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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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カーテンコール

 ごう、と空気が震えた。

 音が、風が、爆ぜる。

 そして、地面が打ち砕かれた。

 だが、そこには誰もいない。

 彼が狙った女はすでに間合いを取っていた。

 その姿に釣られて真っ直ぐ向かうも、踏み込んだ僅か後、方向を変えられないタイミングで横に流れて視界に捉えきれない。

 強烈な威力を生む巨体は、苛烈な慣性も生じさせる。

 振り下ろす拳を止めるには、その体は、腕は、あまりに重すぎた。


 空しく地面を打ったその刹那、振り下ろした腕に、踏み込んだ足に生じる痛み。

 いや、痛み、のはずだが。もはやそれを、痛みと認識することもしていない。

 怯まず動くその体を観察しながら、レティは小さくため息を吐いた。


「……わかってはいたけど。もう、とっくに人間じゃないんだね」


 どうにも、若干の哀れみは感じてしまう。

 不死の存在に作り替えられたということは、それを為した存在がいる、ということ。

 つまり今の彼は、ただの道具になり果てていた。

 まだ、先程までの鎧姿の方が幾分もましだったろうに。

 もうこうなってしまっては、意志ある存在とは言えまい。


 それは。

 まかり間違えば、自分が辿っていたかも知れない道筋。

 グレッグがもう少しだけ、利己的な男であれば。

 もしもあの日、依頼を受けなければ。

 

 何よりも、あの時、勝てなければ。

 惨めに使い捨てられる道具になり果てていたのは、きっと、自分だ。


 だから、少しばかり、哀れに思う。

 それは、自業自得ではあるものの。


「ナンデダァァァ!!! ナンデダァァァァァ!!」


 咆哮は、永遠に答えの得られない問いかけ。

 問いかける彼自身が、既に答えを聴く耳を持っていないのだから。

 であえれば、与えるべきは。


 思考は、彼の腕が横に払われたことで中断させられた。


 長大とはいえ、所詮は腕。間合いをとれば、掻い潜れる。

 そして、かわしてできた隙に、踏み込んだ。

 今度はこちらの番、と思ったその瞬間。

 彼が無理に踏みとどまり、足を振り上げたのが見えた。

 バキン、ベキン、と何かが折れる音。

 軸足から鈍い音を響かせながら振り上げられた足が、振り下ろされる。

 だが、二動作も必要とする蹴りなど、当たるわけがない。

 振り下ろされる足、そのギリギリを見切って避けて。

 くるり、回避運動を回転に変えて、強烈な横薙ぎの一撃で斬りつければ……くるぶしから下が、斬り飛ばされた。

 

「ナンデダァァァァァ!!! フザケルナァァァァァ!!」


 もはや、意味がありながら意味のない叫び。

 ただ魂に刻まれた言葉を呪詛のように吐き出すだけ。

 ……刻まれた言葉がそれだというのなら、その人生は、どんなものだったのだろう。

 そうしてしまった最大の要因は、自分ではあるけれども。


「なんでだろうね? 次は、考えられるといいのだけれど」


 彼の、次は。与えられるのだろうか。信じる教えの無いレティには、見当もつかないが。

 終わらせてやらねばならぬのだろう、ということだけはわかった。


 ぐちゅり、ぶちゅり。

 肉が潰れ、血が踏みつけられる鈍い音を響かせ、彼が踏みとどまる。

 痛みなど感じないのだろう。斬り飛ばされた断面で、そのまま地面を踏みつける。

 嫌な音を響かせながら強引に身体を捻り、レティの方を向く。

 その顔に、目に、浮かぶ表情はひたすらに、恨みつらみ。

 それに突き動かされて、無理に踏み出してきて……膝を、ついた。


 彼の体重をささえるには、まともな足首があって初めて精いっぱい。

 であれば、もはや腐りかけた肉に支えられるだけの力は。


 そんな自明の事を、彼だけがわからずに、前ににじり寄ってくる。

 崩れたバランスを、強引に肉体の力だけで立て直しては崩れ、立て直しては崩れ。


「知らなかった。こんなにも、身に付いてなかったんだね……」


 しなやかに見えた動きは。重さを感じさせなかった動きは。

 全ては、彼の類まれなる肉体によるもの。ただ、それだけのものだった。

 悲しいくらいに、今となってはそれが浮き彫りにされてしまっている。


 見る影もないのに、覚えている。彼の身体の動きは、確かにこうだった、と。


「檻の中の虎、か……」


 流石と言うべきか、悲しいかなと言うべきか。

 ドミニクの言っていたことは、まさに的を射ていたらしい。

 

