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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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受け継ぐもの

 ……夢を、見ていた。


 恐らくこれは、夢と言っていいもの、なのだろう。


 兵器である彼女は、夢を見ない、はずだった。

 けれど、こうして中央処理回路が切り離されたはずの自意識の中で、彼女は夢と言っていい映像を垣間見ていた。


 それは、誰かの記憶。

 自分ではない誰かが、何かを託したかのような一幕。

 あるいは、願いの欠片。


『それで、その仮説って何なのよ』

『うん、同じ魔力でも、人間とマナ・ドールでは随分とエネルギー効率が違うよね?

 ということは、両者に何か違いがあるんじゃないかと考えたんだ』

『なるほど、それは確かに、そうだけど……人工物だから、仕方ないんじゃない?』

『それが人間の傲慢な思い込みなんじゃないか、って私は思ったんだ。

 で、何が違うか、ということなんだけど』


 先ほど、自分で馬鹿馬鹿しいと言っただけに『彼女』は言いよどんだ。

 ……先ほど? 『彼女』?

 記憶が、時間感覚が混乱している。

 この夢の前を見たのは、数週間前だ。なのに、連続した感覚として上映されている。

 いや、自分の感覚が、連続したものとして受け入れている。


『何よ、はっきり言いなさいよ』

『今更仕方ないか。

 率直に言えば、感情の有無じゃないかと考えたんだ』

『は? 何よそれ。感情の有無なんてどう関係するっていうのよ』

『だから行ったじゃないか、馬鹿馬鹿しい、って。

 殴らないでくれたのはありがとう』

『呆れすぎて殴る気力も出ないだけよ』


 テンポ良く進む二人のやり取りに、思わずくすりと笑いそうになる。

 今のエリーは、表情を動かすことも、唇を動かすこともできないのだから、笑うことなどできはしないのだが。

 それでも、なんとなくこのやり取りは微笑ましいものに思えた。


 同時に、これは何かの核心に触れている、とも直感する。


『でも、そこまで馬鹿にしたものでもないと思うんだ。

 私達は、魔術を使うときに、こうしたい、という意思を込めて魔術を使うよね』


 彼女の言葉とともに、意識の中に模式図が浮かび上がる。

 これは確か、ナディアの資料で見たものだ。


『当たり前でしょ、それがなかったら、そもそも魔術を使おうと思わないわ』

『つまり、私達の意思にこそ、魔力を導く力があるんじゃないかと考えたんだ。

 でも、マナ・ドールは人間の命令に従うだけ。

 そこに、彼女らの意思はほとんど無いに等しいと思うんだ』

『……なるほど、それ自体は否定できないわね』


 彼女らの言葉とともに、浮かび上がってくる図表、データ、模式図や回路図。

 彼女らの言葉を裏付けるかのようなこの情報は、いずれもここで見たもの。

 それらの資料が指し示す、意思というものの力。


 意思。

 自分に、意思と言えるものが芽生えたのはいつからだっただろうか。

 少なくとも自分は、マスターに言われるがままに振る舞う兵器だったはずだ。


 あの時までは。


『計測の結果、マナ・ドールは人間の六分の一から七分の一程度しか魔力効率を出せていないことがわかっている。

 それでもまあ、その気になれば人間の数十倍に値する魔力を出せるから、兵器としては十分なんだけど』

『でも、それだとあいつには通用しない。

 もしそこに、効率を上げられる要素が加えられたら、ってことよね?』

『そういうこと。効率が少し上がるだけでも人間の魔術に比べたら破格の跳ね上がり方だ。

 もし本当に6倍、7倍なんてできたら……』

『それこそ夢物語じゃない。マナ・ドールが人間みたいな意志と感情を得るってことでしょ?』


 呆れたような声、乾いた笑い声。

 疲れ切っていたであろう彼女は、そう応じるしかなかったのだろう。

 それでも、そこに僅かばかりの希望を見たのも間違いないのだろう。


『……でも、もし彼女らが意志を持って魔力を使うことができたら……奇跡的な威力になると思う』

『まあ、あくまでも仮説、なんだけどね』


 と、自信なさげに見える、けれども。

 一つ、また一つと表示される情報は、彼女の仮説が正しかったことを示していた。


『仮説、だけど。私は、試す価値があると思う。

 それこそ、頭の硬い長老連中は、あなたが心配したとおり馬鹿にするでしょうけどね』

『だろうねぇ……だから、私独自でやるしかないな、と思ってたんだけど』


 その言葉とともに、また図表が、データが流れていく。

 きっと、この二人が成し遂げていったものなのだろう、と納得できた。


『私達、よ。今この時から、ね』

『……ありがとう』


 その言葉とともに、二人の影が重なる。

 そしてしばし、無言で抱きしめ合っていた、のだけれど。


『こ、こら、何してんのよ、だめだってば。

 私、ずっと研究室にこもりっきりだから、体流してないし……汗臭いでしょ』

『ん~……そんなことないと思うけどな。

 むしろ私は好きかも知れない』

『な。なに馬鹿なこと言ってるのよ!

 だめだからね、今ここでなんてだめだからね!!』

『えっと、つまりそれはそれでありってことかな?』

『一々確認しないで、このお馬鹿ぁぁぁぁぁ!!』


 ……何を見せられているのだろう。

 夢だというのに、なぜ、こんな光景を見せられているのだろう。

 むしろこれ以上見せられたら色々困ることになるのは間違いない。


 どうしよう、などと困惑していたところ、だった。


 急に、夢の映像がぼやけ始めた。

 そして、急激に引き寄せられるような感覚。

 ああ、これは。


 少しだけほっとして、少しだけ寂しい。

 なんとなく、彼女たちの夢を見ることは、もうない気がしたから。

 その後の彼女たちを見たい気もしたけれど、それからの歴史を考えれば、見ない方がいいのかも知れない。

 少なくとも……彼女たちの夢は、こうして繋がれたことだけは間違いないのだから。


 ただ一つだけ。彼女たちがここまでして打倒しようとしたものが何だったのか、知りたかったけれども。

 どうやら、もう時間切れのようだ。


『……ありがとうございます。私に、感情をくれて』


 届かないであろう感謝を、それでも述べる。

 彼女たちがいたから、自分はレティと会えて、そして。

 それからの幸せな時間を考えれば、感謝してもしきれない。


 だから。


『私、まだまだこれからも、幸せになりますから』


 残された者、託された者ができるのは、そんな誓いくらいのものだろう。

 それでも、それが彼女たちの成したことの意味になるのであれば。

 彼女たちの人生が無意味ではなかったことの証明になるのであれば。


 それを、さらにまたどこかへと繋げていくのが自分の使命なのだろう。

 

『中央処理回路再接続。再稼働』


 どこか無機質な声が響く。

 

 夢から、覚める。


 今から向き合う現実は、おとぎ話のような甘いものではないのかも知れないけれど。

 それでも、あの人と一緒なら。


 そして、眠り姫は目覚めた。

暴虐なる王が倒れて、眠り姫は目覚める。

めでたしめでたしで終わらぬ浮世の世知辛さに、しかし彼女は笑う。

この戦場は慣れたもの、後はお任せあれ、と。


次回:目覚めと夜明け


そして、新しい日が始まる。

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