姉妹共闘
「あ~、そろそろ見えてきましたかね~」
ほとんどを砂漠に囲まれたガシュナートは、冬であっても昼間の日差しは厳しく照りつけてくる。
その日差しをかざした手で遮りながら、エリーはのんびりとした様子で南へ続く街道を眺めていた。
背の高い樹木もなく、わずかな砂丘が所々にある程度の街道は、実に遠くまでよく見える。
それが、万を超える人間と魔獣の集団となれば、なおのことだ。
「予定通り、か、少し遅いくらい?」
「そうですね、向こうも決して一枚岩ではない、ということなんでしょう」
隣で見上げてくるジェニーへと一瞬ちらりと視線を落としたエリーは、また視線を戻した。
伝令の話では、複数の国が集まった、南部連合国とでも言うべきものがこちらへと向かって侵攻しているとのこと。
国境の街を苦も無く攻略しただけあって、数と質は相当なものだろう、とは思えるのだが。
「連合軍だと統制が難しいのはよくあること」
「ええ、その上、国境の街を落とす、という戦果を挙げちゃってますからね」
「……ええと? よく、わからない。戦果を挙げると、まずいの?」
「そうですねぇ……そこが難しいところでして。
戦果が挙がると、誰に、どれくらい分配されるか、で揉めることがあるんですよ」
エリーの説明に、ジェニーはますます理解できない、と小首を傾げた。
「なぜ。分配する役割の人がいるのでは」
「いますけどね~……素直に言うことを聞く人ばっかりでもないし、分配が公平とも限らないですし。
後まあ、そういう人に交渉したり脅したりして、自分の分配を増やしたいって人もいるんですよ。
国が違うとなおさらに、自国の利益という大義名分ができますから」
「それこそ、公平性がなくなるのに?」
「求めているのは公平公正な分配じゃなくて、自分に少しでも多く、ってことなんですよ。
人間皆がそうとは言いませんが、少ないとも言えません」
ふぅ、と小さなため息を吐くと、隣で悩ましげな顔をしているジェニーが目に入った。
どうしたのか、と顔をのぞき込むと、おずおずといった感じで視線を向けてくる。
「……私も、感情を持ったらそうなる可能性が?」
「あはは、心配しなくて大丈夫ですよ。
私とか、どう見えます? ああ、それより何より、ナディア様の傍にいたら大丈夫です。
あの方なら、ちゃんとあなたを良い方向に導いてくれますから」
「そう、かな……そうなら、いいのだけど」
自信ありげに言うエリーを見て、ジェニーも少し安堵したようだ。
憧れはすれども、未知なる感情というもの。
それが、決して良いことばかりではないらしい、と知れば、怖じ気づくのも致し方ないところ。
だからエリーは、自信満々に言い切った。きっと、ジェニーの不安を一番わかるのは、彼女なのだから。
「ええ、大丈夫です。お姉ちゃんを信じてください」
「……うん、わかった、信じる」
「ふふ、本当にジェニーは素直な良い子ですね」
そう言うとエリーは、ジェニーの頭を撫でる。
どうやらジェニーは撫でられるのが好きらしく、目を細めながらその手を受け入れていた。
そんな姉妹の平和なやりとりが、照りつける日差しの中、迫り来る大軍を前に行われている。
無関係な振りをして城壁の上から見ているガシュナート軍は、会話の聞こえない距離で、落ち着いたというか平和な空気の二人を、信じられないものを見るかのような目で見ているのだが。
「どんな肝の据わり方をしているんだ、あの二人は」
「所詮は戦争のための兵器ですからな……と言いたいところですが。
ただの兵器とも思えぬのがあの娘の底知れぬところでもありますからなぁ……」
ほんの数週間で、エリーはすっかり軍の上層部にまで人脈を広げていた。
コネなど何もなかった彼女が、その人柄と話術だけで。
その恐ろしさを理解できない無能は、ゴラーダの粛正もあってガシュナート軍には残っていなかった。
それが良いことなのかどうかはわからないが。
「どの道、もうあの二人に託すしかないのだ、見守るしかあるまい」
