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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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烽火は走るか

 コルドバを出てから二日目。

 レティは、ガシュナートの本陣があったと報告された場所へとたどり着いた。

 当然既に本陣は跡形もなく引き払われており、大勢の人間が居て大量の物資があった、その痕跡が残るばかり。

 基礎的な知識教養はそれなりに持っているレティだが、軍事軍略を専門的に学んだことはない。

 そのため、この痕跡から何かを読み取ることなどはできなかった。


 ただし。


「……やっぱり、あっち……ガシュナートの王都へ向かってるのは間違いない、ね……」


 当然、人間の足跡や荷車の轍はそのまま残っている。

 それらは隠すつもりなど毛頭もないほど明確に、移動先を指し示していた。


「確かに、こちらは追撃をかけるなんてとてもできないけれど」


 数の上では未だ負けており、キマイラなどもまだいくらか残っている。

 となれば、追撃をかけても碌なメリットはない。

 そのことはゲオルグもわかっているし……恐らく、ガシュナート王ゴラーダもわかっているだろう。

 少なくとも彼は、最低限以上の軍略は学んでいる。

 でなければ、これだけ鮮やかに撤退することはできなかっただろう。


「……となると、ただ撤退するわけもない、か」


 恐らく、何某かを残しながら撤退しているはずだ。

 追撃はほぼないと考えられる以上、罠のようなものではないだろうが。

 

「見張りを残している、くらいはするだろうね……」


 もしそうであれば、少し面倒だ。

 戦争直後のこのタイミングで、一人ガシュナート王都に向かう女。

 明らかに、一般人とは思えないだろう。

 かと言って、手をこまねいてこの場に留まるわけにはいかない。

 

「とりあえず、もう少し進んでみるか……」


 そう呟くと、レティは再び馬に乗り街道を南へと向かった。





 それから数時間の内に、ゆらゆらと立ち上る狼煙を見つけたレティは、馬から降りて街道を逸れる。

 馬を木につないで、物陰を伝うようにして煙の方へと向かえば、簡易の天幕を見つけた。

 人数は三人。交代で見張る要員と、連絡員と、だろう。

 街道の方を、張り詰めてはいないが油断しきってもいない。

 そんな見張りの様子を、街道から外れたところにある茂みに身を潜め観察することしばし。

 狼煙の様子が変わったのを見て、見つかったか、と周囲を警戒するも、特に何も起こらない。


 街道沿いのさらに向こうを見れば、もう一本上がる狼煙。

 その様子も、一時的に変わり、また元に戻った。


「定時報告的なもの……? となると、面倒」


 例えば、この見張り達を仕留めてしまうことは簡単だ。

 だが、1時間だかその半分だかの時間で送る定時報告の合間に、見つからないように移動して次の見張りのところに辿り着くのは、恐らく不可能だろう。

 そうなれば、すぐに異常に気づかれ、狼煙と連絡員の両方で王都へ向けて伝わるはず。

 少なくとも、狼煙の連絡を止めることはできないだろう。

 となれば、これから潜入しなければならない王都の警戒体勢が厳重になってしまうことになる。

 それは、よろしくない。


「どうするにしても、あなたとはここまで、だね。

 馬宿に帰りなさい」


 一度馬のところまで戻ったレティは、そう声を掛けて馬を解き放った。

 その言葉を理解したかのように、馬は元来た道を戻って行く。

 本当に、良く訓練された馬だと、感心する。


 そして、馬が去っていくのを見送ったレティは、くるりと振り返った。

 見張り達はこちらに気づいた様子はない。


「さて、どうしたものかな……」


 呟き、空を見上げた。夕暮れが迫る空を。

 しばし見上げたまま考えて……まとまったのか、うん、と一つ頷いた。





 日が落ちた街道を、レティは足音も立てず走る。

 と、遠目に明かりが見えたのに気づき、すぐに街道を逸れて裏へと周んでいく。

 そのまま夜の闇に紛れながら慎重に進めば、遠目に見える天幕と、そこに詰める三人。

 

「ここにもいたか……大体、5㎞間隔くらい、かな……」


 小さく呟きながら、遠巻きに観察する。

 交代で眠っているのか、三人のうち一人は横になっているようだ。

 狼煙は、夜とあって上がってはいない。

 また、街道の方ばかりを見ているように見えるが、基本的に想定している監視対象は、街道を進むそれなり以上の規模の軍隊なのだろう。


「なら……夜に遠回りすれば、いける、か」


 そのまま夜の闇に溶け込み、天幕から距離を置いて移動を始めた。

 一晩で到達できる距離であればこの見張り達を潰していくのもありだが、王都まではまだ数日かかる。

 その間異常を悟らせないように、というのは一人では流石に無理だろう。


 逆に、ただ迂回するだけの場合、夜の闇を利用すれば難しいことではない。

 明かりとして使っているのは焚火ばかり。それ以上は必要ないとの判断だろう。

 実際、ある程度以上の規模の軍隊が侵攻してくれば、馬のために相当明かりを点けるので、遠目にも目立つはずだ。

 仮に歩兵だけだとしても夜目が効く者ばかりで構成すれば規模は相当に小さくなる。

 そんな規模で夜間に進軍する意味はほとんどない。


 そう割り切ってのこの配置であれば、夜間に単独行動するレティのような人間が見つかることはほとんどないだろう。

 そもそも見つける気がないのだから。

 しかし、ということは。


「……王都に入ってから、が大変かも」


 これだけ見張りを配置していく程度には気が回るのだ、王都の中が無防備なはずはない。

 むしろ、密偵を引き込んで、ということも考えられる。

 

「それでも、行くしかないんだけど、ね」


 そして、ある程度天幕から距離を取ったところで、またレティは駆け出した。


そびえたつは、全てを拒絶するかのごとき城壁。

張り巡らされた網は、アリの一匹も逃さぬかのよう。

だが往々にして、万全の準備にこそ穴がある。


次回:立ちはだかる物、越えるもの


かつてのごとく、すり抜けるのはお手の物。



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