二体目のマナ・ドール
そこに立っていたのは、長い黒髪を無造作にのばしっぱなしにした少女。
外見は折れそうな程に細く、先程の攻撃をしてきたのが彼女だとは、とても信じられない。
エリーからジェニーと呼ばれた少女は、ゆっくりと顔を動かした。
やがて、エリーの顔を認識したらしく、しばらくその顔を見つめて。
「エリミネイター。あなたは敵か」
「くっ……そう、なります、ね……」
ジェニーの問いかけに、エリーは苦し気な顔で答える。
出力補正がかかっているとはいえ、今見せつけられたように、それをもってしてもなお、戦略級であるジェニーの出力には敵わない。
このまま戦闘が続行となれば、無理をしてあちこち傷んだ身体では、とてももたないだろう。
そのことはエリーも、そして側にいるレティも感じ取っていた。
彼女が単独で来ているならば、打つ手はあるのだが……当然、随伴する兵が何人もおり、その周囲は固められている。
もし『跳んで』接近してからの不意打ちを実行しても、直後に討たれる可能性があるとなると、実行するのは最後の最後になるだろう。
打開策を考えながら対峙することしばし。
兵士達が割れるように道を開け始める。
何事か、と観察していると、後ろから豪奢な衣装を身にまとった偉丈夫が姿を見せた。
「あん? なんであいつら生きてんだ?
街も無事だしよ」
「想定外の事態が発生。
戦闘・戦術級マナ・ドール、エリミネイターの結界により防御された」
「は? あっちにもいたってのかよ。しかし、戦闘・戦術級ってことは、お前より弱いんじゃねぇのか?」
「正確には、私の出力があちらの6倍以上。それも含めて想定外」
「ほう……そいつは聞き捨てならねぇな」
元々、戦略級マナ・ドールは戦略拠点の単独撃破を目的として設計、製作されたものだ。
当然出力は戦闘・戦術級よりも遥かに高く、反面、情報処理能力などは低い。
また、細やかな出力制御などもあまり得意ではなく、戦略拠点を使い物にならないレベルで破壊することが多かったため、初期にだけ作られていた、という経緯がある。
それでも、使いどころがないわけではなく、幾度か戦場に投入されたことがあった。
エリーはその時に数回顔を合わせたことがある。
大雑把に状況を把握した男、ゴラーダはニヤリと嫌な笑みを見せた。
それを見て、ぞくりとエリーの背筋に不吉なものが走った。
この男は、危険だ。そう、何かが告げている。
「あいつ……ガシュナート王ゴラーダじゃねぇか……? なんでこんなところに居やがる」
背後からゲオルグの声が聞こえた。
さすがに直接顔を見たことはないが、身に着けた紋章は知っているもの。
であれば、なぜこんな場所に来ているのか。
本来、王など軍の最上位にいるものは、前線に出てくるべきではない。
何かの間違いがあった場合、一気に軍が崩壊するからだ。
例えば今の状況。
ガシュナート側の兵は二千人程、対する第三騎士団側は約三千がほぼそのまま残っている。
ここで攻撃を仕掛ければ、この戦に勝利することは十分可能だ。
ただし、相手に正体不明の魔術攻撃の使い手がいなければ。
恐らくゴラーダは、だから前に出てきたのだろうし、ゲオルグも、だから攻撃命令を出せないでいる。
正確に言えば、相手はどうやら伝説のマナ・ドールらしいことは、わかった。
それが本当か、を確かめる術などありはしないのだが。
ただ……状況としては、そう信じざるを得ないのも事実。
故にゲオルグは、うかつに動けなかった。
そんなゲオルグの心理も、レティやエリーの困惑もまるで意に介していないかのように、ゴラーダはしばしエリーの様子を眺めやり。
「まさか、そんだけ状態のいい特殊個体がいてくれた上に、わざわざ出向いてくるったぁな。
なんともありがたい」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらの言葉に、耳を疑う。
ありがたい? 一度とは言えあの攻撃を防いだエリーが、敵方にいることが?
