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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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夜のない城

 『ファムの占い小屋』を出た少女……レティは、夜の王都に点在する闇に溶け込むようにしながら移動していた。

 外の見張りだけでなく、街中にも潤沢に油を使い、あちこちに明かりを置いている。

 見回りも、今迄訪れたどの街よりも多い。


「……これだけの数、よく動かせるものだね」


 見回りの目を掻い潜り、裏路地へと滑り込むように移動したレティは小さく呟く。

 数は、確かにいる。だが、数を集めただけで訓練は十分でないらしく、隙だらけだ。

 それでも、これだけ人数が居れば、動きにくくて仕方ない。

 確かに、マナ・ドールや多数の魔物を所持しているなどの情報を漏らすわけにはいかないだろう。

 となれば、密偵を入らせないために、ああいった監視網になるのも必然だが。


「どうやって、ここまで……?」


 これだけの、兵士という食糧生産をしない人間を多数動員するには、相当な資金と食料が必要なはず。

 ファムによれば、食料は南方の諸国から運ばれてきているらしい。

 ここガシュナートから南は、また少し気温が下がって温暖な気候になるという。

 そこから食料を輸入すること自体は、可能は可能、だが。


 ガシュナートと周辺他国の関係は悪く、ここまで大量の食糧を輸出してくれるほどの友好国はないはずだ。

 少なくとも高値で吹っ掛けてくるだろうし、それに対する支払いができるほどガシュナートは豊かな国でもない。

 なぜ輸入できるのか、そこはファムも掴めていなかった。


「まあ、なぜか、までは重要ではないのだけれど」


 少なくとも、今は。

 エリーの救出には必要ない情報だし、わかったところでどうしようもないだろう。

 これが、バランディアの密偵として潜入したのであれば探らねばならないところだが、この余裕のない今の状況で、そこまでは無理というもの。


「今やるべきは……まずはルートの確認、か」


 そういうと、足音も立てずにレティは裏路地を駆ける。

 明かりがあちこちを照らし、兵士が見回り……一般人が一人も歩いていない街を。

 

 時刻はまだ日が暮れたばかり、六つの鐘くらいの時間のはず。

 それなのに、酒場に繰り出し、あるいは飲み騒ぐような人間が一人もいない。

 この光景は、なんとも奇妙なものとしてレティの目には映った。


「戦争中だから統制している、にしても厳しすぎる……。

 これで、不満が出ないものなのか……それとも」


 不満を口にしたものの口を塞いでいるか。

 コルドールに逃げてきた野盗どもの話を考えれば、両方だろうか。

 不満を持った者で逃げられる者は、すでに逃げ出したのかも知れない。


 そして恐らく、その状況をすらガシュナートは利用している。

 民間人が歩いていない夜の街は、見回りの兵士以外の存在は、即ち密偵間者の類とみなしていい。

 そうなれば、練度の低い兵士であっても、数さえいれば見咎めることもできる、というわけだ。

 

「ガシュナート王のゴラーダは、こんな手を使えるような人物じゃないはずなのだけど……」


 手段を選ばない人物ではあるらしいのだが、それはあくまでも、非道な手段も厭わない、という意味に過ぎない。

 しかし現状は、確かに常軌を逸してはいるものの、非道、というわけではない。

 どちらかと言えば、計算ずくで実行した結果、人間の感情を感じられないやり方になっている、という方が感覚に近いだろうか。


「……考えた相手も、私に言われたくはないだろうけれども」


 自分もどちらかと言えば、そちら側の人間だ。

 だからこそ、見えるものもある、のかも知れないが。


「この警備網の指揮を執ってる奴は、兵士を全く信頼していない。

 何かをすることではなく、その場にいることだけを期待して配置している」


 そして、それを可能にする状況も作り出している。

 上層部に、そういう存在が、いる。


「このやり口……この、感じ……まさか……?」


 例えばそれが、人間を見下した人間以外の存在だったら、できることだろうか。

 そう考えた瞬間、レティの頭の中でいくつかの情報が結び付いていった。


 もしそうであれば、少なくともあの魔獣の大群については説明がつく。

 他の違和感についても、もしかしたら。


 はっきりとした証拠は何もないが、潜入する段階において、その存在の可能性を考慮に入れておいた方がいいのは間違いない。


「これ以上、面倒なことは勘弁して欲しいのだけれど」


 闇の中を走り、警備の網を掻い潜り、ようやっと王城の近くにまでたどり着く。

 

 ……ここまでは、ファムの情報は正しいようだ。


「さて、肝心なのは、ここから先、なのだけれど」


 視線を上げた先に見えるは、威容を誇る王城。

 この王都の中心であり、様々な機密を抱える場所でもある。

 当然、その警備は街中の比ではなく、火の明かりが絶えることなくあちこちに配置されていた。


「今のうちに、できるだけ、確認しておかないと」


 この数日間、夜通し走り、昼間に寝るという生活をしていた。

 その生活リズム自体に問題はなかったのだが、昼間の暑さの中眠るのは体力の回復が十分ではなく、夜の寒さの中走るのは体力の消耗が大きかった。

 本来は、ファムが斡旋してくれた宿で一度休んで体力を回復させるべきなのだろうが、感情がそれを受け入れてくれない。

 

 情報によれば、ガシュナート軍は今日の昼に戻ってきたらしい。

 となれば、エリーはもう、あの城の中にいる。

 そう思えば、居ても立ってもいられない。


 そもそも合流できたとしても、すぐに連れ出せるかもわからないのだ。

 またいつガシュナート軍が再度動くかわからないこの状況、少しでも動いて情報を集めておかねばなるまい。


「……国王を殺して全部解決するなら、話が早いのだけれど……」


 そんな短絡的な考えが浮かんでしまう。

 あの魔道具がそんな単純なものであればいいのだが……それも今はまだ不確定なものだ。

 

「となれば……情報を、少しでも集めないと」


 少なくとも、城内の情報を、正確に。

 そうすれば、自分一人ならどうとでもできるのだから。

 

「少しでも早く、無事を確認したいし」


 そんな本音を少し漏らして。

 レティは、闇の中、王城へと向かって走りだした。

鼠一匹入る隙のない不夜の城。

その堅固な城壁の、見えないところにヒビがある。

人は、壁を外から見て確かめる。

ヒビは、静かに内側から広がっていく。


次回:蟻の入るヒビ


彼女は、微笑みながらヒビを入れる。



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