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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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集う共犯者

 一瞬、夜の闇が揺らいで。

 滲みだすように姿を表したレティは、長い黒髪をふわりと躍らせながら、音も無く屋根へと降り立った。

 すぐさま周囲を警戒し、誰もいないことを確認すると昨夜訪れた窓へとそっと忍び寄る。


 そして窓越しに見えるエリーの姿を確認し、すぐに声をかけようとして……声を飲み込む。

 誰かが、傍にいる。

 それに気づくと、耳を澄ませ、神経を尖らせて中の様子を伺った。


「……多分、もうすぐ来るかと思われます。

 ナディア様、お気持ちは、固まりましたか?」

「……はい、私は……私のために。ジェニーのために。

 ……これ以上はっきり言うと、反応してしまいそうですね?」

「そう、ですね……言葉でもこれ以上はっきりとは、駄目そうです」


 聞こえてきた言葉に、エリーとその協力者、ナディア王女らしい、と見当をつける。

 会話の内容からすると、どうやらナディア王女はこちら側についた、と見ていいだろう。

 もう一度周囲を警戒して、また室内をそっと伺って。

 エリーともう一人、ナディア王女と思しき女性だけだと確認してから、コンコンと窓枠を軽く叩いた。


「っ! ……ナディア様、申し訳ございませんが、窓を少しだけ開けていただいても?」

「ええ、わかりました」


 頼まれたナディアが、そっと窓辺により、できる限り音を立てないように窓を開ける。

 ……これから行われる密談が、それだけ神経を使うべきものだと理解している動きと、レティには見えた。

 この相手は、交渉相手として、共犯者として一定の信用に足りる。

 そう感じ取れたし、相手もそう思ってもらえるよう計算して動いているように見えた。

 どうやら、昨夜エリーから聞いた通りの人物らしい。


「……覚悟は決まったらしいね」


 窓から声を滑り込ませるようにレティが声をかけると、エリーの肩が一瞬だけ震えた。

 しかし、それ以上は何も。まるで、感情を必死に抑え込んでいるかのように。

 そして、覚悟を問われたナディア王女は、まるで動じた様子がない。


「その問いに答える前に、お顔を見せていただけませんか?

