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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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将を射んとすれば

「ジェニー、あなたは今の自分の感覚……人間の言葉に対する、意識的、無意識的反応が以前と違う。

 そのことに、自覚的ですね?」

「肯定。以前ならば気にもしなかったことが気になることが多い。

 私は、そのことを自覚している」


 重ねる問答に、ジェニーの安堵の色は濃くなっていく。

 自分だけではない。少なくとも理解してくれる存在がいる。

 そのことがジェニーの思考回路に安堵をもたらしていることは間違いないようだ。

 

 それは、そうだろう。

 1500年もの時を経て動き出したのだ。

 周囲は未知の事だらけ。

 おまけに、目覚める前にはなかった感覚や感情があるのだ、戸惑わないわけがない。

 かつてなら当たり前だった道具扱いにも、違和感を感じてしまうのではないだろうか。


 そんな中に、彼女のことを思いやりながらの対応を見せるナディア王女は、ジェニーにとってもありがたいものだったのだろう。

 そう、例えばエリーにとってのレティのように。


 さて、どこまで教えてあげるべきか。そんな、上から目線なことすら思ってしまう。


「そうですか……ジェニー、あなたのその感覚は、間違ったものではありません。

 私も同じような感覚を覚えたこともあります」

「そう。……エリミネイターが感じた感覚だというのならば、改修を受けた私が感じるのも、不自然ではない、か」


 何か考えながらのジェニーの反応に、エリーは心の中で安堵する。

 恐らくナディア王女は、八割程度の確率で、こちらについてくれるだろう。

 そこに、ジェニーもこちら寄りとなれば、一気に傾く可能性は高い。

 将を射んとすればなんとやら、ジェニーも懐柔してしまうに越したことはないはずだ。


「ええ、そして、さらなる改修を受ければ、もっと違和感は感じるでしょう。

 その代わり、あなたが感じた暖かな感覚を、もっと強く感じることができるようになるはずです。

 多分それは、幸せなことですよ」


 エリーの言葉に、ジェニーはしばし考え込む。

 ややあって、躊躇いがちに口を開いた。


「……幸せ、というのがよくわからない。

 概念として辞書に入ってはいるけれども」

「ああ、実感としてはわからないですか……」


 今のジェニーは、感情というものがあるにはあるが、あまり機能していない状態だ。

 であれば、幸せだとか嬉しいだとか、そんな感情の価値や意味はわからないのも仕方ない。

 ……そんなジェニーの状態は、エリーに最愛の人のことを思い出させるには十分なものだった。


 どうすれば、あの感覚が伝わるだろうか。

 自分でもムキになっていると思うくらいに、考え込んでしまう。


「そうですね……まず、あなたは、ナディア様が喜んだりすると胸の奥が暖かくなるような感覚がある。

 それは間違いないですね?」

「肯定。それは間違いない」

「そして、あなたはその感覚が、心地いい」

「それも肯定。あの感覚は何度でも味わいたい」


 ジェニーの返答に、エリーは満足したかのようにこくりと一つ頷く。

 これならば、ジェニーを引き込むことは十分可能だろう。


「ジェニー、その感覚を、さらに強く味わうことが可能です」

「そうなの? それは、さっき言っていた改修?」

「そうです。そしてナディア様もそのことを望んでいます。

 あなたがあの感覚を強く感じれば、実はナディア王女も喜ぶんです」


 それを聞いたジェニーは、軽く目を見開き、言葉を止める。

 恐らく、驚いているのだろう。

 それから数秒程して、ジェニーはまた口を開いた。


「よくわからない。

 私の感覚は、ナディア様には影響しないはず」


 もっともな疑問に、エリーは思わず小さく笑ってしまう。

 確かに、おかしな話だ。だが、エリーはもう、それが感覚としてわかっている。


「人間って不思議なもので、大事な人が幸せだと、自分も嬉しくなってしまうものなんですよ。

 私達は人間ではありませんが……同じように大事にしてくれる人が、この時代にはいるんです」


 そう言いながら心に浮かぶのはレティの顔。

 心配をかけてしまっているだろうな、申し訳ないな、とも同時に思う。

 逃げることもままならない今の身が、実に歯がゆい、が。

 こうしてジェニーに会えたこと自体は、悪くないかな、とも思っていた。


「よくわからない。

 私達は兵器であり、いわば道具。必要なメンテナンス以上のことをする必要はない」

「そう、必要はありません。

 でも、必要ばかりで動くわけじゃないんです、人間って。

 そこが不思議でもあり、面白くもある。時に、愛しくも……」


 むしろ、愛しく感じたのは無駄なことばかりだったかも知れない。

 自分を道具以上に大事にしてくれた、その一つ一つ。

 まして、死ぬかも知れない場所に、迷うことなく飛び込んできたあの時。

 どれも、非合理的な行動ばかりだ。


「……非合理的な考えが、人間らしい感情?」

「そればかりでもありませんね……あまりに逸脱していると狂気として認識されますし」


 ゴラーダのあれは、狂気一歩手前と言っていいだろう。

 自身の願望が先にあり、戦略的戦術的な意味合いは後からのこじつけに近い。

 破綻しないギリギリのところをいっているのは、バランス感覚が残っているのか、ただの勘なのか。

 一つはっきりしているのは、狂気の例としてこれをジェニーに話すわけにはいかない、ということだ。


「どこまでだったら狂気と思われないのか、の定義もまた難しいのですが……。

 少なくとも、私が持っている感情回路は、人間の感情と比べても違和感はないようです。

 人間の振りをして振舞ってきましたが、バレたことは一度もないですしね」


 あるいはリオハルト辺りなら見抜いた可能性もあっただろうか。

 彼の観察眼は並々ならぬものがある、とも思うから。

 

 そんなことを考えていたエリーへと、ジェニーが口を開く。


「……その回路は、私にも付けられるの?」

「恐らくは。ただ、はっきりとは言えません。

 だから今から色々調べるのですが……ジェニーは付けられるなら付けたいですか?」


 エリーの問いかけに、今度は即座に答えが返ってくる。


「肯定。私は、あなたのような感情を付けてみたい」

「そうですか。そうですね、その方がきっとナディア様もお喜びになります。

 また、色々あなたにも協力してもらわないといけないことも出てくると思いますが、その時はお願いしますね?」


 こくりとジェニーが頷くのを見ながら。

 まずは馬を落とせた、とエリーは内心でほっとしていた。

人は、生命は生きねばならぬ。そのためにもがき、あがく。

そのためには他者の命を奪わねばならぬ生存競争。

人も獣も、ともに等しく。

もしそこに違いがあるとすれば。


次回:乾いた砂のごとく


それを潤すのは、はたして。



※派生作品始めました!


「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」


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