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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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乾いた砂のごとく

 そして、エリーがジェニーの意志を誘導というか確認してから、どれくらいたっただろう。

 報告に行っていたナディアが、部屋に戻ってきた。


「ふぅ……ただいま戻りました」


 扉を閉めて廊下から見えなくなった途端、見せていた穏やかな微笑みは崩れ、どこか疲れたような表情を浮かべる。

 そんなナディアへと、ジェニーが近づいた。

 待ちわびていたかのような早足になっているように見えるのは気のせいだろうか。


「姫様、お帰り」


 そう声をかけるその姿は、ほとんど無表情だというのに、なぜか尻尾を振っているような印象を受ける。

 そんな出迎えを受ければ、ナディアはぱっと表情を明るくして。


「ええ、ありがとうございます、あなたが出迎えてくれたら、疲れも吹き飛びますね」


 エリーがいるのにも関わらず、抱きしめた。

 もちろんジェニーは抵抗することもなく、抱きしめられるがままである。

 見せつけられたような形のエリーは、しかし立場が立場だけに突っ込みを入れることもできない。


 しばし、ナディアが満足するまでその状況を放置するしかなかった。

 程なくして、満足したナディアがジェニーを離し、エリーへと向き直る。


「失礼いたしました、ジェニーがあまりに可愛かったものですから……」

「は、はぁ……いえ、それならば仕方ありませんね」


 他に返しようもなく、曖昧な笑顔を浮かべるエリー。

 ジェニーを堪能したナディアは、意に介したようすもなく、にこやかな笑顔を浮かべている。


「それで、報告の首尾はいかがでしたか?」

「ええ、問題なく。

 あなたの状態を踏まえ、ジェニーに必要な作業を見積もって、予定通り明日、明後日を作業に当てる必要があると報告し、陛下の承諾も得ました。

 これで、私も考える時間が確保できた、というところです」


 そう答えるナディアの表情を、エリーは伺う。

 実の父親、それも国王を自分の望みのためにどうこうするか、否か。

 そんな大それたことを考える必要が生じたというのに、随分と落ち着いているように見える。

 まるで、そんな日が来ることをわかっていたかのように。


「……あの、ナディア様。一つお伺いしてもよろしいですか?」

「え? はい、なんでしょう?」


 エリーの問いに、少し意表を突かれたような声を出すナディア。

 なるほど、必ずしも落ち着き払っている、周囲に目が行き届いているわけでもないようだ。

 

 さて、何を、どう聞くか。思案したエリーは、探るような問いを発する。


「ナディア様から見た陛下は、どのような方ですか?」

「……答えるのが難しい質問ですね、それは。

 好意的な評価をするのが難しい人だとは思っています。

 王としても、父親としても」

「どちらとしても、ですか……」


 エリーのつぶやきに、ナディアは苦笑を見せた。


「ええ、残念ながら、と言うべきなのでしょうね。

 王としてはご覧の通り……ですし。

 父親としては……そう、ですね、エリーはこのガシュナートの事情はどれくらいご存じですか?」


 問い返され、エリーはしばし沈黙した。

 ややあって、思案気に口を開く。


「国土のかなりの部分が砂漠であり、あまり豊かではないこと、コルドールとの小競り合いが絶えないこと、くらいは知っています。

 ですが、事情……例えば政治的な部分はあまり」

「そうでしょうね、バランディアの方であれば、それくらいでも知っている方だと思います」


 実際のところはバランディアでもジュラスティンの者でもなかったりはするのだが、そこは黙っておく。

 今ナディアが話す内容には、どう考えても不必要な情報だから。


 そんなエリーの考えを知ってか知らずか、ナディアはしばし沈黙し。

 若干躊躇いがちに、口を開いた。


「まず、あの方の子供は、私しかいません。

 そして、正室も側室も、既に一人もおりません」


 その内容を理解するのに、1秒程かかった。

 エリーですら、あまりの内容に、それほど時間がかかってしまった。

 そして直ぐに、不確定情報がまだ多いことに気づく。 


 半ば願望にも似たそれ。

 思わず縋りつきたくなるそれは、きっとただの妄想でしかないのだろう。

 そう判断する程度には、色々知ってきてしまっているし、近しい匂いをかの男から感じてもいる。


「……私の母は、出産時の出血が酷かったため、だそうです。

 ですが、他の皆様は全て病死だったそうですね。……それが何を意味するか、わからない私でもないのですが」


 浮かべたのは、苦笑、だったのだろう。

 エリーには、泣いているようにも見えたが。

 

 そんな表情を見て、同情する自分と。

 良くも悪くも致命的な部分を突いた、と思っている自分とがいる。

 そして、それをどう利用するか、と考えている自分も。


 あまりレティに知られたくはない部分ではあるが、エリーは自分のそんな部分を、嫌いではなかった。

 生き残らねば何も残らない。そんなことは、よく知っているから。


 そしてここに、生き残り、感情を何とか制御しながら生き延びる術を、そして望みをかなえようとしている女性がいる。

 ……少しだけ同情的になってしまうのは、仕方がないのかも知れない。


「お気持ち、お察しいたします」


 そう、エリーは告げる。

 次に告げるべき言葉を考えて、少し硬くなってしまった口調で。


「しかし、ということは……万が一があれば、つまり?」

「そう、です。私が全てを背負うことになります。

 ……我ながら、自分がそれを背負えるのか、ということばかり考えていることに呆れてしまいますが。

 あるいは、これも血、ということなのでしょうかね……」


 自嘲気味に、ナディアは唇を歪める。

 ゴラーダはまだわからないが、ナディアはとっくに親子の情など枯れ果てていた。

 僅かばかりに義理が残っている、くらいだろうか。

 

「とは言っても、実行する手段がなければ、机上の空論ですけれども。

 私個人は所詮それなりの魔術師、ジェニーも陛下に逆らうことはできません。

 そもそもジェニーにお願いしたら、私も巻き込まれるでしょうし」

「私、姫様の役に立てない? 申し訳ない」

「ああっ、違うんです、そういうことじゃないんです!

 ジェニーの得意なことと、今考えてることに相違があるというだけなんです!」


 どこかしょんぼりとしたジェニーの声に、ナディアが慌ててフォローに入る。

 まあ確かに、あんな捨てられた子犬のような声を聞けばそうもなってしまおうというもの。

 エリーですら、少しぐらついてしまったのだから。


「良かった、役立たずじゃないなら」

「そんなこと、あるわけないじゃないですか!

 ジェニーはいるだけで私の癒しなんです、活力なんです!」


 フォローついでに、ジェニーを抱きしめるナディア。

 相変わらず、無抵抗に受け入れるジェニー。

 いや、一瞬ジェニーから抱き着かれにいったようにも見えたが。


 色々、言いたいことはある。

 しかし今は、感情を抑えるべきだ、と自分に言い聞かせながらエリーは口を開いた。


「ではナディア様。

 もし、お考えの色々なことを実行できるような人がいたら……いかがなさいますか?」


 その問いかけに、ナディアは目を見開く。

 

 凝視されたエリーは、しかし自信満々だ。

 きっと、あの人は来てくれる。

 そして、なんとかしてくれる。


 頼りきりになってしまうのが、少し申し訳ないけれども。

 そんなことを思いながら、エリーは夜の帳が降りはじめた街並みを、窓越しに見やっていた。

人は出会い、別れる。避けられぬ別れも必ずある。

しかし、だからこそ出会い、別れに抗う。

ましてこれは、避けられぬ別れなどではないのだから。


次回:邂逅とすれ違い


手繰り寄せ、たどり着き、そして。



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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」


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