 流石に私も、顔も存じ上げない方と共犯関係になるのは、躊躇われます」


 その穏やかな声音に、なるほど、と驚嘆にも似た納得をした。

 確かにこの王女ならば、エリーが共犯者に選んだのも納得がいく。

 方向性は違うが、どこかリオハルトを思わせる肝の据わり方を感じたのは気のせいだろうか。

 であれば、とレティも腹を括り、するりと窓枠に降り立った。


「それもそう、だね。

 ……私のことは、エリーからどこまで聞いてるの?」

「ええと、外見と、腕の程と。

 お名前は、反応するかも知れないから、と」

「なるほど。……では、名乗らないことは大丈夫?」

「ええ、あなたのお顔を拝見してわかりました。

 あなたは、裏切るような人ではない、と」


 にこりと、穏やかに微笑むナディアの表情を、しばし見つめる。

 外見通りの、淑やかで清楚な王女、ではない。

 しかし、『嘘探知』にも反応がない。

 ということは、少なくとも自分に対する評価は信じてもいいのだろう。


「そう。見たところ、あなたも互いを利する関係ならば、裏切ることがないように見えるのだけど」

「あら、これは手厳しい。そうですね、確かに貴女が、そしてエリーが私の利益になる以上は、裏切ることはありません」


 その物言いは、正直なところレティにとっては好ましい。

 感情ではなく理屈を、そして利益を行動基準とする人間は、互いの利となる点を見出しさえすれば、上手くやっていけることが多いのだから。

 そして、そのことを恥じない人間は、そこからずれる可能性は低い。

 少なくともこのナディア王女は、自分の利のために使えるものは使えるタイプのように思えた。


「そう、なら私達が裏切られることはないみたいだね」

「ふふ、頼もしいことですね……さすが、エリーが頼みとするお方。

 外見は、たおやかな方ですのに」


 どこかからかうような口調は、少しだけでも打ち解けた証拠だろうか。

 見たところ、このナディア王女、冗談の類もそれなりに嗜む、ようにも見えた。

 それは、この王宮で生き抜く術だったのかも知れないが。

 であれば……少しくらいは応じてもいいだろうか。


「それは、ね。……旋風淑女の弟子だから、レディじゃないと、ね」

「……まあ。まあまあ、あなたが、あの……。

 ええ、お噂はかねがね……まさか、こうしてお会いできるだなんて」


 ファムが知っていたのだからもしかして、と狙ったレティの返答に、ナディアは一瞬言葉を失った。

 それから、両手で口元を、何かが飛び出そうになるのを抑えるようにしながら、まじまじとレティを見つめてくる。

 なんだかその視線にくすぐったいものを感じながら、しかし表情には出さないように努めて。


「そう、知っていたなら話は早い、かな。

 であれば……信じてもらえる、任せてもらえるってことでいい?」

「困りましたね……それに対して、考慮する材料がなくなりました」

「なるほど、懸念がなくなった、と」

「後は……そう、ですね……自分で思っていたよりも、私の感情は擦り切れていたようです」


 それは、親子の情、ということだろうか。

 確かめたくもあるが、それがエリーの耳に入れば、反応してしまうかも知れない。

 エリーが何も言わない、ということは、まだ抵触はしていないし……恐らく、こちらに引き込めたということでいいのだろう。


「であれば、お互いの目的のために協力することは可能、ということだね」

「そうですね、それに関しては否定いたしません」


 会話をしながら、内心で苦笑する。

 はて、自分はこんなもって回った言い回しができたものだったか。

 それもこれも、恐らくは……今背中を向けている彼女のおかげ、とも思う。


「なら、話を進めよう。

 エリー、杖のことはわかった?」

「はい、進展はありました。

 まず、支配のリセットは可能です。

 ただ、その方法が……リスクが低くて実現が難しいものと、リスクが高くて実現が比較的容易なものの二つがありまして」

「……リスクが低いのに、難しい……?」


 エリーの言葉に、レティは首を傾げる。

 本来、難しければリスクは高いということになるはずだが。

 そんなもっともな疑問に、エリーは背中を向けたまま、答える。


「はい、その方法は、私とジェニー……あの戦略級マナ・ドールが、コルドールの遺跡のあの装置で、処置を行うこと」

「なるほど……確かにそれは、実現は難しい」


 エリーだけなら、二人で『跳ぶ』ことは可能だ。

 だが、『跳んだ』先で、どうなるか。

 そして、ジェニーと『跳ぶ』ことができるかどうか。

 それらを確かめることは簡単だが、様々なリスクは生じてしまう。

 実行するには、躊躇われるところが大きい。


「だったら、もう一つは?」

「はい、もう一つは……私とジェニーに対してある操作をして、一時的に行動不能にします。

 その間に杖の支配権が失われれば、再度起動した時にクリアされているはずです。

 この操作自体は、ナディア王女なら可能だと思います」

「……なるほど。

 支配権が失われる条件は?」

「杖、マスター・キーの所有者が、所有権を譲渡すると宣言し所定の手続きを踏んだ時。

 それから、所有者が死亡した時です」


 支配権を奪う、ではなく失われる。

 恐らくその表現が、反応しないギリギリのところなのだろう。

 どこか綱渡りのような感覚を覚えながら、言葉を繋いでいく。


「そう、なら……ナディア王女は、そのことの理解と、万が一の後のことは?」

「……正直なところ、万全、とは言い難いです。

 それでも、不可能とは申しません」

「なるほど。……なら……それでいくしかない、かな。

 その操作、というのは時間がかかる?」


 これで、方針は固まったと言っていいだろう。

 となれば、後は詰めていくばかり。

 レティの問いかけに、エリーは背を向けたままこくりと頷いて見せた。


「はい、数時間くらいは……ですから、今夜は難しいかと」

「わかった、じゃあ明日の、夜、かな」


 さすがに、昼間から仕掛けるわけにはいかない。

 あまり変わらないかも知れないが、それでも多少はましだろう。

 それとも、やはり変わらないだろうか。


「それから、ナディア王女。一つ聞きたいことがあるのだけれど」

「はい、なんでしょうか?」

「国王ゴラーダの側近に、腕の立つ老人がいると思うのだけれど、彼は何者?」

「それは、ベルモンドのことでしょうか……あの者は……正直なところ、私もわかりません。

 わかるのは、彼が補佐をするようになってから、全てが強引に、しかしなんとかなってしまうこと。

 それから、圧倒的な武力を持っていること、でしょうか……。

 一度だけ剣を振るったところを見たことがありますが、私ではとても目が追い付きませんでした」

「え、なんですかそれ。

 ボブじいさんみたいな人がここにもいるんですか?」


 思わず、と言った感じでツッコミを入れたエリーの言葉に小さく笑いながら、はて、と小首を傾げる。

 剣を、使う。

 てっきり、魔術の類を使うと思っていたのだが。


「剣を? それは、間違いない?」

「ええ、間違いございません。

 易々と人を斬り倒すあの技量は……人間離れしておりましたね……」


 思い出したのだろうか、そう答えるナディアの顔は、若干色を失っていた。

 これだけ気丈で、修羅場も見てきた彼女が血の気を失う。

 それだけの光景を見てしまったのだろう、と理解できた。

 とはいえ、むしろそれは好都合かも知れない。


「そう、では、魔術を使ったところは見ていない?」

「はい、私は見たことがございません」

「ありがとう、それだけ聞ければ十分、かな」


 もちろん、本当は十分でなどない。相手が魔族と思われる以上、魔術の類は用心すべきだ。

 それでも、剣の勝負に持ち込むことはある程度計算できる。

 そうであれば、勝算は上がる、と言っていいだろう。


 そう考えていたところに、ナディアから声がかかった。


「あの、本当に申し訳ございません……貴女様一人にお任せすることになってしまって」


 それは、ここまで様々な計算で動いていた彼女が、初めて見せた素の表情だった。

 なんとなくだが、それは伝わってきて……思わずレティは笑ってしまう。

 なるほど、根はやはり、お人よしだったのか、と。

 ならば、自分が答えるべきは。


「大丈夫、問題ない。

 多分私は、剣の腕なら世界で二番目だから」


 そう言って、落ち着いた笑みを見せる。

 脳裏に浮かぶのは、コルドールでツェレン王女に剣を教えているであろう師匠。

 あの得意げな顔をいつか真顔にさせてやりたいとは思うのだが、まだまだそれは先のことなのだろう。

 などと柄にもなく感慨にふけっていたところ。


「だからっ、そういうところですってば!」


 唐突に、背中を向けたままのエリーからツッコミが入った。

 何事か? と目を瞬かせると、ナディア王女がぺちぺちと自分の頬を叩いている。


「い、いえ、なんでもありません、なんでもありませんからね?

 私はほら、ジェニー一筋ですから」

「ほらもう、だから……女たらしっ! バカァ!」

「まって、何がどういうことなの……」


 唐突な、理不尽に思える罵倒に、レティは困ったように眉を寄せた。

捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と人の言う。

時に、身を投げ捨てねば先に進まぬこともある。

しかし捨てた先、浮かぶ瀬はさて大丈夫か。

何より自身は応えられるのか。それは、結果でしかわからない。


次回:言葉は、なく


いよいよ、決戦間近。

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