激突・人外対人間
そして、迎えた大会最終日。
観客は満員御礼、がやがやと実ににぎやかに、今日の予想を語り合っている。
ここまで、全く相手を寄せ付けない武威をこれでもかと示してきた、全身鎧の男。
対して、全く相手に捉えられることなく、絶妙な技巧と体捌きを見せてきた軽装の女剣士。
まさに柔と剛の対決、長いことこの剣術大会を見てきた街の住人達も、どちらが勝つかと喧々諤々。
下馬評は、現在のところ鎧男が有利。
やはり、あの力と速さは説得力が違うらしい。
対して、人気はレティの方が高い。
この辺りは、同情票だとか、そうであって欲しい、というものも含まれているのだろう。
もちろん、見た目に惹かれた男性と、その力強さに惹かれた女性というのはあるようだが。
そのため、エリーなどは悲喜こもごも、むしろ人気の高さに神経を尖らせている始末。
当のレティ本人は、そんなことを気にもかけていないのだが。
ともあれ最終日、いよいよ決勝の時刻が迫ってきた。
「イグレット様、どうぞご武運を!」
「ここまで来たんだ、お前を表彰させてくれや」
ツェレンとバトバヤルが、そう激励する。
公私混同とも言えるが、そもそもレティは王家からの推薦だ、まあ、ギリギリのラインだろう。
そこに、ドミニクが声をかける。
「さて、伝えるべきは全て伝えたと思うが、問題はないかい?」
「ん、大丈夫、問題ない」
ドミニクの確認の言葉に、レティもこくりと頷いて返す。
相手の実像は、かなりつかめていると思う。
自分がどこまでできるかも、わかっていると思う。
体の調子は、いつも通りだ。
「やれるだけのことは、やれると思う」
「そんなら心配はいらないね。存分にやってきな」
その言葉に、思わずドミニクをまじまじと見つめてしまう。
見つめられたドミニクは、苦笑しながら。
「なんだいその顔は。あたしがこんなこと言うのが意外かい?」
「うん、それは、すごく意外。かなり、驚いた」
歯に衣着せぬ言い方をする真顔のレティと、その言葉に眉を潜めるドミニク。
一瞬、部屋に緊張感が走る。
だが、次の瞬間。
唐突にドミニクが噴き出し、レティも小さく笑った。
「くくっ、あんた、本当に言うようになったねぇ」
「それはまあ、鍛えてもらったから」
「そこを鍛えたつもりはないんだが、まあ、それもいいさ」
決して長い間ではないが、それでもこの一か月余り、実に楽しかった。
実に、充実していた。
それは、ドミニクもレティも同じく思っていた。
だから。
「じゃあ、行ってくるよ……師匠」
一瞬だけ、口ごもって。はにかむようにレティが告げる。
完全に意表を突かれたドミニクが、言葉を失う。
その顔を見られただけで、レティなどは満足だったが。
「ああ、行っておいで、一番弟子」
にやりと笑うドミニクに、レティも微笑んで答えた。
そして、入り口の側、一番最後に見送る場所に、エリーがいた。
「一番かっこいいところ、見せてくださいね」
信頼しきった笑顔で、言ってくれる。
だから、一番の笑顔を返す。
「もちろん。エリーの旦那様として、恥ずかしくないようにね」
それはもう、艶やかに笑って。
レティは、颯爽と会場へ向かった。
「そ、そういうところ、ですってばぁ……」
後に、腰砕けになったエリーを残して。
そして、レティは闘技場へと出てきた。
歓声とどよめきとざわめきが入り混じる場の、まさに中央へ。
熱狂するような、悲痛な、あるいは黄色い。
さまざまな声が、歓声が響く中、舞台に立ち、静かに待つ。
程なくして、対戦相手が現れた。
がちゃり、がちゃり。
無雑作に鎧の音を響かせて。
するり、するり。
獣のようなしなやかな足取りで。
『よぉ、久しぶりだな』
と、兜の中から親し気に声をかけてくる。
だが、敢えて小首を傾げて見せた。
「……誰? 私の知り合いに、顔を見せられない腑抜けはいないのだけれど」
心の底から不思議そうに言うその言葉に、男の空気が変わったのを感じた。
はて、こんなにも挑発に乗せられる奴だっただろうか。
いや、案外そうだったのかも知れない。
『言ってくれるじゃねぇか』
我慢の限界を今にも越えそうな声が、重々しく響く。
審判が身を竦めるほどのその声を、レティは涼し気に聞き流していた。
そんな空気に耐えきれなくなったのか、審判が片手を挙げて、震える声で宣言する。
「は、はじめ!」
それを、まさに合図として。
歓声が起きるよりも早く、男が、飛び出した。
金属鎧の重さなどまるで感じさせない動きで、3m以上の距離を、たった一飛び。
あっという間もなく、レティを彼の間合いに捕らえた。
その瞬間に、上段に振りかぶられていた剣を、鉄すら切り裂く鋭さで振り下ろす。
だが、レティには見えている。
恐ろしい速さの剣撃を、手にした小剣を合わせるように迎え撃った。
レティの頭を捉える前に割って入り、その側面にまとわりつき、受け流す。
受け流される、と男はわかっていた。
無理に逆らわず、受け流されるままに流され……それを予測していたがゆえに、急制動。
刃を止め、くるりと返して横なぎに払う。
しかし、既にその場にレティはいなかった。
受け流すと同時に、するりとその場から離れている。
男の攻撃を知っていたかのように。
挨拶代わりの軽い攻防の後、一度離れた二人が、互いの間合いを測るかのように動きを止めた。
ようやっと何が起こったか認識できた観客が、大いに歓声をあげる。
『相変わらず、みてぇだな』
その歓声を涼し気に聞き流しながら、男が楽し気に言う。
レティは、呆れたように返す。
「そちらこそ、相変わらず、だね」
そのニュアンスの違いに、気付いたかどうか。
男は楽し気に、またレティへと襲い掛かった。
打ち下ろす。薙ぎ払う。
圧倒的な、人間のそれを越えた圧倒的な暴力が、迫りくる。
だが、それらは全て、受け流される。まるで、既に知っていたかのように。
次回:止まる、流れる時間
そして彼女は静かに踊る。
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