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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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蟻の入るヒビ

 少し時は遡り、この日の昼過ぎ。

 ガシュナート軍は、王都へと帰還した。

 敗戦にも等しい、防衛されてからの戦略的撤退。

 そんな状況では、出迎える市民などほとんどなく。

 わずかばかりの出迎えは、声を発することもろくにしていなかった。


 この静けさは、情報が伝わっていたから、だろうか。

 それとも、伝わっていないからこその戸惑いなのか。

 どちらだろうか、と馬車に揺られるエリーは顔に出すこともなく考える。

 

 少なくとも、何から何まで統制しきっているわけではない、それだけは確かだ。

 民衆の感情まで支配できているわけではない。

 いかなマスターキーだといえども、そこまではできない。

 どこまでが相手の制御下であるか。その把握は、この状況においては殊更重要であるから。


 そんなエリーの心情を見透かしてか、向かいに座るナディアが苦笑を見せた。


「おかしな街でしょう?

 誰も、何も言わない。言えない。そんな街です」


 その言葉に、思う所がないわけでもない。

 そして、この王女が、ガシュナート王ゴラーダと同類ではないらしい、ということもわかる。

 だが、まだ決定的な確信は得られていない。であれば。


「申し訳ございません。私には、わかりかねます」


 つれない返答に、しかしナディアは苦笑を浮かべるばかりだ。

 しかしそこに、別の声がかぶさった。


「姫様、この街はおかしいのか?」


 ジェニーの言葉に、ナディアはまた別の、困ったような苦笑を見せる。


「そう、ですね……少なくとも私は、健全な状態ではない、と思います。

 ですがジェニー、このことは陛下にも内緒ですよ?」


 そういうとナディアは、人差し指を唇に当て、沈黙をお願いするジェスチャーをする。

 そのジェスチャーが伝わったのか、それとも単に言葉に反応したのか、ジェニーはこくりとうなずいた。


「わかった、内緒にする。

 陛下はまだ、私に発言を強制できるほど使いこなせていない」

「そう、なのですか……?

 ジェニー、あなた、陛下がどれくらいあの杖を使いこなせているのか、わかるのですか?」


 ナディアが初めて見せた、驚きの表情。

 ここまで大人びた表情しか見せていなかったナディアの、初めての年相応な表情。

 なるほど、この人もやはり人間であったか、とどこか場違いな感想をいだきながら、エリーはこの状況を静観していた。

 なにしろ、喉から手が出る程に欲しい情報が手に入りそうなのだから。


「一部肯定。大よそはわかるものの、完全には把握できない。

 陛下はあの杖を、私達マナ・ドールに行動指示を出せるもの、という程度の認識しかしていない」

「な、なるほど……。

 ということは、他にもあの杖には機能があるのですか?」


 どこか呆れたような、意表をつかれたような、そんな表情のナディアが、さらに問いを重ねる。

 それに対しても、ジェニーは即座に、どこか機械的に反応してくる。


「肯定。しかし、その内容を開示する権限が与えられていない」

「……あの、もしかして……陛下が気づいていないからジェニーも開示できず、だから陛下に権限の付与だとかそんな機能の話だとかをできない、ということですか?」

「それも肯定。私から話す理由もないし」

「確かにそれは、そう、なのですけど……いえ、私が言うことではないですね」


 どうやら、ジェニーのゴラーダに対する忠誠心はマイナスに振れているらしい。

 積極的に役に立とうとしない、どころか遠回しに足を引っ張ろうとしている状態ですらある。


 後は、これが演技でないか。こちらをはめるための罠ではないのか。

 そこを見抜くことが肝心、なのだろう。

 まあ確かに、既に結構な割合で、彼女らとは利害関係を一致させられるのではないか、とは思っているのだが。


「……ジェニー、質問があります。

 その話を私にした、ということは、私から陛下に伝えろということですか?

 それとも、伝えて欲しくはない、ですか?」

「後者。

 私は、陛下がそこまでの権限を持つことを望まない」


 ばっさりだなぁ、と内心で思ってしまった。

 ナディアとしては割と思い切った質問だったのだろう。

 それなのに、問われたジェニーはこれである。

 そして、問うたナディアもまた、その発言を咎めることをしない。


「あなたがそこまで嫌がるのは、どうしてですか?

 仮にも陛下は、アーク・マスター権限を持つ者でしょう?」


 むしろ興味を引かれたのか、そんな問いかけを重ねる。

 その問いかけにジェニーはしばし考え、小首を傾げた。


「……よく、わからない。

 陛下は、不躾に色々しゃべらせてくるように思う。

 姫様との会話も。それが、何となく、嫌」

「ジェニー、あなた……ふふ、そうですね、私もあなたとの会話を聞かれるのは好みません」


 いつもの機械的な受け答えと違う、戸惑うような表情。

 ナディアはそれを聞いて、どことなく嬉しそうだった。

 

「では、これからも私とあなたの会話は、内緒でお願いしますね」

「わかった、内緒。……内緒」


 悪戯っぽく片眼をつぶりながら人差し指を唇に当てるナディア。

 その言葉に、ジェニーはこくんとうなずく。

 それから、己の胸に手を当てて、反芻するかのようにもう一度つぶやいた。


 ナディアはそんな様子を微笑まし気に見ていたが、しばらくしてまたエリーへと向き直った。


「驚きましたか? 私は、あなた達に対する知識はあまりありません。

 他の人に比べればまし、程度ではありますけどね。

 ですから、こうやって問答をしたり手探りで知ろうとしている状態です。

 あなたにも協力してもらえたら、大変助かりますし……見返りを用意することもできると思いますよ?」


 問いかけに、エリーはわずかに沈黙する。

 この場合、マスターキーの支配下にあるマナ・ドールの返答としては。


「陛下のご指示がございましたら」

 

 そう、そっけなく返すしかない。

 しかし、それで簡単に納得してくれるような相手では、もちろんなかった。


「あら、指示をもらってもいいんですか?

 恐らくですが、マスターキーの支配下で指示を出されたら、相当な強制力がありますよね?

 あなたの意思など関係なくなるくらいに」


 にこやかな笑顔でさらりと脅しもかけてくる。

 このナディア王女は、本当に色々な経験をしてきたのだろうな、とエリーは内心で結論付けた。

 その王女がこうやって持ち掛けてくる、ということは。


「……王女殿下がそこまで為さる目的と動機がわかりません」


 乗ってしまうだけの価値はある。

 そう判断したエリーは、ついに自分の言葉で話しかけた。

 エリーが乗ってきた。そのことを理解したナディアは嬉しそうに微笑む。


「私の目的は、ジェニーに感情を持ってもらうこと。

 動機は、ジェニーの笑顔を見たいから。それだけなんです」

「……な、なるほど……」


 その目的と動機は、エリーには随分と刺さる。

 当然ナディアはそのことを知らずに話しているのだが……それだけに、巡り合わせのようなものすら感じてしまった。


「でしたら……ご協力できることも、あるかも、知れません」


 まだ、少しだけ警戒心を残しながら。

 エリーは、そう返答した。

腹を括り、半歩程歩み寄る。

晒された手札から伏せた手札を読み、明かす手札を考える。

どこまで明かし、それはどこまで利となるのか。

往々にして晒し合いは、化かし合い。


次回:探り合い・晒し合い


時に、互いを利することもある。



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