「左様ですな、我々は、駄目だった時のために、せめてもの準備だけでもしておきましょう」
そう言いながら二人は、粛々とそれぞれの部隊に戻る。
つい数刻前までの諦観とは違った落ち着きを、いつの間にか取り戻していたことには無自覚なまま。
満足するまでジェニーを撫でたエリーは、ふぅ、と満足げに吐息をこぼすと、改めて街道へと振り返った。
「さすがに、そろそろ気持ちを切り替えないとですねぇ」
「……エリーお姉ちゃん、長過ぎ」
「仕方ないんです、ジェニーが可愛すぎるから、仕方ないんです」
若干ぼやくような色のあるジェニーの言葉に、エリーは相変わらずの笑顔を返す。
愛玩される側としてはいまいち納得できない説明に、ジェニーの表情は相変わらずだった。
「さ、可愛いジェニーをまた可愛がるために、ちょっと頑張らないとですね」
「主に頑張るのは私だと思う」
「まあ、それはそうなんですけど、ね」
何しろ、戦略級のジェニーと戦闘・戦術級のエリーでは出力が違う。
まして、敵の数を考えれば、どうしても主役はジェニーになってしまうというものだ。
かといって、エリーが何もできないか、と言えばそうでもない。
「では、頑張ってもらうために、お姉ちゃんからレクチャーしてあげましょう」
「了解、お願いする」
こくりと頷いたジェニーの背後に回ると、エリーは両肩に手を置いた。
そして、ジェニーの情報処理回路と自身の回路を同調させるイメージをしながら、目を閉じる。
「まず、全力を出す、と意識する必要は無いです。あなたの出力は十分に強い。
だから、それを効果的に使うんです」
「効果的に、というと」
「ただ解き放つのではなく、解き放つ力が向かう方向を絞るイメージで。
上や下に広がっても、あまり意味はないでしょう?」
「なるほど、それは確かに」
同意の言葉に、エリーも一つうなずき返すと、今度はジェニーの両腕に手を下ろしていく。
マッサージのように撫でる仕草は、血流を良くするため、にも見える。
流れているのは血ではなく、魔力ではあるのだが。
「形としては、扇形がいいかな? 平らで、広がっていく」
「平らで、広がっていく……そんな形に、絞る」
エリーの言葉を復唱しながら、ジェニーが両手を持ち上げた。
少し突き出すような形、右手を上、左手を下。
両手で挟み込んで、力が広がりすぎるのを抑えるように。
「……なんだか、力の流れが、いつもと違う」
「どう違います? 制御できてるような気はしますか?」
「肯定。なんだろう……暴れているような感覚がない。私の考える通りに流れてくれているような」
不思議そうな顔で、ぼんやりと光を放ち始めた己の両手を見つめるジェニー。
傍で魔力を感じているエリーも、ジェニーの言っていることが実感として感じられた。
「いいですよ、その調子です。そして、最後に大事なこと。
ナディア様の顔を思い浮かべてください。
そして、ナディア様が帰ってくるあのお城を、守るのだと、強く思ってください」
「え、なぜ、そんなことを」
「ふふ、なぜでしょうね。でも、私はそう考えたら、コルドバの街をあなたの攻撃から守れました。
これは、説得力ありません?」
「なるほど……それは、大いに説得力がある」
訝しげだったジェニーの表情が、納得したものになる。
そして、レクチャーされたことを再度頭で繰り返しながら顔を上げれば、もう射程距離に入ってきた南部連合軍。
「納得してもらったところで、ちょうどいい距離みたいですね。
もう少し、もうちょっとだけ、引きつけて」
エリーの言葉にこくりと頷いたジェニーの両手が、光を放ち始める。
引きつける、その時間が経つほどに光は強くなっていき。
「今!!」
「マナ・ブラスター」
エリーの合図とともに解き放たれた閃光は、砂漠の日差しすら凌駕して、世界を白く染め上げた。
あっさりと、たやすく刈り取られる命。
ここが戦場である限り、それは良くあることだ。
日常的な地獄、であればそこに居る者もまた、人ではないのだろう。
次回:砂漠を濡らす赤い雨
それは、敵も味方も。