 こちらに向かってくる。腕を振り上げる。振り下ろす。

 全てが、異様な速さで、異様に緩慢だった。

 見える。動ける。かわせる。どころか、反撃も入れられる。

 悲しいくらいに、丸見えだった。


 そしてまた、刃が閃く。

 立て続けに加えられた斬撃に、ついに左腕が耐えられなくなり、斬り落とされた。

 バランスを崩し、ぐしゃり、地面に倒れ込む。

 だが、すぐに跳ねるように起き上がり、レティを睨んできた。

 まだ、終わらない、そう告げるかのようで。


「フザケルナァァァ!! フザケルナァァァァ!! オレハ、オレハアアアア!!!」


 まだ少しだけ、『彼』が残っていたのだろうか。

 もはやそれも風前の灯火のようではあるが。


 ギュリ、と音が響く程に拳が握られる。振り上げられる。

 油断は、しない。それがいかに丸見えであろうとも。

 化け物と化した彼は、何をしてくるかわからないのだから。


 振り上げられた腕を見ているようで、見ていない。

 見ているのは、彼全体。何をしでかすつもりなのか、それを見落とさないように。


 そして、振り下ろされる、瞬間にまた横へと流れる。

 拳は空しく空を切り、地面だけを砕く。


 そして。

 ガギン、と響く鈍い音。

 完全に体勢の崩れた彼、その脇腹へと、狙いすませた一撃。

 魔力をこれでもかと放つ、魔核へのそれは。


「っ……さすがに、硬い、か」


 以前砕いた魔族の魔核とは比べ物にならない硬度。

 凝縮されている魔力の密度が桁違いなのだろう。


 で、あるならば。


「打つ手は、まだあるから、ね……」


 そう言いながら、また横に流れた。

 少しでも広い範囲をとでも思ったか、開かれた手のひらの一撃を、軽やかにかわす。

 そして、振り下ろされたばかりの腕へと、全力の横薙ぎ。


 地面を踏みしめ、踏み込んだ力を、脚の力を、股関節の力を、背筋を、体幹を。

 全ての力を体軸に沿わせ回転に変えた力は……あっさりと、彼の腕を斬り飛ばした。


 ぐしゃり、悲しい音を立てて彼が地面に突っ伏す。


 もがく彼の側へと、滑るように寄り添って。


「……さようなら」


 そして、もう一度。

 地面を蹴る。間近の距離に、踏み込んで。

 踏み込んだ勢いを、踵を踏みしめて、受け止める。

 地面と、大地と一体化したような感覚。


「ありゃま。掴んじまったか」


 見ていたドミニクが、そう呟いた。実に、楽し気に。ほんのわずかにだけ、悔しそうに。

 あの境地に至れたのは、レティよりも幾らか歳がいっていた時だった。


「ま、師匠が良かったんだろうねぇ」


 そう、(うそぶ)く。


 明らかに、レティの身体のキレが違った。

 踏み込む勢いも、自身の体重も、大地の硬さも、重さすらも。

 全てを彼女の力に変え、それを余すことなく背筋に、腕にと伝えていく。


 そして、それが繰り出された。


 精緻の極み。

 積み重ねられた修練の生み出した力が、積み重ねられた技術によって正確に、寸分のぶれもなく、そこへと吸いこまれるように突き入れられる。

 ストン、と、ほんのわずかな音。

 魔核を、貫いて。


 直後。

 それが砕け、ため込まれていた魔力が爆発的に放出された。


 その爆風が収まった後。

 

 そこには、砕け散ったカーチスの残骸と。

 静かにたたずむレティの姿があった。

砕かれたのは彼の身体。そして、彼の策謀。

講じた手段は防がれて、後は野にも山にもなること叶わない。

せめて、せめてもとの悪あがき。それが通じる相手かも知らずに。


次回:策謀の終わりに


鉄壁のような淑女は、薄く笑った。



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