レティもゲオルグも、その言葉を訝しむ。
そして。
エリーだけが、ある可能性に気づいて顔を青ざめた。
「ま、まさか!?」
悲鳴のようなエリーの声に、ゴラーダは楽し気で残酷な笑みを見せる。
「中々察しがいいじゃねぇか。
その通り、俺にはこれがある」
そう言いながらゴラーダは、一本の短い杖を取り出し、見せつけるように掲げた。
精緻な紋様が刻み込まれたそれは、一目で魔道具の類とわかるもの。
恐らくは、古代魔法文明の遺物。
それを、エリーは酷く怯えた目で見ている。
「エリー? あれは、一体、何?」
「あれは、あれはっ! 『マスターキー』と呼ばれていた魔道具でっ!」
まずい、あれを使われてしまえば。
そんなエリーの内心を読み取ったかのように、ゴラーダが唇を歪めた。
「そう、こいつは『マスターキー』、効力は……今から実際に見せてやろうじゃねぇか」
ゴラーダが、杖をエリーへと向ける。
杖が青い光を放ち……エリーの身体がびく、と反応した。
「戦闘・戦術級マナ・ドール、エリミネイター。
『アーク・マスター』権限において命ずる。マスター権限を移行せよ」
「いやっ、やめて、やめてください!」
その言葉にエリーは頭を押さえ、首を振って抵抗を見せた。
脳内にまで青い光が侵入してくるような感覚。
その光の侵入に抵抗する様子を見せながら、頭の片隅で考える。「間に合うか?」と。
「エリー!? どうしたの、しっかりして! まさか、あれ!」
エリーの様子に慌てたレティが、肩を揺さぶってきた。
そう、あれは……何とか、情報を伝えようと口を開こうとする、が体の自由がどんどん失われていく。
「ち、思ったより時間がかかるな、さすが特殊個体」
「てめぇ、エリーなにしやがった!」
ゲオルグが、第三騎士団の兵達が槍を構えるが、ジェニーが攻撃姿勢を取ったのを見て、動きを止める。
そんな僅かな時間の後。
ついにエリーの思考は青い光に染められ、がくり、とその場に膝をついた。
「エリー? エリー!」
慌ててレティがエリーの肩を掴み揺さぶるが、ぴくりとも反応しない。
そんな様子を、ゴラーダが満足そうに見ていた。
「よーし、そんじゃ、こっちに来い、エリミネイター」
「……はい、マスター」
ゴラーダの声に、普段のエリーからは想像もできない程に平板な声が聞こえた。
そして、ゆっくりと機械的な動作で立ち上がる。
「エリー、エリー!!」
引き留めようとレティが腕にしがみつくが、あっさりと振り払われた。
まるで虫でも追い払うかのように、無雑作に。
全く力加減なく地面に放り出されたレティは、ゴラーダの元へと向かうエリーを、茫然として見ている。
何が、起こったのか。理解はしたが、頭がそれを拒絶している。
そんなレティを振り返ることもなく、エリーはゴラーダへと、ガシュナート軍側へと歩いていった。
ゴラーダは、エリーをニヤリとした笑顔で迎えて。
「さて、早速だが……連中を攻撃しろ」
「はい、マスター」
その言葉にゲオルグ達が慌てて盾を構え、攻撃に備えた。
だが、エリーは確かにこちらに腕を向けているのだが、あの恐るべき光弾は、降り注がない。
「異常発生。魔力伝達回路消耗。情報処理回路過負荷。
魔術攻撃の使用不可」
「ち、あんだけやりあった上にジェノサイダーの攻撃を止めたんだ、仕方ねぇか。
修復機能は働いているか?」
「働いています」
「ならいい。お楽しみはお預けだがな」
残念そうに肩を竦めたゴラーダが、ゲオルグ達へと向き直る。
「ってことで、今日は痛み分けってことにしてやらぁ!
だが、こいつは頂いていくぜ」
そう宣言すると、ゴラーダは背中を向け、本陣へと戻り出す。
その言葉に、レティがはっと顔を上げた。
「待て! エリーを、返せ!!」
抜剣し、追いすがろうとしたレティを、ゲオルグが慌てて抱え込み、引き留める。
「馬鹿野郎! いくらお前でもあそこに突っ込むのは自殺行為だ!
……それに、お前なら後からなんとかできるだろうが!」
最後の言葉は、レティにだけ聞こえるように耳元で小さく。
だが、そんな理屈で今のレティは止められなかった。
「嫌だ! エリー! エリーを返せ!!」
必死にもがくレティを、ゲオルグも渾身の力で引き留める。
レティの悲痛な声に返されたのは、ゴラーダの高笑いだった。
積み重ねた絆は、あっさりと奪われた。
その痛みは、喪失は、時に暗い炎の燃料となる。
その炎が彼女にもたらすものとは。
次回:決意
見据えた先にあるのは、光か、闇か。
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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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