ささやかな大勝負
「は、はい……?
ええと……それはつまり、一目惚れなさった、ということですか……?」
予想外の衝撃から立ち直ったエリーが、おずおずとそう問いかける。
それに対してナディアは、もじもじと恥ずかしそうにしながら指を組み合わせては解き、を繰り返す。
「そ、そんな、一目惚れだなんてそんな……。
でも、やっぱりこれってそういうことなんでしょうか?
でもでも、私達女の子同士……いえ、私はもう、女の子なんて歳でもないのですがっ」
その口から溢れてくるのは、ある意味年相応の言葉。
しかし、今迄のどこか緊張感あるやり取りからの落差が酷く、エリーは混乱、に近い状態になっていた。
そこにさらに、追い打ちがかかる。
「大丈夫。姫様は女の子」
ナディアの謙遜のような言葉に、ジェニーがフォローを入れる。
そう、あの戦略級マナ・ドールのジェニーが。
もはやそれだけで、エリーが絶句するに値する珍事だ。
だが、当の本人達はそれが当然であるかのように話を続けていく。
「本当ですか? 私、ちゃんと女の子ですか?」
「肯定。ちゃんと女の子。間違いない」
「ジェニーが言うなら間違いないですねっ」
ナディアの疑問に、こくりとジェニーが答える。
間違いない。ジェニーはナディアに対して肯定的な返事しかしない。
なぜだかエリーは、確信を持ってそう思えた。
そして、それを裏付けるかのように、二人の会話は続いていく。
「姫様には嘘を吐かない。間違いない」
「ふふ、そうでしたね、ジェニーはいつも本当のことしか言いませんものね。
ではジェニー、この世で一番素敵可愛いのは誰ですか?」
「もちろん、姫様」
「うふふふ、ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと待ってください!
二人の世界を作るのは構いませんが、とりあえず私のいないところでお願いします!」
エリーの悲鳴のような言葉に、ナディアがはっと振り返る。
ジェニーはまるで気にしていないのは、感情回路の関係か、エリーを歯牙にもかけていないのか。
ともあれ、急激に温度を上げていた小芝居を止められて、エリーはほっと安堵のため息を一つ。
それから小さく咳ばらいをして、場を改める。
「お二人の仲が良いことはよっくわかりました。
ですが、それはそれ、これはこれ。
まずはジェニーの感情回路についてどうにかしましょう」
エリーの言葉に、はっとしたような顔になり、ついで申し訳なさそうな顔になるナディア。
小さく頭が上下に動いたのは、謝罪なのか肯定なのか。
「そ、そうですね、申し訳ありません。
ええと、まず最初に発見されたのはこちらの資料でした。
これによると、ジェニー、つまりジェノサイダーは初期型のものであり、感情はない、ということでした。
ところが、起動してしばらく、面倒を見ていた私に見せるジェニーには、自分から何かしようという意思を感じまして。
資料に書いてあることと違う。そんな違和感が、最初のスタート地点でした」
そういってナディアは、一冊の資料を指し示した。
示された資料は、言わばマナ・ドールのカタログ。
確かにそのカタログに書いてある情報は当時の常識であり、エリーの認識とも合致していた。
その他の記述からして、この資料の信憑性は高い。
「ジェニーの起動後も、私は父を説得し、冒険者達に依頼して資料や部品を集めてまいりました。
その結果、どうやらマナ・ドールには機能を拡張することができること。
そのためには様々な部品が必要であること。
なんとか、そこまではわかったのです。
ですが、そこから先の情報が、どうにも不十分でして……」
「なるほど……ひとまず、そちらの事情と現状は把握しました」
ナディアの説明に対してお礼を言い、そこで一度言葉を切り、しばし考える。
ここまでの情報と、ジェニーの現状、ナディアの立場、自分の状況を考えれば、状況は当初の予想よりもはるかにましだ。
動機を考えれば、ナディアに協力するのはやぶさかではない。
……目の前で繰り広げられた寸劇の真に迫った様子を考えれば、信憑性もある。
