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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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剣の舞・アンコール

「しょ、勝負あり!!」


 凍り付いたように固まっていた審判が片手を挙げ、声を響かせる。

 その声は、震えていた。


 凄い勝負を見てしまった、というのはもちろんそうなのだが。

 二番目に近い位置で、カーチスの顔を見てしまったのだから、声を出せただけ大したものだろう。


 その声、どっと観客が湧き上がり、大歓声が響く。

 その歓声の中心で、カーチスとレティが向き合っていた。


 いや、カーチスは、放心したように天を煽いでいる。

 どうして、こうなった。

 そんな言葉が脳内で渦巻いている。


 動きを止めたままの二人の間に漂う緊張感に気付いたのか、あるいはカーチスの顔に気づいたのか、観客席最前列がざわざわとし始める。


「あ~あ……ちっくしょう、これで全部、おジャンじゃねーか」


 ぼそり、彼がこぼす。

 天を煽いだまま、どこか投げやりな口調で。

 しばらくそうしていた彼の口元が、歪む。


「はっ、ははっ、これで、全部、かよ。

 ははははっ、ははははははははっ!!!!」


 狂気じみた笑い声が響き、観客達が静かになっていく。

 どよどよと困惑したような声、ひそひそと抑えたような声。

 例外なく全員が、彼を見ていた。


 ぐいん、と急に首が動いた。

 どこか虚ろな目で、レティに顔を向け見つめる。


「お前だ。やっぱり、お前なんだな」

「言っている意味がわからないのだけれど」


 カーチスの言葉に、小首を傾げる。

 もちろん、彼がどう動こうがすぐに対応できるよう、警戒は怠っていない。

 対してカーチスは、随分と無防備に見える。


 そっけないレティの言葉に、だが、愉快そうに口の端を歪めた。


「お前だよ、お前だ。あの時も。今も。

 お前はいつも邪魔をする!!!!!」


 叫びに、大気が震えた。比喩でなく。

 あちこちで悲鳴が聞こえ、観客達が混乱し始めている。


 確かに大きな声だった。だが、そんな衝撃波のようなものを生じる程では当然ない。

 そんなものは、人間の出せるものではないから。


「ああ、そういうこと」


 一人、レティは納得していた。

 彼の叫びも、その現象も。


 彼の身体の中心に隠されていた、核のようなものが、暴走を始めている。

 間近の距離、レティは、それが放つびりびりと震えるほどの魔力を感じ取っていた。


「前はともかく、今回はたまたまだったのだけれど」

「知らねぇよ、ふざけるなよ、ふざけるナヨ、フザケルナァァァァァ!!」


 叫びと共に、彼の中の何かが、弾けた。

 爆風のような風が吹き荒れ、観客席から一際大きな悲鳴が上がる。

 

 その風に乗って、とん、とレティが距離を取った。

 放心したように立ち尽くす審判に向かって、声を掛ける。


「逃げて。それから、観客の避難誘導」

「はっ!? あ、わ、わかった!

 い、いや、君はどうするんだ!?」

「私? 私は……」


 ゆっくりと、カーチスらしきものへと、視線を向けた。


「私は、あいつのお相手。ご指名だし」

「そ、そんな、無茶だ!」

「でも、私が逃げたら、巻き込まれる人が出るし。

 時間稼ぎするから、その間に、お願い」


 ゆっくりと、カーチスらしきものが、視線を向けてきた。

 その視線が向けられたレティの、傍にいるだけで怖気が走る。

 だめだ、ここにいては無駄死にだ、と男の中の何かが告げていた。


「く、くそっ……すまん、死ぬんじゃないぞ!?」


 駆け出し、避難誘導の声を掛け始めた審判の背中を、ちらっと一瞬だけ見てから、改めてカーチスを見る。


 鎧を内側から圧迫するような筋肉の膨張。

 曝け出された顔は歪み、目が虚ろに窪んでいく。

 ぶちん、と音がして、鎧のパーツが弾け飛んだ。


 ゆっくりと、彼の身体が人以外の何かに変わっていく。


「レティさん!!」


 王族席にいたエリーが叫び、愛用の小剣を投げたのが見えた。

 見た目からは想像もつかない腕力を持つエリーの投擲は、狙い違わず小剣をレティの元へと運ぶ。

 それを、ぱしっと受け取った。

 

