滲みだす影
「なんだって、王の側近に腕の立つ奴がいないか、だって?
そりゃもちろん、いるが……」
宿でひと眠りして、昼過ぎに起きたレティはそのまま夜まで潜伏。
その後、またファムの占い小屋に来ていた。
懸念事項である、王の近くにいるであろう、力ある存在の情報を手に入れるために。
レティの問いかけに、ファムは口を噤み、そしてレティとあらぬ方へと視線を何度か行き来させた。
彼女が要求しているであろう存在の情報は、確かにある。
だがそれを言って、もしこの少女が仕掛けて万が一があれば、自分にだって累が及ぶことは十分にありえる。
果たして、彼女に話してしまって大丈夫だろうか。
……何故か、大丈夫ではないか、とも思ってしまう何かを持っているのも確かなのだが。
「……そいつを話すには、条件が三つ。
まず、白い花びらが10枚」
「はい」
ファムの言葉に、間髪入れず革の小袋が置かれた。
その音を聞いてファムは小さくため息を吐く。
「待ちな、話は最後まで聞くもんだよ」
「……それもそうだね。他の条件は?」
「あんたが只者じゃないってのはわかる。
だが、それでも手を出すにゃどうかって相手だ、あんたの腕がどの程度かわからんことには、ね」
「なるほど、確かに。
先日コルドールであった剣術大会で優勝したのだけど、それではだめ?」
「はぁ!?」
レティの言葉に、ファムは悲鳴のような声を上げながら立ち上がり、じろじろと無遠慮にレティの顔を、身体を見る。
「黒髪、顔立ち、体つき……確かに、聞いてた通りの外見だが、まさか、あんたがかい!?
あの、化け物みたいな強さの男を打ち倒し、ほんとに化け物になったそいつも倒しちまったっていう……」
「うん、私。やっぱりこっちにも話は来てたんだね」
「そりゃね、こっちもこんな商売やってんだ、その手のネタは必要だし、いくらでも入ってくるからね。
それにしても、あんたが、ね……」
「ああ、その時もらった剣もある」
そう言いながらレティは腰に差した小剣を鞘ごと持ち上げて見せる。
「その施された装飾……。
悪いけど、少しだけ抜いて刃を見せてもらえるかい?
……ああ、その薄青い刃の色は、間違いなく、優勝者に贈られるものだね……」
実物を一度だけ目にしたことがあるが、あの独特の青色は見間違えるはずがない。
であれば、間違いないのだろう。
「わかった、あんたの腕は確かだ、それは認めよう」
「そう、良かった」
驚きを通り越して呆れたような表情になったファムは、深々と椅子に座り直した。
その様子を見てレティはこくりと頷きながら、内心で安堵する。
これで認められなかった場合、かつてのコードネームを口にしようと考えていたからだ。
さすがにそれは、あまり切りたいカードではないし、切らずに済んでほっとしている。
「それで、最後の一つの条件は?」
「あ、ああ、簡単なことさ。
あんたが事を起こすのがいつか教えること。
この程度のリスクは負ってもらうよ」
「なるほど、あなた自身の逃げる算段と、いざとなれば私を売って保身を図る手段が欲しいと。
それももっとも。
実行するとすれば明日の夜。これでいい?」
ファムの出された条件に納得したレティは、あっさりと教える。
そのことに、ファムはもう一つため息を吐いた。
「少しは考えなよ、即売られるとは思わなかったのかい?」
「あなたがそういう人だったら、ボブじいさんは私に、ここのことを教えていない。
実際に会っても、そう思う」
「やれやれ、とんだ買いかぶりだよ」
迷うことなくこちらを見てくる視線から逃れるように、ファムは首を横に振る。
歴戦の風格とまっすぐな純粋さが同時に存在している彼女の姿は、どうにも目に痛い。
自分の中の何かがくすぐられるようで、どうにもいたたまれなかった。
「まあいいさ、こちらが言い出したことを即決してくれたんだ、これで約束を違えたら沽券に関わるからね」
彼女の肝の据わり方は一体どこから来るのだろうか。
そんなことを思いながら、ファムは口を開く。
曰く、王の側近として、数年前にやってきた老人がいる。
彼が来てからやたらと流通が良くなり、同時にゴラーダの強引な政策が増えてきた。
元々ゴラーダに服従していた家臣たちだが、さすがに諫めるような声も出たという。
「だが、その全てをあの男が叩き潰しちまった。
もちろん政治的にも、だが、本人の武力でもって話だ。
流石に、直接見たわけじゃないが……数十人の刺客を一人で打ち倒しただとか言われてるね」
「それが本当なら……普通じゃないね」
ファムの声に、一瞬驚いたように目を丸くしたレティの言葉に、ファムもまたこくりと頷き返した。
「ああ、普通じゃない。おかげで、もう王に逆らうものなんて一人もいやしないさ。
もっとも、なんでそんな男がついているのか、ってことは一つもわからないんだが」
「さすがにそれは、か……ありがとう、おかげで知りたいことは知れた」
「最後に一つだけ言っておく。ありゃぁほんとに人間じゃない。
やばいと思ったら、すぐ逃げるんだよ」
そんな忠告めいた言葉に、不思議そうに小首を傾げ。
少しだけ、考えて。
「わかった、やばいと思ったら」
そう言いながらレティは踵を返した。
恐らく、そう思うことはないだろう、と思いながら。
そしてファムの占い小屋から距離を取る間に考える。
恐らくその老人とやらは、人間ではない。
あの感じ、その逸話。恐らく、魔族の類だろう。
「であれば、色々と説明がつく……あの魔物の群れも、魔族が関わっていたなら」
そして同時に、容易ならざる相手だとも想像がつく。
「もし、能力的にカーチスと同等で、精神的に成熟した相手だったら……」
その時は、苦戦は免れないだろう。
それでも。
「まあ……やるしかないのだけれど」
そう呟きながら幾度か曲がり角を曲がって、十分に距離を取ったこと、周囲に人がいないことを確認して。
レティは待ち合わせ場所である、ナディア王女の私室へと『跳躍』した。
良い仕事は、準備八割仕上げが二割。
時間に追われたこの瀬戸際、だからこそ準備がものを言う。
急いては事を仕損じる。
ならば急いてなお仕損じないためには。
次回:集う共犯者
そして、賭けるチップが積みあがる。




