見え隠れするもの
剣術大会の優勝者を労う宴から一夜明けた王城。
その一室に、レティ達は集まっていた。
「これが、姐さんとエリーが仕留めてくれた奴の検分報告書だ」
そういいながら、バトバヤルが一束の書類を見せてくる。
男の人相、風体、着ていた服のデザインから材質にいたるまで、事細かに。
また、魔術的な調査も行われており、その結果も記載されている。
「姐さんの話からもわかっちゃいたが、残留していた魔力の解析からも、やはり魔族だったようだ。
それなら、うちの魔術師連中が欺かれたのもわからなくはない」
バトバヤルは渋面を作りながら報告書から目を上げ、ドミニクやレティ達へと視線を巡らせる。
何しろ、魔術による不正がないかの事前検査でカーチスが魔術によって動いていたことや体内に魔核が埋め込まれていたことを検知できず、そのまま大会に出られてしまったのだ。
セキュリティ面を考えると、それは看過していいことではない。
だが、小さくため息を吐いて。
「ま、気付かなかったのが今回は幸いした、とも言えるかね……。
うかつに気づいて、受付で暴れられでもした日にゃぁ、どうなっていたことか」
結果論ではあるが、とも付け加えるが、その部分でだけは安堵もする。
今回、決勝の舞台という隔離された場所だったから、レティ一人にだけ攻撃が向き、結果として被害者は出なかった。
もしそれが、多くの人間でごったがえす検査場だったら。
想像して、バトバヤルは背中に冷たいものを感じた。
「それはそれ、対策は講じないといけませんが、ひとまずは良かったじゃないですか。
……肝心なのは、魔族連中が何を考えてるか、でしょう」
ドミニクが、バトバヤルに気楽そうな声を掛ける。
だが、すぐに表情も声も引き締まり、真剣なものになった。
「まあ、確かに、な。
今回の件はあくまでも連中が取った手段でしかねぇ。俺の首を取ることすら、な。
ガシュナートの動きも考えると、ガシュナートにこっちを併合させようって腹だったのかもしれねぇが……。
それを、なんで魔族連中が誘導している?」
バトバヤルの言葉に、沈黙が落ちる。
彼の問いに対する答えなど、誰も持ち合わせてはいない。
だが。
「……陛下。何か、アマーティアに関するものはなかった?」
「は? ああ、いや……待てよ」
唐突なレティの問いかけに、バトバヤルが何かを思い出したように書類をめくる。
そして、あるページに辿り着き、手を止めた。
「……あったな。アマーティアの発行した、通行手形。
なんだこりゃ、巡礼手形じゃねぇか」
「巡礼手形ってぇと、大体の国がまともな検査も通行税も無しに通れるってもんじゃないですか。
アマーティア教団の偉いさんの承諾がないと発行できないっていう」
アマーティア教は大陸の各地に教会を持ち、また、様々な土地を聖地として認定している。
それら教団ゆかりの地を巡るために発行されているのが、巡礼手形だ。
本来は、教団が認定した巡礼者にしか手にすることができないはず、なのだが。
「ってことはあれかい、教団は俺を殺そうっていう工作員に巡礼手形を渡したってことか」
「そうなりますねぇ。
表立って陛下を『神罰対象』にしてないのに、ってことは一部の連中が勝手にやったのか、それとも裏でこっそりやりたかったか?」
いきり立ちそうだったバトバヤルが、ドミニクの言葉にぐっと感情を飲み込む。
『神罰対象』とは、アマーティア教団が神の敵として認定した存在のことだ。
これは教団のネットワークを通じて広く流布され、アマーティア教徒共通の敵と見なされる。
だが、強力なものだけに、よほどの悪行がない限り認定はされない。
例えばコルドールを良く治め、国民から人気が高いバトバヤルを『神罰対象』にしてしまえば、自立心が高くそこまで信仰心が篤くないコルドールの民がどう反応するか。
そんなことを考える程度には、彼らは俗物だ、とバトバヤルもドミニクも認識している。
「そこらへんは、これから調べないと、だな。
しかしイグレット、なんだってまた、アマーティアなんて単語が出てきたんだ?」
「……詳しくは言えないのだけど。
バランディアで巻き込まれたごたごたが、魔族とアマーティア絡みだった」
「なんだと?」
レティの言葉に、バトバヤルの顔色が変わる。
国境を接するバランディアでも、アマーティアの手の者が暗躍していた。
これは、看過していい事態ではない。
「イグレットそいつは、詳しく言えない、とか言われても困るんだがな」
「そう言われても……話していいかは、リオハルト陛下に聞かないとなんとも」
「……わかったわかった、そんじゃ教えてもらえるかはわからんが、問い合わせてみることにしよう」
レティの言葉に、バトバヤルはあっさりと引いた。
その内心で、様々な思考を働かせながら。
豪快に見えるバトバヤルだが、情報の大事さもよく知っている。
そのため、バランディアで起こった様々な出来事もある程度は把握している。
今、レティはリオハルトに聞かないと、と言った。
つまり、彼と面識があり、彼が情報開示に制限をかけるような事件に巻き込まれた、と匂わせたわけだ。
さすがにそれを、明確にするような言葉で問い詰めるわけにはいかない。
「んじゃぁ、親書をお前さんらに預けた方がいいかね?」
「いや、さすがにそれはどうかと思う……」
「責任が重大過ぎて、ちょっと……早馬の方がよろしいのでは」
冗談めかした言葉に、レティもエリーも困ったような顔を見せた。
ということは、密偵だなんだと、使われている立場でもないらしい。
「ああ、それもそうだな、そっちはこっちで手配しよう。
こんだけ世話になったお前さんらをこれ以上使っても申し訳ないしな」
そう言うとバトバヤルは、話に一区切りをつけるかのように、一つ手を打ち合わせた。
「それはそれとして、だな。
今後のことなんだが……姐さんはツェレンに剣を教えてくれるとして、だ。
お前さんらはこれからどうするんだ? うちに残るってんなら、それなりの地位を用意するぜ?」
バトバヤルの直球の勧誘に、レティとエリーは顔を見合わせ。
すぐに、小さく首を振った。
「折角だけども。
一度、バランディアに戻ろうかと」
「そうですね、クォーツのお家の様子を見に行かないと」
エリーの修復を優先して、すっかり放置していた、元セルジュのアトリエ。
マチルダが手入れしてくれているから、荒れ放題ということはないはずだが。
こうやって落ち着くとやはり気になるのは気になる所である。
「そうかい、そいつは残念だなぁ。
まあ仕方ない。気が変わったらまた来てくれよ、歓迎するぜ!」
そう言ってバトバヤルが右手を差し出す。
差し出されたそれを、レティはしっかりと握り返した。
躍り出た、光の当たる世界。
そこで巻き起こった風は、まだ凪ぐには至らず。
人々に、熾火のような熱を残して去っていく。
次回:見送られる日
そしてまた、旅が始まる。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




