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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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目覚めと夜明けと

 エリーが目覚めて最初に目にしたのは、やはりレティの顔だった。


「エリー、大丈夫? 私のことがわかる?」


 心配そうに自分の顔をのぞき込んでくる様子に、思わず、小さく笑ってしまう。


 ああ、帰ってこられた。

 ああ、やっぱり心配してくれたんだ。

 ああ、やっぱり私はこの人のことが好きなんだ。


 どっと、急激に溢れてくる感情。

 

 知らず、涙もこみ上げ、溢れてしまう。


「なっ、だ、大丈夫!? どこか痛いの? それとも、ええと……」

「だ、大丈夫、です……大丈夫、ですから」


 大丈夫、なはずだ。

 そう思いながらエリーは、上半身を起こした。

 痛みはない。違和感もない。

 強いて言えば、こんなにも溢れてくる感情に翻弄されるとは思ってもいなかった。

 自分で思っていたよりも、色々とため込んでしまっていたのだろうか。


 何を言えばいいのだろう。何を言うべきなのだろう。

 言葉に詰まり、考える、けれども。浮かんだ言葉は、簡単なもので。



「……おはようございます、レティさん」

「うん、おはよう、エリー……」


 二人して、そう言い合い、微笑み合う。


 やっと、会えた。

 

 あの別れから、一週間あまり。

 一日を千年にも思うような日々の果てに、こうしてまた会えた。

 見つめ合い、言葉を交わすことができた。

 

 また、涙が出てきてしまう。

 いや、今度は二人して、涙ぐんでしまう。


「私のこと、わかるんだね?

 違和感とか、ない?」

「はい、大丈夫です。

 私、レティさんの顔を見ても、敵として認識しない……。

 ちゃんと、私、ですっ」


 やっと、会えた。やっと、こうして。

 互いに、それ以上言葉にならない。

 

「エリー……」

「レティさん……」


 名前を呼び合うのが、精一杯で。

 次の瞬間、お互いにお互いを抱きしめていた。

 触れたくて触れられなかった体温。

 これがなければ生きていけないと思うほどの、暖かくて柔らかな感覚。

 どれだけ飢えていたのか、満たされていなかったのか、改めて突きつけられて。

 言葉を発する暇すら惜しいとばかりに、互いを感じ合っていた。


 そんな二人を、ナディアは少し涙ぐみなが見つめ、ジェニーは不思議そうに観察していた。


「姫様、あの二人はどうしたの?」

「そう、ですね……やっと会えた、そのことが嬉しくて、嬉しすぎて、何も言えなくなっているのだと思います」


 ジェニーの問いに、ナディアが考えながら答える。

 その答えは、どうにもジェニーには不可解だったらしく、不思議そうに小首を傾げた。


「変なの。嬉しいのに泣くなんて」

「そういう時もあるんです。ジェニーもね、きっといつかわかりますよ」

「私も……? わかるのかな。……わかるのが怖い気もする」


 目の前で、辺りをはばからず泣きじゃくり抱き合う二人。その姿は、不思議と不快ではなかった。

 だが、自分も、ああなるのだとしたら……ジェニーにとってそれは、酷く恐ろしい気もする。


「大丈夫ですよ。その時だって、必ず私が傍にいます。

 あなたがどうなろうと、私が必ず受け止めますから」

「そう……姫様がいるなら、安心」


 根拠は無い。

 無いけれども、このことだけは、なぜか全く不安がなかった。

 姫様が言うのなら、きっとそうなのだろう、と疑う余地なく信じられる。

 それは、どこかあの暖かさを感じさせるものでもあった。


 どうやら納得というか受け入れてはくれたらしい様子に、ナディアはほっと胸をなで下ろす。

 エリーとレティの見せている感情は、確かに合理的ではない。

 それが、ジェニーに理解しがたいものであることも、わかる。

 だが、その理解しがたいものを受け入れようとしているジェニーの姿は、きっとこれからの彼女にとって大事なものだと思うし、それが無事根付き始めている、ということでもあるように思えるから。


 であれば、このジェニーを、そして二人を守るのもまた自身の使命なのだろう、とナディアは立ち上がる。


「姫様、どうしたの?」

「今から、陛下の寝室へ向かいます。

 恐らく、私が第一発見者である方が、諸々上手く動かせますから。

 ジェニーやエリーのことで急ぎの報告、ということにすれば、疑われることはないでしょう。

 私がこの時間まで没頭していることは珍しくないですし」


 今更、覆されることはないだろう、けれども。

 それでも、今後主導権を握ることを考えれば、早く動くに越したことは無い。

 何よりも、自分は事が起こったことを既に知っているのだから。

 それは、この状況において何よりも大きなアドバンテージとなるはずだ。


 ナディアの言葉に気づいたレティとエリーが、顔を上げて見つめてくる。

 いまだ涙に濡れ赤く腫れた瞳は、しかし既に強い意志を取り戻し始めていた。

 そして、ナディアの意見に異議はないらしい。


「……確かにその方が、上手く動かせそうだね……。

 全部あなたに任せてしまうのが、申し訳ないのだけれど……」


 言いにくそうに言うレティの言葉に、ナディアは思わず目を数度、瞬かせてしまった。


 それからすぐに、くすくすと実におかしそうに笑い出してしまう。


「そ、それをあなたがおっしゃいますか……命を賭ける場面全てを背負ってしまわれたあなたが」


 ナディアが知る限り、ベルモンド以上の剣士はいなかった。

 彼の敷く警戒網も、普通の人間であればくぐり抜けるのも困難なものだった。

 その警戒網は、意図的にベルモンドが解除してはいたが……それでも、そうとは知らずに、しかしためらわず背負ったのは目の前の彼女だ。

 

 その彼女が今、まさに自分のことを心配している。

 そのことが、なんともおかしくてたまらなかった。


「いや、私はそういうの慣れてるし……」


 困ったように頬をかくレティの姿に、また吹き出してしまう。

 彼女のような反応は、なんとも新鮮だった。

 笑顔で互いの腹を探り合う生活に慣れていたナディアからすれば、この真っ直ぐさは、なんともまぶしい。

 であれば。


「でしたらご安心ください。私も、こういうことには慣れているのです」


 そう言って、晴れやかに笑って見せた。

 この戦場であれば慣れたもの、自分以上に渡り歩けるものなどいないだろう、と。


 笑うナディアの背中が、ほのかに輝いた。

 徐々にその輝きは、強くなっていく。


 夜が明ける。

 ガシュナートの長い夜が、今、明けたのだ。

涙は女の化粧であり、化粧は女の武装であると人の言う。

それを纏う王女は、人知れず臨戦態勢。

決意も、覚悟も、この場の誰よりひと味違う。


次回:夜明けの茶番劇


その茶番劇は、時に綱渡り。

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