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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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渡った先の未来

 バランディアとガシュナートの国境にある街、コルドバ。

 十日ほど前に激烈な戦闘の舞台となったそこは、いまだ復興もなされず、緊張感に満ちていた。

 一時的に撃退するという望外の結果は得たものの、それが一時的なものでしかないことは、防衛する騎士団の上層部であればあるほどよくわかっている。

 であれば、そのトップとして指揮を執るゲオルグなど、気が休まる余裕などありはしない。


 今も、既に夜遅いというのに外壁の修繕計画の確認や人員の状況、配置の確認など、次から次へと処理すべき事案を処理している。

 そこに、様々な資料を抱えた副団長がやってきた。


「おう、追加か?」

「いいえ、これは明日で間に合うものです。

 閣下、もう若くないのですから、一度お休みください」

「一言余計だっての!

 そっちが急ぎじゃないんなら、こっち片付けて一区切りつけたら引っ込むさ。

 そういうお前こそ、ろくに休んでないんじゃねぇのか?」


 いつもの淡々とした、それでいて毒のある言葉に、ゲオルグは笑いながら返す。

 この副団長との付き合いも、随分と長くなった。

 その分、互いにどこまで無理が利くかもわかってしまうのだが。


「私も今日はここまでにしておきますよ。

 明日もまだありますからね」

「そうだな、明日もまだ、な……」


 そう答えながら、一瞬だけ沈鬱な表情になる。

 明日も、だ。

 明後日も、かも知れない。

 いつまで続くのかわからない。

 

 増援の来ない籠城戦はすべきではない、というのは、つまりそういうことなのだろう。

 いつ終わるとも知れない不利な状況は、ゲオルグですら神経を削る。

 これが、外壁の周囲を囲まれている状況であればと思うと、背筋が寒くなる。


「どのみち、明日倒れたら元も子もない、か。

 ほんじゃ、先に休ませてもらうぜ」

「ええ、どうぞごゆっくりおやすみください」

「なんか気味悪いな、お前がそう素直だと」

「そうですか、ならもう少し厳しくいきましょうか」


 表情を動かすこともなく答える副団長へと、苦笑を向ける。

 さすがに、これ以上心理的負担が増えるのはごめんだ。


「そいつは流石にお断り、だ。おとなしく休んでくらぁな」


 ひらりと手を振って見せると、ゲオルグは自室へと向かった。


 



 自室へと戻ったゲオルグは、大きくため息を吐いた。


「ああちくしょう、ほんっとに年かね、こいつは」


 まだ四十にはなっていないのだが、どうにも最近疲れが抜けにくい。

 年、と言って老け込むのはまだ早い、とも思うが、だからと言って無理をするべき時ではない。

 まずは少しばかり休憩を、とベッドに身を投げ出してしばし。

 うとうと、としてきたところで、がばっといきなり跳ね起きた。


「……何もんだ」

「驚いた、まさか気づかれるなんて」


 誰何の声に、まるで緊張感のない平坦な声が返ってきた。

 まさかの声に、ゲオルグの表情が驚愕へと変わる。


「イグレット!? おい、いつの間に戻ったんだよ!

 いや、っていうかエリーはどうしたんだ?」


 部屋の隅に隠れていたイグレットが姿を現せば、途端にゲオルグの口から質問が次から次へとあふれ出てくる。

 その勢いに、しかし相変わらず感情の少ない顔で、レティは答える。


「ついさっき戻ってきた。

 エリーは今、ガシュナートのナディア王女の元にいる」

「は? なんでガシュナートのお姫様のとこに……いや、そういや確か、あの王女様は魔術師だったな」

「そう、この前出てきたマナ・ドールの管理責任者が彼女。

 彼女の依頼で私はここに来ている」

「いやいや、まてまて。なんでだ、どうしてお前がお姫様の依頼を受けてるんだ」


 淡々と述べられる説明に、むしろ疑問が積もっていく。

 しかし、まずは一番の疑問を、と思っての問いかけに返ってきた答えは、想像を絶するものだった。


「色々あって、ガシュナート王ゴラーダを始末してきた」

「だから待てよ! なんでそんなことになってんだ!?」

「まあ、色々あって、流れで?」

「だからその流れを聞いてんだよ! おかしいだろどう考えても!」


 レティの返答に、ゲオルグは思わず頭をかきむしる。

 何をどうしたら、王周辺の警護をかいくぐってそんなことができるというのか。

 いかに彼女が凄腕とはいえ、この短期間にそれは、常軌を逸してるとしか言い様がない。


「まず、ナディア王女のところにエリーが預けられていた。これはさっき言った通り」

「ああ、そこはまあ、納得した」

「で、向こうで色々調べて、そこへたどり着いた」

「確かに、お前ならそれができると思って行ってもらったわけだしな」


 さすがに王女の部屋まで侵入することができたというのは予想外ではあるものの、ここまではある程度理解はできる。

 だが、次に聞かされた言葉には、流石にゲオルグも耳を疑った。


「たどり着いたら、エリーが王女を丸め込んで、味方に引き入れていた」

「おかしいだろ!? っつーかお前だけじゃなくてエリーもとんでもねぇな!?」


 思わず叫んだゲオルグの声に、しかしレティは眉一つ動かさず平然と受け止める。


「すごいよね、流石エリー」

「いや、褒めていいのか割と真面目に微妙なんだけどな!?

 何をどうやったらそうなんだよ……」


 怒鳴る気力もそろそろ尽きてきたのか、ゲオルグがぼやく。

 そんなゲオルグに気を遣う様子もなく、レティは発言を続ける。


「要するに、王女と私達で利害が一致する部分があった。そこをエリーが的確に突いたみたい」

「たまげたな……いや、確かにあいつはそういう交渉ごとも得意そうではあるか……」


 ようやっと納得したようにうなずいて見せたゲオルグは、はっと表情を変えた。


「まてよ、それで利害が一致して、ゴラーダを殺ったと。

 で、エリーを置いてお前だけが先に戻ってきたってことは」

「うん、ナディア王女はこれ以上の戦争継続を望んでいない。

 そもそも開戦も色々裏があったみたいだから。

 ということで、停戦交渉の場を設けることが、ナディア王女の依頼」

「なるほど、そういうことか……っておい。

 なんでお前はそう平然と、この状況を終わらせてくるかな……」

「さあ……できてしまったのだから、仕方ないじゃない」


 ゲオルグの問いかけに、困ったように眉を寄せるレティ。

 その表情を見て、ゲオルグは思わず苦笑してしまう。


「確かに、仕方ねぇけどな。

 おっし、まあそう聞いたからには、だ」


 ふぅ、と大きく息を吐き出すと、ゲオルグはバシンと大きな音を立てて両の手の平で顔をはたいた。


「ちょいと副団長たたき起こして今後の話をつけてくらぁ!」


 そう言ってゲオルグは、意気揚々と自室を飛び出し、副団長の下へと向かう。

 これが、衝突を繰り返していたバランディアとガシュナート、さらにはコルドールも交えた歴史的な日々の始まりになることなど、まだこの時、誰も知る由もなかった。

歴史が人の業を積み重ねたものならば、未来とはそれを踏みしめた先にあるのだろう。

諍いもあった。悲劇もあった。

それらを飲み込んで、彼らは未来を向く。


次回:三国会談


その裏にいたのは、一人の少女。

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