルト。
そんな二人のやり取りに、一瞬早く気を取り直したバトバヤルが思わず声を上げる。
「いやいやまてまて、何冷静にやり取りしてるんだ!?
『跳躍者』って言ったよな、今確かに!」
珍しく取り乱すバトバヤル。しかし、それも無理のないところだろう。
バトバヤルの後に、ナディアが続いた。
「私も聞いたことがございますが……記憶違いでなければそれは、別名『王殺し』のことですよね……?
確かにイグレット様には、父の件で手をお借りはしましたが……しかし、伝え聞く様とは違うように思います」
おずおずとした口調で、遠慮がちに問いを発するナディア。
そしてレティに向ける視線は、おびえたようなもの……ではなく。
困惑したような、真とも偽とも判断付きかねているような表情だった。
その表情に、少なくとも嫌悪だとか敵意だとかは浮かんでいない。
「ええ、言いました。そして、『跳躍者』が『王殺し』と呼ばれていることも事実です。
と言っても、我々のような王族にだけ伝わる言葉、でもあるのですが」
そこで一度言葉を切ると、リオハルトはナディアとバトバヤル、二人の表情を交互に見やる。
その表情の向こうにある感情を見透かすように。
数秒ほどか、沈黙の後にまたリオハルトが口を開いた。
「では、お二人とも。なぜ『王殺し』と呼ばれるかはご存じですか?」
その問いかけに、二人はまた止まる。
視線を動かし、時に宙を見据え、軽くうなり。考えに、考えた末。
「……言われてみれば、知らねぇな」
「そうですね、私も、なぜそう呼ばれるのかは、聞いたことがありません」
二人して、同じような答えを返すことしかできなかった。
確かに『跳躍者』の能力をもってすれば、王を殺すことも容易だろう。
だが、それだけであれば、『跳躍者』でなくとも為した者は幾人もいたはずだ。
であれば、なぜそんな別名がついたのか。
その答えを求めて向けられた視線を、リオハルトは笑みを浮かべて受け止めた。
「あの『王殺し』という言葉は、『どんな王であろうとも殺すことができる』という意味なのです。
それは、例え『神託』の異能を持つ王だとしても」
そして与えられた答えに、バトバヤルとナディアは目を見開き、レティは疑わしげに小首を傾げる。
少しだけ考えた後に、浮かんだ疑問を口にした。
「待って、確かに寝室に奇襲をかけたりはできるけれど、事前に察知されて周囲に兵を配置されていたら、難しいよ?」
「いや、お前さんならそれでもやってのけそうだけどな?」
「確かにイグレット様ならできてしまいそうにも思います」
「それこそ待って、私、そこまではできないから」
問いを二人がかりで混ぜっかえされて、若干困ったような表情を見せるレティ。
しかし、さらに追い打ちを掛ける声もかかる。
「そうかい? あの時は十数人ばかり切り倒してたと思うのだけれど」
「……あれは、奇襲が成功しただけだから」
「まて、その話をもっと詳しく……いや、これ以上は横道に逸れすぎだな」
思わず身を乗り出したバトバヤルが、ふと思い出したように座り直す。
その光景を見ていたナディアは、何とも言えない苦笑を浮かべるしかない。
最初にリオハルトが切り出した時に比べれば幾分緩んだ空気の中、リオハルトが改めて説明を続けた。
「そうですね、改めて説明すれば……察知されればその通り、待ち受けられておしまい、ということになりかねません。
察知できれば、ですが」
リオハルトの言葉に、その意味するところに理解が及び、三人が三人とも目を丸くする。
それは、つまり。
「待ってくれ、つまり、『跳躍者』は『神託』の予知に引っかからないってことか?」
「さすがに私も確認したわけではないので、推測でしかありませんが。
そもそも、ですね。敵方、教皇が持っている『神託』の能力について、皆さんはどこまでご存じですか?」
問われて、また沈黙。
それから、互いに互いの顔を見合わせる。
今更、と思いながらも、改めて聞かれれば、どうにも説明しがたい。
「どこまで、ってもなぁ。いわゆる予知が出来る能力ってことじゃないのか?」
若干探るような声のバトバヤルに、リオハルトは和やかに頷いて返した。
「ええ、おおよそはそれで間違いありません。
