夜明けの茶番劇
夜が明けたからこそ、新しい日々が始まったからこそ、しなければならないことがある。
残念なことに、ナディアはそのことに自覚的だった。
だからこそ、魔術的作業で徹夜をした疲労困憊の体に鞭打つ。
「誰かいますか。陛下に急ぎ報告しなければなりません、供をお願いします」
ナディアが呼びかけると、早朝番だったのだろう侍女がパタパタと駆けてくる。
その一生懸命な姿に若干の申し訳なさを感じながら、ゴラーダの寝室へと向かうので随伴するよう伝える。
告げられた内容に一瞬緊張感を見せるが、それでも侍女は健気にも頷いて見せた。
そして、彼女を伴ってゴラーダの寝室へと向かう。
ルートは、ベルモンドの遺体と遭遇しないよう考慮したもの。
まずは何事もなく寝室の前へとたどり着けたことは、レティが大回りしてくれたことが功を奏したとも言える。
この時間、普段であれば、そろそろゴラーダも起き出すはずの時間。
そこに緊急の報告をするのであれば、不自然さは抑えられるだろう、と考えてのこと。
少なくとも、伴った侍女は全く不思議に思っていなかった。
代わりに、国王ゴラーダの不興を買わないかとビクビクしていたが。
まさか、そんな心配はもう要らない、などと言うわけにもいかず、内心で申し訳なさを押し殺しながらナディアは寝室へとたどり着いた。
「陛下、早朝に失礼いたします。
緊急の報告がございまして、お伺いいたしました。
……陛下? 陛下?」
返事が無いことはわかっているが、だからこそ、侍女にそう悟られないよう、迫真の演技を見せる。
もとよりこの侍女は良くも悪くも裏表がない性格だ。だからこそ傍に置いていたのだが。
何かがおかしい、と侍女と顔を見合わせる。
もちろん、ナディアのそれは演技なのだが、それはおくびにも出さないし、侍女も気づいた様子は無い。
「普段ならば、そろそろ起きておられる時間ですよね?」
「は、はい、そのように記憶しております」
「……嫌な予感がします。侍従長を呼んできてください、私の名前を出して構いません」
「か、かしこまりました!」
違和感に気づいた後に、漂う嫌な気配に、あるいは匂いに気づいたのだろうか、顔が強ばっていた侍女は、こくこくと頷く。
侍従長に報告に行く。この状況でそれだけならば、まだ軽いタスクだと直感的に悟っていた。
そして、少しほっとしながらも、慌てて報告に向かった。
そこから、長い騒動が始まるとは、露とも知らず。
ちなみに、彼女自身の潔白はナディアが証言してくれたため、彼女自身にこれ以上の負担はなかったのだが。
逆に、呼び出された侍従長は、ここからが苦難の幕開けだった。
ナディアに状況を説明され、扉を開ければ物言わぬゴラーダの姿。
「陛下? 陛下!?」
普段の冷静さはどこへやら、取り乱す(ように見えた)ナディア王女の姿に彼自身も動揺してしまったのも無理は無い。
脈を取れば、既に心臓は止まっていることが確認され、さらに慌ててしまう。
その時点で心臓が止まる程の衝撃であっただろうに、状況を報告して指示を仰ごうとしたベルモンドもまた、遺体となって発見された。
おまけに、検分の結果魔族であったことが判明したのだ、これで動揺するなという方が無理というもの。
何がどうなっている、今どうしたらいいのか。
侍従長を始め、国の首脳陣は完全に混乱していた、のだが。
「皆さん、落ち着きましょう。
まずは、今何をすべきか整理していくのです」
主のいない玉座の横で、涙を堪えながら訴えるナディア王女の言葉に、全員が心を打たれた。
実父を亡くしたばかりだというのに、その悲しみを押し殺しながらのこの言葉。
しかも、ゴラーダと違って即座の処断はない、とあって首脳陣には少しばかりの落ち着きが戻った。
「国を維持するためには、まずバランディアとの停戦が肝要かと思いますが、将軍、いかがですか?」
「はっ、おっしゃる通りでございます。
陛下がご健在であればこその攻勢、それが失われたなどとなれば、今度は逆襲されることも大いにありえます」
「であれば、それを悟られず……あるいは、悟られても、痛み分けもやむなしと交渉できればというところですね……」
そう答えながら、ナディアは考え込む、素振りを見せた。
恐らく、その落とし所は作ることが可能だ。
密偵からの報告にあるバランディア国王リオハルトの性格と、今自分が使えるコネクションを考えれば。
むしろ、それがあるからこそ、あんな手段に出た、とも言える。
それらを、勘ぐられないように伝えるのはどのタイミングか、と計っていたところに、別の貴族から声が上がった。
「いや、それはそれで重要なことではありますが、まずは陛下暗殺の下手人を捜すべきではありませんか!