「ありがとう、そっちをお願い」


 と言ったのが聞こえたのか、唇で読み取ったのか、エリーがコクコクと頷いた。

 目論見はまだわからないが、この状況で一番狙われる可能性が高いのは、王族であることは間違いない。

 であれば、結界を使えるエリーと、レティ以上の腕前であるドミニクは、王族の側にいるべきだ。

 それは、事前に打ち合わせていた。

 だが、カーチスがああなるなど予想していなかったし、心配でないわけがない。


 それでも落ち着いてその場に立つレティを、信じるしかなかった。


「さて。随分と男前になっちゃったね」


 ふぅ、とため息を付きながら、小剣を鞘から抜き放つ。

 理屈の上でも感情の上でも、あれを相手にするのは自分であるべきだ。

 それは、わかっているのだが。


「さすがにそれは、どうかと思う」


 カーチスだったものを、見上げた。

 肥大した筋肉に覆われた身体、身長は3mをゆうに超えている。

 オーガだと言われても納得するような巨躯と、鼻が曲がりそうな腐臭。

 色々と誤魔化していたものが溢れ出し、暴走した魔力に飲み込まれてしまっている。


『フザケルナ……フザケルナ……』


 その口から洩れるのは、ひたすらに、恨み言。

 もはや、完全に亡者に堕ちたのだろうか。


「ふざけてるのは、そちらだと思うけれど。

 まあ、いいや」


 何かよからぬことを考えていたのだろう。

 そして今や、人間の姿を捨てて化け物になっている。その肉は一体どこから来たのやら。


 不思議なくらいに、落ち着いていた。そんな冗談じみたことを考えられる程に。

 これもドミニクのせいだろうか、と愚にもつかないことを思いながら、小剣を構える。


「もう少しだけ、付き合ってあげる」


 彼が、握った拳を振り上げて。振り下ろした。

 音の壁を撃ち抜きそうな勢いで地面を打つ、が。

 レティは既にその場から流れていた。

 そこを目掛けて拳を横に払うが、レティの鼻先をかすめるも届かない。

 その勢いで向き直り、正面にレティを捉えた。


 と、思った瞬間に。

 レティが前へと踏み込んだ。

 彼が反射的に繰り出した拳は紙一重でかわされ、挙句、小剣が躍り、その腕を一度二度、斬りつける。

 硬く分厚い表皮が、しかし、ざくりと切り裂かれ……ドロリとした何かが流れ落ちた。


 だが、最早痛覚もないのか、構わずその腕をまた、振り払う。

 その腕を、刀身に左手を添えた格好で受け、勢いに逆らわずに後ろに飛んで、離れた。


「……変なの。早くなってるのに、遅い」


 ぽそり、そう呟く。

 そう、巨大化した後、明らかに一撃は速く重くなっているというのに、それが先程よりもよく見える。

 触れれば弾け飛びそうな拳は、先程の長剣よりも脅威を感じない。

 あまりに力任せで、あまりに動きが丸見えだ。

 足さばきだって、見られたものではない。


「これが、哀れ、という感情なのかな」


 敵に向けるべき感情かはわからないが。

 彼がまだ何か奥の手を隠していないか、に気を付けてはいるが。

 するり、ゆるり。かわし、受け流し、避ける。

 彼を中心に円を描き、付いて、離れて。その度に彼に傷を刻み込んでいく。


「……終わらせてあげる」


 そう告げて。もう一度、攻勢に転じた。

拳が立てる音は、哀れなる亡者の怨嗟の声か。

届かない。届かない。届かない。

涼し気に踊る彼女には届かない。

積み上げられた恨みは、筋違いの怒りは、全て空しく床を打つ。


次回:カーテンコール


幕は、彼女の手で下ろされる。



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