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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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一人の旅路

 会議が終わり、それぞれが与えられた役割へと散っていく。

 レティもまた、ガシュナートへと向かうべく部屋を出て行った。


 その様子を見守っていたゲオルグは、全員がいなくなったところで大きくため息を吐く。


「ったく、これで変な気は起こされずにすんだかね」

「まったく、閣下は本当にイグレット嬢には甘いですな」

「うるっせぇ、しかたねぇじゃねぇか、こればっかりはよ」


 唯一残っていた副官が揶揄うように声をかけ、ゲオルグは笑いながら返す。

 まだ、普段の笑い方よりは硬いが。それでも、少しは笑えるようになったようだ。


「確かに、なんというか保護欲を持ってしまう方ではありますが」

「だろ? そのくせ律儀で、やることはきっちりやり通す。

 そんな奴をちょっと贔屓したくらいなら、罰は当たるめぇよ」


 むしろ、彼女が今までしてきたことを考えれば、バランディアは相当に借りを作ってしまっている状態だ。

 かつてのクーデターしかり、今回の防衛戦しかり。

 返済するどころか、さらに抱え込んでしまっている状態ですらある。


 また、当の本人達が、貸しを作っているだなどとまるで思っていない様子だから、たまらない。

 利子に熨斗を付けて叩き返してやらねば大人の面子が立たないというもの。

 これが返済のチャンス、と言えば語弊があるが。


「そうですな、むしろ兵達も『借りを返してやる』だとかで士気が上がっているくらいですし。

 この状況で」


 この状況、を敢えて詳しくは言わない。

 誰よりもゲオルグが良くわかっているし、一言で言えば絶望的だ。

 レティがエリーを回収する、それができなければ終わり、なのだから。


 それは、兵達もそれとなくわかっているはずなのだが。

 それでも彼らは、まだ諦めていない。


「ほんとつくづく能天気で諦めの悪い連中だぜ。

 一体誰に似たんだかなぁ」

「どう考えても閣下でしょう」

「そいつは、誉め言葉だよな?」

「私が閣下に甘かったことなどないでしょう?」

「ったく、ほんっと俺にだけは手厳しいなぁ、お前は」


 そう笑いながら、ドアを見る。

 あのドアを潜って出て行った彼女は、少しだけ歩きに力が戻っていた。

 まだ、本調子には程遠い、が。それでも。


「ちったぁ、背中を押すくらいはできたかね?」


 せめて、それくらいはできなければ、とも思う。

 少なくとも、年齢だけは重ねている身なのだから。


「それくらいはできていただかないと困ります」

「どこまで厳しいんだよ、おい」


 ジト目になって言い返しながら。

 ゲオルグ自身も、立ち上がる。


 まずは城壁の状態を視察、それから修繕計画、兵の再配置、大型兵器の再配置。

 やることは山積みだ。

 だが、それらは慣れている、大したことはない、と自身に言い聞かせる。

 もっと困難なことを、彼女に依頼したのだから。

 だったら、弱音など吐いている暇はない。


「おっさんの仕事ぶり、見せてやりますかね」


 自身に気合を入れるためにも、そう嘯いた。





 そして。

 会議から半刻もしない内に、レティはまた馬上の人となっていた。


 以前馬を借りた馬宿から、また借りて。

 さすがに以前借りた馬は疲労が回復していなかったために、別の馬ではあった。

 だが、この馬も前の馬と同じで、よく教育されている。

 本当にいい馬宿を紹介してもらったものだ、と思う反面。


「ルドルフや会頭に挨拶してこなかったのは、申し訳ない、かな……」


 そんなことを、思わずつぶやいてしまう。

 エリーがいないことに、彼らが気づかないはずがない。

 そして、間違いなく心配をかけてしまうだろう。

 なんだかそれは、申し訳ない気がした。


「……教えなかったことを怒られる気もする、けど」


 彼らだったらむしろ、協力を申し出るような気もする。

 合理的に考えれば、それを狙った話をするべき、のはずだなのだが。

 なぜだか、それはしたくなかった。


「私も、変わっちゃったな」


 そして、それが嫌ではない。

 何故ならば。


「全部、エリーのせいだ」


 小さく、つぶやく。

 

 彼女と出会ってから、急速に世界が変わっていった。

 知らなかった世界を垣間見て、踏み込んで、体験した。

 何よりも、知らなかった感情を、感触を、教え込まれた。


 それらを教え込まれた今の自分は……決して嫌いではない。


 そして、それだけに、それを教えてくれた彼女がいないことに。


 不満を、覚える。


「絶対、こんなの許さない」


 最初は、全てを奪われてしまったかのような絶望感があった。

 次に、一人になってしまった不安を抱え込んだ。


 だが、今為すべきことを与えられて、心の中で一番大きくなったのは、不満だった。

 彼女を自分から引き離すなど、あってはならないこと。

 それは、是正されるべき理不尽なのだ、と。


「……ゲオルグには、感謝しないといけないかな……」


 『どうしよう』ばかりが頭の中に渦巻いていた時に、『こうしろ』を与えられた。

 ただそれだけのことで、やることが明確になり、感情が整理された。

 なんとも、感情とは不思議なものだと思う。

 そして、やはり年長者であるゲオルグは、その辺りを知っているのだろうな、とも思う。


「尊敬したのは、二度目、かな」

 

 呟いて、ゆっくりと背後を振り返る。

 既に城壁の修繕が始まったコルドバは、しかし、まだ痛々しい姿をしていた。

 これ以上、あの街を傷つけたくはない。

 いつの間にか大事になっていた彼らがいる街を。


「必ず、エリーを連れて帰ってくるから、ね」


 小さく、誰ともなしに、約束して。

 それから、前を向いた。

 

 目指すはガシュナート、王都。密偵によれば、なぜかそこまで軍を引こうとしているらしい。

 一度も行ったことがないそこへは、『跳躍』で飛ぶことはできない。

 エリーのいる場所自体はもちろん探査魔術で知ることはできるが、『跳んだ』瞬間に周囲は敵だらけ、という可能性は十分にあるのだから、迂闊に跳ぶわけにはいかないだろう。

 そこにもどかしさはあるが、焦りは、大分収まった。


「絶対、なんとか、してみせる」


 そして、なんとか、できる。

 そう信じながら、レティは馬を南へと向かって進めていった。

傍から見れば順風満帆、その実態は満身創痍。

戦場では、往々にしてハッタリが物を言い、ハッタリを使うものはハッタリに泣く。

それもまた、戦場の習い。


次回:噛み合わない歯車


ガタリ、ゴトリ、密やかに。



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