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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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人の宣託

 ガシュナート王都の片隅に、『ファムの占い小屋』と小さな看板がかかった、文字通りの小屋がある。

 王都に住む大半の人間が知らない、それだけに知る人ぞ知る、当たると一部の人間だけが知っている占い小屋だ。

 昼間は客が入れ替わり立ち代わり訪れる占い小屋だが、流石に深夜ともなれば来客などあろうはずもない。

 ない、はずなのだが。


 コンコン、とその小屋の扉がノックされた。

 その音に、部屋の中央、水晶玉が置かれたテーブルに着く四十絡みの女が顔を上げる。

 正確には、二度、一度、二度、三度。

 その独特なリズムを確認した店主は、ふぅ、と小さくため息を吐いた。


「いいよ、お入り」


 許可の言葉を口にすれば、程なくして扉がゆっくりと開く。

 その開き方すら、かつて取り交わした約定通り。

 どこまで几帳面なのかと、半ば呆れながら来客を迎え入れた。


「よくここまで来れたものだね。

 その合図、ジュラスティンの……ボブじいさんの手のものかい」


 入ってきたのは、少女と言ってもいいくらいの若い娘。

 そんな娘が、この厳戒態勢の王都へとよく忍び込めたものだと、内心で舌を巻く。

 間違いなく年は若い。だというのに、この落ち着きぶりはなんなのだろう。

 落ち着いているだけでなく、その雰囲気には歴戦の猛者のような、静かな凄味すらあった。


 これは、見た目通りの相手ではない。

 この小屋の主、ファムは表情には出さないように気を付けながら、気を引き締めた。


 そんなファムの思惑を知ってか知らずか、相手の少女は相も変わらず落ち着いたものだ。


「そう、ボブじいさんの手のもの……まあ、そんなもの。

 普段あまり連絡を取っていないのは申し訳ないけれど、協力してもらえたらありがたい」


 そう答える少女を、ファムはしばし見つめ、観察する。

 挙動に不審な点はない。落ち着き過ぎている、と言えばそれはそうだが。


 やがて観察を終えたのか、小さく肩を竦めながら、ファムは小さく笑った。


「そんなもの、でもなんでもいいさ。あのじいさんがあんたを信頼して教えたんだってんなら。

 で、何を『占えば』いいんだい?」


 その言葉に、少女は一度沈黙した。

 何かを思い出すように。あるいは確認するように。

 やがて、口を開き。


「花を探しているの。高嶺の花を。どこに行けばいいかな」


 そう言いながら、手を動かしてハンドサインで補足する。

 その内容に、ファムはわずかに目を見張った。

 

 言葉とハンドサインで示されたのは『王城への侵入経路を教えて欲しい』ということだったのだから。


「そいつは中々難しいね。

 まずは白い花びらが十二枚必要だ」

「聞いた通り、だね。それはもう、摘んできてる」


 仰々しい口調で答えてくるファムに対して、少女は即座に頷くと懐から小さな革袋を取り出した。

 それを、シャラン、とわざと音が鳴るように振り、それから、テーブルの上を滑らせ、ファムへと送る。

 

 受け取ったファムは、革袋に触れて軽く摘まみ、持ち上げて。

 一度、シャランと音を立てて、振った。


「確かに、白い花びらが十二枚、みたいだね」


 音で、わかる。革袋の中に入っているのはミスリル銀貨。

 重さでわかる。入っているのは十二枚。

 直接見て数えはしない。


 この裏稼業、全ては信頼と目利きで成り立っている。

 見る間でもなくわかると己の目利きを見せながら、同時に、相手の言い分を信じているとのアピールも兼ねたそのやり取り。

 存外、こんな圧が効くもの、なのだが。

 目の前の少女は、感心したような色こそあれ、怯んだ様子なぞない。

 むしろ、指先の感覚だけで重さを把握したことに、純粋に感心しているのではないか、という気配すらある。


 やりにくい。

 なぜか、ファムはそう思ってしまった。


「じゃあ、教えてもらえる?」


 少女の問いに、ファムは手を挙げて押しとどめる。


「お待ち。その道筋は簡単に消えちまう。

 他言無用かつ、一度きりしか告げられない。

 加えて、この花はね、書き留めたら紙ごと燃え上がっちまう。

 だから、一度聞いただけで覚えるんだよ、いいね」


 意訳すれば、他の誰にも知られてはいけない程のネタであり、証拠が残るような形では伝えられない、ということ。


 ファムの言葉に、こくりと少女は頷いた。

 ネタがネタだ、ファムの要求は至極まっとうなもの。

 むしろ、まだ甘いくらいのものだろう。

 

「それは、大丈夫。そのつもりで来たから」


 予測していたらしい少女は、間髪入れずに答える。

 その返答に、ファムは内心で舌を巻く。

 この少女は、どこまで覚悟を決めて、ここまで来たのだろうか。

 そんなことが、ふと気になってしまった。


「そうかい、じゃあ、心して聞くんだよ、神様からのお告げだ」


 少女が聴く体勢になったのを確認したファムは、暗喩的に隠し、ぼかした情報を告げていく。

 当たり前だが、誰にでも教えられる類の情報ではない。

 けれど、この少女を疑うことなど、なぜかできなかった。

 あるいは、ボブじいさんの手の者だから、ということもあるのだろうか。


 それ以上に。

 なぜだかこの少女には、疑う、ということができなかった。


 そして、情報料に見合うだけの情報を伝えきると。


「……わかった、ありがとう」


 その言葉に、思わず瞬きをしてしまう。

 ありがとうなど、言われたのはどれくらいぶりだろうか。

 思わず緩みそうになる頬を、必死に押しとどめ、無表情を貫き通す。


「さてね、礼を言われる程の物かどうか。

 正しいかどうかは神のみぞ知る、だ」


 そう答えながら、今更ながらに確信する。

 この少女は、間違いなくボブじいさんの手のものだ。

 あのじいさんも、どこかこうやって人の口を軽くし、言葉を引き出すところがあったから。

 

「じゃあ、続きは神にでも聞くことにする」


 そして、こうやって最後には、自分で背負うのだから。

 そんなことを、去り行く少女の背中を見ながら、思っていた。

下りくる夜の闇を拒否するかの如く、火が焚かれる。

そこは眠らない街。眠れない街。何かが待ち受ける街。

明かりに照らされ、兵士が行き交い、活気を失った街を少女は走る。


次回:夜のない城


誰も寝てはならぬと、誰が言ったか。


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