邂逅とすれ違い
カタリ、と窓が震えた。
ふとその音に気付いたエリーが顔を上げる。
もうすっかり日は暮れて、深夜と言っていい時間のはず。
いまだ街中に焚かれた明かりは消えないが、人々が寝静まった気配がする。
どこか息を潜めるような気配でもあるのは……この街の、国の息苦しさゆえだろうか。
つい最近まで、コルドールにいた。
先日、コルドバでバランディアの人々と交流した。
それらの空気とは全く異なる、どうにも重たいそれ。
この街の人間で、まともに話したのはナディアだけだ。
ジェニーは、この街に住んでどれくらいなのだろうか。
ともあれ。ナディアがこの街の住人としては特異な存在であろうことはわかる。
彼女以外の人間は皆、下を向き、あるいはゴラーダの顔色を窺っていた。
窺いながらもそれなりに対等にやりあえていた人間は、今のところナディアだけ。
そこはやはり、数少ない肉親ゆえ、ということもあるのだろう。
そんな彼女に、肉親との縁を切る選択を迫っている。
もちろん彼女のためでもある。この国のためでもあるのだろう。
それらは全て、副次的なものである。そのことは、自覚していた。
「……我ながら、性格の悪いことですね……」
小さく呟き、ぱたりと読んでいた資料を閉じた。
カタログ的な一般向け資料でしかなかったが、それでもエリーの目から見れば、様々な情報が見え隠れしている。
それらをつなぎ合わせながら、さらに別の資料も当たる。
その作業を、夕刻からずっと繰り返していた。
朧気ではあるが、仮説らしきものも見えてきた。
マナ・ドールの人格の、感情の意味。
なぜ、自分は、自分なのか。
どこか哲学的でもある問いは、どうやら酷く現実的な答えになってしまいそうだ。
所詮造られた道具、それはそれで仕方ない、のだけれども。
どこかに、その向こうを願っている感情も、なぜか感じた。
「ほんと、何考えてたんでしょうね……」
問いかけは、宙に消える。
ナディアは、ジェニーの調整を少し行った後、流石に疲れたのか寝室に行っている。
ジェニーも当たり前のようにその後をついて行った。
もしかしたら、二人一緒に寝ているのかも知れない。
それはそれで微笑ましいものもあるのだが。
同時に、やはり羨ましい、とも思ってしまう。
「早く来て欲しい、けど……来てもらった時に、私は……」
自分は、自分でいられるのだろうか。
今こうして思考しているのは、サブの記憶領域に逃がした自分。
メイン側の、マスター・キーに支配されている自分の自我が弱いからこそ、こうして動ける自分。
だがもし、マスター・キーの命令が有効になる事態になれば。
考えたくもないが、考えなければいけない。
その可能性と、そうなってしまった時にどうなるか。
そして、そうならないようにどうすればいいか。
当面考えつく手は、今のエリーにとって、なんとも辛いもの。
けれど、お互いのためには、それを貫くしかない。
理性ではわかっている、のだけれども。
一つ、小さなため息を吐いた。
その時。
また、カタリ、と音がした。
風も吹いていなかったというのに。
もしかして。
そう思った瞬間、エリーは窓に背を向けた。
闇の中を縫うように、レティは駆け抜けてきた。
ファムの情報は正しく、ここまでなんとかたどり着くことはできた、が……情報よりも見回りの兵が多かったことが気にかかる。
この分では、ここから先も苦労させられそうだ。
小さくため息をつくと、最小範囲に絞って、探査魔術を発動する。
レティの魔力であれば、この王城全体を一気に探査することは十分可能だ。
だが、それをやってしまえば城の魔術師に気づかれる恐れもある。
少しずつ少しずつ、地道に。
なんとももどかしいが、それが一番の方法なのだと自分に言い聞かせながら、また一歩、一歩と探索を続ける。
そうしてまた一歩、踏み出そうとしたところで。
何故か猛烈に嫌な予感がして、踏みとどまった。
「……何?」
人並外れて感覚が優れているレティでも、気配だとか殺気だとかは何も感じ取れない。
だというのに、この先に進んではいけない、という第六感的な感覚。
「……やはり、そう、なの……?」
今回の潜入で感じていた、背後にいる人ならざる存在。
どうやらそれは、この城の奥深くにいるらしい。
だが、わざわざその存在と今、事を構える必要はない。
「まずは、他の場所を探索しないと……」
そこにエリーがいなければ、向かうしかない、が。
今はまだ、全てを探しきっていないのだから。
そう思い、踵を返した。
そして、先程までよりもさらに神経を使いながら、城の探索を続けていく。
あの存在は、どうやら王城の中心付近にいるらしい。
であれば、その外縁から。
そうやって探していて、しばらく。
「……あれは……?」
城の三階部分、その外周に、離れのように突き出した部屋があった。
なぜ、わざわざそんな場所を作った?
どんな意図が。そして、誰が。
何よりも。
その部屋を見た瞬間、何か心が疼くような感覚。
「……もしかして」
そう思えば、はやる心を抑えながらも、その部屋へと足早に駆けていく。
十分に近づいてから、探査魔術を発動して。
「……やっぱり」
そう呟いて。
ぐ、と右手で左の腕を握りしめた。
逸るな。焦るな。
ここまできて、全てを台無しにするわけにはいかない。
今まで以上に周囲を警戒し、慎重に近づいて。
その部屋の中を、窓から覗き込んだ瞬間、目に飛び込んで来る見慣れた金の髪。
見慣れた後ろ姿が、その部屋の中にはあった。
目は口程に物を言う。
顔を合わせて話すことの大事さは古今変わらない。
今二人、顔を合わせることもできずに言葉を交わすのは、運命の皮肉か。
次回:背中越しの言葉
もし目よりも雄弁に語るものがあるのならば。
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