このような大事を為すものなど、バランディアの者に決まっております!」
感情的に、しかしどこか演技めいた声でいうその男を、やはりか、と醒めた目でナディアは見ていた。
いや、表情には出していないが。
こうやって、感情論で主導権を握ろうとする者は必ずいる。
しかも、今回は説得力がないわけでもない。
確かに国家元首である国王を暗殺されたのだ、国のメンツにかけてでも捕らえるべきであろうことは間違いない。
だが、だからこそナディアは首を横に振った。
「お待ちください。その決めつけは危険であると言わざるを得ません。
今回、確かに我々はバランディアへと攻め上がりました。
しかし、それはあくまでも最近のこと。
ベルモンド殿を討ち取るまでの周到な準備を、バランディアができたでしょうか。
もし、以前から仕掛けを施していたとしたら、それは……」
「……なるほど、この機に乗じたコルドールの手の者、という線は捨てがたいですな」
「おっしゃる通りです。
しかし、これもあくまで推測でしかありません。
その他にも、周辺他国や……遺跡探索の際に使い捨てられた者達の関係者など、数えればきりがありません」
ナディアの言葉に、なるほど、とその場にいた全員が頷く。
何しろこの場にいるほぼ全員が、あわよくばゴラーダを、と考えたことがある人間達だ。
であれば、他にも、と考えるのは無理も無い。
人間、自分が考えることは他人も考えること、と思いがちなのだから。
「それらの追及も、国がなくなれば無為なもの。
今バランディアから逆襲されて、対応する戦力はいかがでしょう」
「難しい、と言わざるを得ませんな。
兵を縛っていた陛下とベルモンド殿もおらず、魔物を操れていた秘密は陛下しかご存じで無かった。
となれば……迎撃も籠城も難しい状況でございましょう」
苦虫をかみつぶしたかのように、将軍が応じる。
そして、その説明をされれば、他の貴族達も顔色を失わざるを得ない。
これまでゴラーダに付き従ってきた者達だ、自身で軍を纏めろと言われて、果たしてできたものか。
いや、それぞれの指揮下は纏めることはできるが、それでバランディア軍に対応しろと言われれば。
軍団、あるいはそれ以上の規模を指揮して防衛できる自信があるものは、いなかった。
「もちろん下手人を放置しておけば、時間が経つ程に足取りが追えなくなることは明白。
最優先事項はバランディアとの停戦ですが、それと並行して下手人の捜索、というのが現実的なところではと考えます。
皆様、いかがでしょうか」
「現実的な落とし所としてはそこでしょうな……かしこまりました、ナディア殿下がそうおっしゃるのでしたら、我らも異存はございません」
将軍の言葉に、他の貴族もそれぞれに頷く。
ナディアも、硬い表情で頷き返して見せた。
「では、下手人の捜索、軍の再編と防衛に関しては将軍に一任いたします。
停戦交渉に関しては、私が表に立つべきでしょう。
バランディアとのツテを当たってみますが、他に交渉できそうなツテがある方はお教えください」
ナディアの言葉に、貴族達は顔を見合わせた。
コルドバで国境を接するとはいえ、普段の付き合いはさほどない。
いるとすれば、それは……。
「殿下、私の庇護する商人に、コルドバでの商いを行っている者がおります。
その者もお役に立てるかも知れません」
「ありがとうございます、すみませんが、昼前までに王城へと呼んでいただけますか?」
「かしこまりました、急ぎ連絡いたします!」
そう言って貴族は頭を下げた。
また、他の貴族もそれぞれに頭を下げ責務を果たすべく退出し、あるいはナディアへの進言をしていく。
ここにいる誰もが感じ取っていた。
血統的にも能力的にも、ナディア王女こそが次代の王なのだと。
そしてナディアもまた、その思いに応えるべく、健気な王女を演じながら指示を出していった。
縁は異なもの味なもの。
人の縁はあざなえる縄のごとくに絡み合い、読み解くことなどできはしない。
だからこそ時にそれは、一筋の希望となり得る。
次回:渡りに船
それは、渡ろうとする者だからこそ。




