人の宣託
ガシュナート王都の片隅に、『ファムの占い小屋』と小さな看板がかかった、文字通りの小屋がある。
王都に住む大半の人間が知らない、それだけに知る人ぞ知る、当たると一部の人間だけが知っている占い小屋だ。
昼間は客が入れ替わり立ち代わり訪れる占い小屋だが、流石に深夜ともなれば来客などあろうはずもない。
ない、はずなのだが。
コンコン、とその小屋の扉がノックされた。
その音に、部屋の中央、水晶玉が置かれたテーブルに着く四十絡みの女が顔を上げる。
正確には、二度、一度、二度、三度。
その独特なリズムを確認した店主は、ふぅ、と小さくため息を吐いた。
「いいよ、お入り」
許可の言葉を口にすれば、程なくして扉がゆっくりと開く。
その開き方すら、かつて取り交わした約定通り。
どこまで几帳面なのかと、半ば呆れながら来客を迎え入れた。
「よくここまで来れたものだね。
その合図、ジュラスティンの……ボブじいさんの手のものかい」
入ってきたのは、少女と言ってもいいくらいの若い娘。
そんな娘が、この厳戒態勢の王都へとよく忍び込めたものだと、内心で舌を巻く。
間違いなく年は若い。だというのに、この落ち着きぶりはなんなのだろう。
落ち着いているだけでなく、その雰囲気には歴戦の猛者のような、静かな凄味すらあった。
これは、見た目通りの相手ではない。
この小屋の主、ファムは表情には出さないように気を付けながら、気を引き締めた。
そんなファムの思惑を知ってか知らずか、相手の少女は相も変わらず落ち着いたものだ。
「そう、ボブじいさんの手のもの……まあ、そんなもの。
普段あまり連絡を取っていないのは申し訳ないけれど、協力してもらえたらありがたい」
そう答える少女を、ファムはしばし見つめ、観察する。
挙動に不審な点はない。落ち着き過ぎている、と言えばそれはそうだが。
やがて観察を終えたのか、小さく肩を竦めながら、ファムは小さく笑った。
「そんなもの、でもなんでもいいさ。あのじいさんがあんたを信頼して教えたんだってんなら。
で、何を『占えば』いいんだい?」
その言葉に、少女は一度沈黙した。
何かを思い出すように。あるいは確認するように。
やがて、口を開き。
「花を探しているの。高嶺の花を。どこに行けばいいかな」
そう言いながら、手を動かしてハンドサインで補足する。
その内容に、ファムはわずかに目を見張った。
言葉とハンドサインで示されたのは『王城への侵入経路を教えて欲しい』ということだったのだから。
「そいつは中々難しいね。
まずは白い花びらが十二枚必要だ」
「聞いた通り、だね。それはもう、摘んできてる」
仰々しい口調で答えてくるファムに対して、少女は即座に頷くと懐から小さな革袋を取り出した。
それを、シャラン、とわざと音が鳴るように振り、それから、テーブルの上を滑らせ、ファムへと送る。
受け取ったファムは、革袋に触れて軽く摘まみ、持ち上げて。
一度、シャランと音を立てて、振った。
「確かに、白い花びらが十二枚、みたいだね」
音で、わかる。革袋の中に入っているのはミスリル銀貨。
重さでわかる。入っているのは十二枚。
直接見て数えはしない。
この裏稼業、全ては信頼と目利きで成り立っている。
見る間でもなくわかると己の目利きを見せながら、同時に、相手の言い分を信じているとのアピールも兼ねたそのやり取り。
存外、こんな圧が効くもの、なのだが。
目の前の少女は、感心したような色こそあれ、怯んだ様子なぞない。
むしろ、指先の感覚だけで重さを把握したことに、純粋に感心しているのではないか、という気配すらある。
やりにくい。
なぜか、ファムはそう思ってしまった。
「じゃあ、教えてもらえる?」
少女の問いに、ファムは手を挙げて押しとどめる。
「お待ち。その道筋は簡単に消えちまう。
他言無用かつ、一度きりしか告げられない。
加えて、この花はね、書き留めたら紙ごと燃え上がっちまう。
だから、一度聞いただけで覚えるんだよ、いいね」
意訳すれば、他の誰にも知られてはいけない程のネタであり、証拠が残るような形では伝えられない、ということ。
ファムの言葉に、こくりと少女は頷いた。
ネタがネタだ、ファムの要求は至極まっとうなもの。
むしろ、まだ甘いくらいのものだろう。
「それは、大丈夫。そのつもりで来たから」
予測していたらしい少女は、間髪入れずに答える。
その返答に、ファムは内心で舌を巻く。
この少女は、どこまで覚悟を決めて、ここまで来たのだろうか。
そんなことが、ふと気になってしまった。
「そうかい、じゃあ、心して聞くんだよ、神様からのお告げだ」
少女が聴く体勢になったのを確認したファムは、暗喩的に隠し、ぼかした情報を告げていく。
当たり前だが、誰にでも教えられる類の情報ではない。
けれど、この少女を疑うことなど、なぜかできなかった。
あるいは、ボブじいさんの手の者だから、ということもあるのだろうか。
それ以上に。
なぜだかこの少女には、疑う、ということができなかった。
そして、情報料に見合うだけの情報を伝えきると。
「……わかった、ありがとう」
その言葉に、思わず瞬きをしてしまう。
ありがとうなど、言われたのはどれくらいぶりだろうか。
思わず緩みそうになる頬を、必死に押しとどめ、無表情を貫き通す。
「さてね、礼を言われる程の物かどうか。
正しいかどうかは神のみぞ知る、だ」
そう答えながら、今更ながらに確信する。
この少女は、間違いなくボブじいさんの手のものだ。
あのじいさんも、どこかこうやって人の口を軽くし、言葉を引き出すところがあったから。
「じゃあ、続きは神にでも聞くことにする」
そして、こうやって最後には、自分で背負うのだから。
そんなことを、去り行く少女の背中を見ながら、思っていた。
下りくる夜の闇を拒否するかの如く、火が焚かれる。
そこは眠らない街。眠れない街。何かが待ち受ける街。
明かりに照らされ、兵士が行き交い、活気を失った街を少女は走る。
次回:夜のない城
誰も寝てはならぬと、誰が言ったか。
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