「いくつか、質問してもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。なんでもお聞きくださいな」
にこやかに、ナディアが答える。
この姿だけを見れば、立派なお姫様なんだけどなぁ、と失礼なことを思いながら、それを表情に出さずに口を開く。
……一瞬ナディアの眉が歪んだのは、きっと気のせいだと思いたい。
「まず……これらの部品は、ナディア様が自由にお使いになることが可能なのですか?」
「ええ、もちろんです。
自分で言うのもなんですが、私はこれでもこの国ではそれなりの魔術師でして……特に、ゴーレム関連では私が一番だと自負しております。
もちろん、このガシュナートは魔術的には後進国、私の腕前などまだまだなのですが」
幸か不幸か、残念ながらと言うべきか。
ここにある部品を全て理解し、適切に扱うことができれば、恐らくジェニーのあの一撃を防ぐことはできなかっただろう。
もっとも、あの時代においても、自らの手でマナ・ドールの回路を移植する腕を持つ魔術師は決して多くはなかったが。
何しろ、マナ・ドールの回路は精密部品だ。
扱うには繊細な指先だけでなく、精緻な魔力制御も必要となる。
だから多くの魔術師は自身の手ではなく、あの遺跡にあったような機械を使って作業していた。
それを、現代の魔術師が独学で実施するなど、どれほどの才能と努力がいることか、エリーでも想像がつかない。
「ナディア様、マナ・ドールの回路を直接手で扱うなど、かつての皇国でもしておりませんでした。
ですから、決してナディア様が至らない、などということはございません」
「そ、そうなのですか? その言葉を聞けただけでも、あなたに来ていただいた甲斐がありました」
ナディアの返答に、エリーは内心で、困ったな、と思う。
計算高く交渉能力に長けた王女が、こうも素の表情を見せてくる。
それは、その交渉技術よりも強くエリーの心に訴えかけてくるものがあった。
それすら計算の内、ならば大したものだが……さすがに、そこまではないらしい。
いや、もしそこまでエリーを騙せているのならば大したもの。
すっぱりと諦めがつくだろう、とすら思う。
「肯定。姫様は頑張っている」
「ありがとうございます、ジェニー!
あなたがそう言ってくれるなら、私は百人力です!」
唐突に割って入ったジェニーと、それに答えるナディア。
それらの反応を見るに、深く考えない方がいいかも知れない、とすら思い始めていた。
ただ、それらは、利用できるできないで言えば、できるだろう。
「そうですね、ナディア様がこうやって集められた資料、部品は有用なものが多いです。
これらがあれば……とある遺跡の施設を使えば、ジェニーの感情回路を強化できるでしょう」
エリーの言葉に、ナディアは即座に反応した。
それまでジェニーににこやかな笑顔を向けていたというのに、途端にエリーへと必死さを押し殺した表情でにじり寄ってくる。
「そ、それは本当なのですか?
そこに行けば、ジェニーに感情を持たせることが……?」
「はい、恐らく可能かと思います。
しかし、この情勢では難しく……そもそも、私が動けなければ、ご案内もできませんし」
「なるほど、つまり……陛下なりマスター・キーなりを、どうにかしないといけない、と」
「左様でございます」
エリーの返答に、ナディアは沈黙する。
そして、エリーも脳内で思考を駆け巡らせる。
この提案に対してナディアが伸るか反るか。
ほとんど謀反に近いことをそそのかしている、そのことにナディアがどう反応するか。
状況は決して良くはないのに、なぜだかエリーは、『なんとかなる』と確信を持って思っていた。
人の形を写し取ったからこそ、人にあらず。
それが人形の宿命、当たり前。
もしそれが、思い込みに過ぎないのだとすれば。
揺るがしたものは、運命なのだろうか。
次回:人形の奥底
揺らぎは、静かに広がっていく。
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