ですが、どうもそれは、限定的なもの……少なくとも絶対ではなく、いくつかの例外が存在する物らしいのですよ」
その言葉が意味するところを理解できない者はここにはいない。
特に最も関わっているであろうレティが、二人に先んじて、確認するように問いを発した。
「つまり、その例外が私、というか『跳躍者』だと?」
「うん、その通りだ」
レティの問いに、にこやかな笑顔で返される言葉。
なるほど、であれば、と納得もしてしまう。
そんなレティの、いや、三人の反応を見て、リオハルトはさらに説明を続けた。
「バランディアはかつて、この辺りを治めていた王が倒れた後に成立しています。
実は、その時の王も『神託』を使え、そして暴政に走り、『跳躍者』に討たれたという経緯がありましてね。
イグレットに助けてもらった後、そのことを思い出して文献を漁ったのですよ。
当然、『神託』持ち相手に反抗などそうそう成功するものではありませんから、相当に調べたようです」
「で、そこに色々と書いてあったわけだな、面白い話が」
リオハルトの説明に相づちを入れるバトバヤル。
それに対してリオハルトも頷いて返した。
「ええ、その通りです。その中にはこうありました。
『神託』は、この世の常識や理の中でしか予知できず、そこから大きく外れたものに対しては知ることができない、と。
恐らく、盤上のゲームを外から眺めているようなものなのでしょう。
そこにゲームのルールから外れたものが入ってくれば、当然結果の予測なんてできはしない」
「その、外れたものが、私」
「そういうことだね。
考えてもみてよ、『跳躍者』の能力は魔術なんてものを超越しすぎている。
むしろ、この世の理や法則をねじ曲げて顕現する、魔法の領域だ」
「確かに、伝え聞く『跳躍者』の能力を考えますと……それを実現するために、どれだけの魔力を必要とするか、想像もつきません」
魔術師でもあるナディアが少し考えて、小さく首を振った。
どれほど桁外れのものか、この中で一番理解できているのは恐らく彼女だろう。
ナディアの感想を受けて、リオハルトも頷いて見せる。
「全くです。そして想像もつかないからこそ、『神託』も事象の読みに入れることができない」
「結果、『跳躍者』が絡んでくると予想外のことになる、ってわけだな」
「ええ、おっしゃる通りです。なぜこのような存在を神が生み出したのか、はわかりませんが……。
あるいは『神託』を持つ者への牽制だったのかも知れません」
そう言ってバトバヤルに頷き返すリオハルトに、レティが問いかけた。
「ということは、エリーやジェニーみたいなマナ・ドールも?」
「恐らく、だけど。1500年前では常識でも、今の世の中では常識とは言えないからね」
「なるほど、だからガシュナートにうかつに攻め込むようなこともした、と」
納得したように幾度か頷いているレティを、目を細めて笑いながらリオハルトは、ふと思いついたように口を開いた。
「もしかしたら、正体が掴めない君たちのことは、『神託』持ちの教皇からすれば幽霊か何かにしか思えないかもね」
「なるほど、それなら怖がるのも無理はねぇや」
冗談めかしたリオハルトに、バトバヤルが笑って応じる。
だが、その冗談を向けられたレティは、驚いたように目を見張るばかり。
「どうかしたのかい、イグレット」
おや? と不思議に思った三人に視線を向けられたことに気づき、はっとしたようにレティは小さく手を振った。
「いや、ううん、何でも無い。何でも無い、のだけれど」
思い出すのは、かつてのコードネームを付けたあの悪党。
彼は、どこまでわかっていてあの名前を付けたのだろうか。
全てを見通していたのか、たまたまだったのか。
彼ならどちらもありそうだ、と思わず笑ってしまう。
「何でも無い、けれど。やっぱりこれは、私がやるべきことなんだな、って改めて思っただけ」
そう返すレティの笑顔は、吹っ切れたような穏やかなものだった。
課せられたのは不可能とも思える難題。
無理な理由は限りなく、取るべき手段は五里霧中。
それでも、前へ進むには理由がある。
次回:立ち向かう理由
生きる程に、理由もまた生まれる。




