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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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動乱の隙間に

「なるほど、それで急に『跳んで』来たんですね」


 レティの説明に、エリーはなるほど、と頷いた。

 

 ナディアが立ち直ってから、その後の対応について協議などしている内に、時刻は既に夜。

 ガシュナートに残る人々へ向けたナディアからの手紙を預かって、レティはガシュナート王都へと『跳んで』来ていた。


「うん、そういうこと。

 さっきも確認したけれど、ジェニーは今、寝てるんだよね?」

「ええ、随分前に休眠状態に入ったのは確認しています。

 少なくとも見られてはいないですし、ここなら気付かれることはないかと」


 レティの問いに答えながら、エリーは周囲を見回す。

 ここは、ナディアの私室、から通じている隠し部屋。

 以前、一度泊めてもらったことのある部屋だ。

 そこに備え付けられたベッドに二人並んで腰掛けながら、現状の確認をしているところ。


 レティはナディア達に、手紙のやり取りには一晩か二晩かかる、と告げている。

 もちろん本来はもっと早く終わるのだが、まだ全てを明かすかどうか迷っているところで例えばジェニーに見られるのも都合が良くない。

 幸い、ジェニーは夜になると基本的に休眠状態になると聞いていた上に、対策会議が夜に及んだため、手紙を届けに来たときにジェニーに見られることはなかった。


「そう、良かった。

 ジェニーにばれたら、その後のこともまた考えないといけないし……」

「そうですねぇ、あまり大っぴらに話したい能力ではないですし……。

 バトバヤル陛下とナディア様にだったら、教えても大丈夫そうな気はしますけど、ね」

「それは、私も思ってる。

 これからも、私のこの力は使わないといけない場面が来そうな気がするし……そこで、何度も誤魔化せる相手ではないとも思うし」


 そこまで口にして、ふと黙り込む。

 しばしの沈黙の後に、エリーへと視線を向けて。


「こうやって話さないでいると、騙してるようで申し訳ないような気もする。

 向こうも、そう思わないかな」

「難しいところですね……あのお二人なら、話さなかった理由を察してくれそうな気はしますけど」

「そうなんだよね。でも、察してくれる人だから、話さなくてもいずれ気付かれる気もするし……。

 ……ごめんねエリー、久しぶりに会えたのに、こんな話ばかりして」


 レティが頭を下げて謝ると、エリーは小さく首を横に振り、レティの手に自分の手を重ねた。


「大丈夫です、気にしないでください。

 むしろ、そういう大事な話を私に相談してくれたことは、信頼感を感じて嬉しいくらいです」


 微笑んでみせたエリーの顔をしばし見つめて。

 ふ、とレティもまた、微笑みを返す。


「ありがとう。この話は、私達の今後にも影響が出そうだから、相談した方がいいかなって」

「……またそうやって、不意に嬉しいことを放り込んでくるんですから、レティさんは」


 一瞬言葉に詰まり、ちょっと視線を逸らしながらエリーはぶつくさと小さく呟く。

 当たり前のように、二人一緒の未来を考えてくれている。

 そのことは今更だけれど、それでもやはり、嬉しい。

 レティがその気になれば一人でどこにでも行けるだけに、尚更だ。


 だが、当のレティ本人はきょとんと不思議そうな顔をしている。


「え、何か嬉しいこと、あった? 当たり前のことしか言ってないつもりなのだけど」

「うん、レティさん、それ以上言われると私の理性が限界を迎えますから、先にお仕事を終わらせちゃいましょう?」

「あ、うん」


 何度か見たことがある今にも襲いかかってきそうな表情を見て、レティもこくりと頷いてみせる。

 それはそれで、とも思うが、今は時間を気にしないといけないところだ。


「まずは、このナディア様からの手紙を、誰か上の人に渡したいのだけれど」

「あ、それなら大丈夫です。上級騎士の知り合いもいますし、複数の将軍にも顔を覚えてもらっていますから」

「流石と言うかなんと言うか……」

「出立前にナディア様が言い含めてくださっていた、というのもありますけどね」


 エリーならある程度人脈を作っているだろうとは思っていたが、予想以上の状況にレティは苦笑を浮かべる。

 もちろん、仕事が順調にいくのだから、歓迎すべきことではあるのだが。


「さすがに、手紙を渡すのは明日の朝になりますし、返事はお昼とかになってしまうかも知れませんけど」

「それは仕方ない、かな。

 なら、数回に分けて情報を伝えるようにしようか。

 取り急ぎ伝えるべきこと……城の損害や死傷者の数、敵の規模だとかを先に伝えるようにして、手紙の返事はまた後で」

「そうですね、それならナディア様も安心するでしょうし」

「……そういえば、城壁の被害とかまるでないみたいだったけど……エリーが迎撃したの?」


 安心、と聞いてふと思い出す。

 ナディアの部屋へと入る前に周囲を確認した時、王都は落ち着いた空気だった。

 見れば、城壁は相変わらずその威容を誇っていたように思う。

 そもそも、二度目の伝令が来たタイミングを考えれば、数時間で撃退できたことになるはずだ。


 そんなレティの問いに、エリーは満面の笑顔で答える。


「はい、正確には、私とジェニーで撃退しました。

 ジェニーったら凄いんですよ、やっぱり戦略級の火力は違いますねぇ」


 にこにこと嬉しそうに答えるエリーをしばし見つめていたレティは、不思議そうな顔を見せた。


「なぜ、そんなにジェニーのことで嬉しそうに。もしかして、仲良くなった?」

「え、あ、流石レティさん、わかっちゃいます?

 ちょっと色々あって……ふふ、ジェニーったら、私のことお姉ちゃんだなんて言うんですよ?」


 急にテンションが上がったエリーを見て、問いかけたレティは呆気に取られ、ぱちくりと瞬きを数度。

 いかにして二人が仲良くなったか、なんてことを語り出すエリーを、止めることもできず、眺め。


「なる、ほど……?

 まあ、仲良くなるのは良いことだけれど……。ちょっと、びっくりした」


 出立前の二人の様子、特にジェニーの様子を思い出すに、そんなことを言い出すとはとても思えなかった。

 それから僅か一週間あまり、いや、時期を考えるに数日か。

 そんな短期間でジェニーを懐かせたエリーは、流石、と言う言葉でも足りないところだろう。


「私もびっくりしましたけどね、ジェニーがあんなこと言い出すだなんて」


 うんうんと頷くエリーを見ていたレティは、まぶしそうに目を細めた。

 それに気付いたエリーが、不思議そうな顔でレティを見る。


「あれ、レティさん、どうかしましたか?」


 問いかけに、少しだけ沈黙して。

 それから、笑みを返した。


「ううん、エリーは凄いなって。私だけじゃなくジェニーもそうやって、懐かせるだなんて」

「え~、でも私、特別なことなんて何もしてないんですよ?

 単にあの子が素直な良い子ってだけですよ」

「素直な良い子、にさせちゃう何かがあるんじゃないかな、エリーには」


 からかうように言いながら、内心で納得もした。

 ジェニーがエリーの言う通りに動いてくれたのなら、被害なしで撃退できても不思議ではないところだろう。

 

「ジェニーは、攻撃した後身体に異常とかはなかった?」

「ええ、大丈夫です。身体への負荷を抑える方法を教えましたから」

「流石エリー、抜かりないね」

「一撃で終わる保証もなかったですし、ね。

 城の外で迎撃したので、こちらへの被害はなし、敵はほぼ全滅です」

「そういえば、敵は結局どこの国だったの?」


 聞かれて、エリーは一瞬だけ口ごもった。

 しかし、黙っているわけにもいかず、口を開く。


「それが……南部諸国の連合軍でした。それも、アマーティア教団の旗を先頭にして」

「……まって、それって、アマーティア教団の名の下に挙兵したっていうこと?」

「多分、そういうことなんじゃないかと……でも、先触れも宣戦布告もないから、憶測でしかないんですよ」


 先触れがなかった、とはリオハルト達も言っていた気がする。しかし、それは一体どういうことなのか。

 教団の旗を掲げているならば、その威光で降伏を勧告した方がよほど、と考えたところで、レティは顔を上げた。


「エリー、敵軍の編成は?」

「はい、遠目だったので正確ではないですが、騎兵五千の歩兵が二万、それから……キメラなどの魔獣が五千以上」

「ここでも魔獣……でも確か、魔獣はアマーティア教団から供給されていたとナディア様も言ってたし、不思議じゃないか……。

 でも、その編成ってことは、多分向こうは、一気に落とすつもりで来ていたよね」

「恐らく、そうかとは。私とジェニーがいなければ、恐らく一日持たなかったと思います」


 ガシュナート側の軍はおよそ二万。それだけの数の魔獣を止めるには不十分と言わざるを得ない。

 当然、あちらもそこは計算ずくで来ていたはずだ。

 エリーとジェニーが計算外だっただけで。

 そしてその計算が外れてしまった今、あちらがどう考えるか。


「……この分だと、教団の指示でまた再編成して来るかも知れないね」

「あちらの狙いがわからない以上断言はできませんけど、その可能性は高いですね……」


 レティの言葉に、エリーも頷いて返す。

 まだしばらく、平穏な日々は来そうにない。


「二次攻撃への備えを始めたリオハルト陛下は流石、というところかな」

「あ、そうなんですか? 流石、抜かりないですねぇ」


 恐らく、彼が絡んでいる以上、打つべき手は打たれるだろう。

 であれば、後はそれを成功に導くだけ、だ。


「だから、もうちょっとあちこち飛び回ることになると思うし、しばらくまた寂しい思いをさせるかも知れないけど……」

「ええ、わかってます。私は大丈夫ですから」


 そう言いながら、エリーはレティの腕へとすり寄り、自身の腕を絡みつかせる。

 間近の距離、耳元へと唇を寄せて。


「でも、大丈夫って安心させてください」


 甘えるような声で、ささやいた。

 そんなことを言われて、レティも我慢できるような良い子では、ない。

 

 王女の私室、その隠し部屋。

 そんな秘められた場所で、二人だけの時間が密やかに過ぎていった。

悪意は善なる仮面を被ってやってくる。

にじみ出るそれを、抱える自身は気づけぬまま。

そして、往々にして自身に返ってくることを予期しない。


次回:牙を剝く悪意


それが、自身を引き裂くとも知らず。

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