絡まる因縁
そして、ついにその日が来た。
「これより、剣術大会の開会を宣言する!」
バトバヤルが高らかに宣言すると、地鳴りのような歓声が響く。
王城前広場に集まった民衆は実に楽しげであり、年に一度のこの祭りを心待ちにしていたことが伺えた。
その中に混じる自信ありげに不敵な顔、あるいは張り詰めた顔。
中には、どこか野卑で暴力的な表情を浮かべている者もいる。
いずれも腕に覚えのありそうなたたずまい、恐らくは参加者なのであろう。
ただ、彼らが携えている獲物は実に様々。
長大で分厚い大剣を持つ者。
両手で扱いはするが、片手でも扱えるくらいの長さと軽さのバランスが取れたもの。
幅広の片手剣に盾を持つもの。細身の片手剣を持つ者もいる。
極端な形の曲刀を持つ者もいるあたり、本当に様々な地域から参加者が集まっているのだろう。
武器は、様々なのだが。
多くの参加者に、共通する部分があった。
「あの。……なんだか、全身鎧を着ている人が多くないですか?」
ぽつりと、エリーがこぼす。
そう、実際に参加者と思しき連中は、かなりの割合で、全身金属鎧で身を固めていた。
至極当然なエリーの疑問に、ドミニクが苦笑を浮かべながら答えた。
「ああ、大分前のルール改正でね、鎧の上からの当たりは基本的にノーカウントになったんだよ」
「はい? なんですかそれ!?」
思わずエリーが素っ頓狂な声を上げるのもむべなるかな。
当たっても無効であるならば、がちがちに鎧で固めて、殴られながら殴り返すという戦法が有効になってしまう。
それはもはや、剣術の研鑽とはかけ離れたものではないか、と素人ながらに思ってしまうのだが。
「まあ実際、金属鎧の上から有効な斬撃を与えられるなんざ、あたしはともかく普通の剣士ならそうそうできるこっちゃない。
より現実的な剣術、実戦的な剣術を求めてのものって考えたら、一応筋は通っちゃいるのさ」
現実的に、を突き詰めた結果、鎧の隙間を突く、鎧の上から叩いて衝撃によるダメージを与える、などが有効な打撃として扱われることになっている。
もっとも、そもそも金属鎧を着て歩き回る戦場であれば、剣ではなく槍だとか戦槌だとかを使うのだろうが。
下手に現実に寄せようとして、色々と齟齬が生じてしまっている感は否めない。
「それは、そうなんですけど……なんていうか、これじゃない感じが凄くします……」
「あたしもそれには同感さ。だからイグレットを仕込んだところもあるからねぇ」
「……なるほど? つまり、彼らの考えに一石を投じろと」
まだ不満の残るエリーに、にやりと笑って見せるドミニク。
当の本人であるレティは、若干ジト目になりながらドミニクを見る。
まあ、そんな視線を向けられたところでドミニクは全く気にしていないのだが。
「そういうこった。今のあんたなら、できるだろ?」
「……否定は、しないけど」
限定的な条件が整えばだが、鎧越しに打撃を通せる自信は、正直に言えば、ある。
以前はともかく、ドミニクに鍛えられた今であれば。
隙間を通すことも、以前からやっていたから、できると言えばできる。
それはよくわかっているからこそ、どうにも素直に応じることができない。
そう思うことすら、彼女の手のひらの上であるようにすら思うくらいだ。
「別に、剣術とは、だなんて説教する気はないけどさ。
気に食わない、好みじゃない、なんてことはあるだろ?」
「それは、わからなくはないですけど」
「人をダシにしたことを、そうやって取り繕うのはどうかと思う」
悪びれないドミニクに、エリーもレティも、それぞれに思うことを口にしながら。
それでいて険悪な空気が流れないのは、これまでの積み重ねだろうか。
「ま、それも否定はしないけどね。
それを聞いたあんたのやる気はどうだい?」
「……やる気になっていることも、否定はしない。
私が剣術を語るなんて、とも思う、けれども」
所詮は血塗られた腕、汚れを背負った身だ。
剣術とは、などと語ることができる身ではないと重々わかってはいる、けれども。
それでも。わずかな期間ではあるけれども。
向き合った剣術の世界は奥深く、敬意を払うべきもので。
それだけに、安易な手段に思えるものには、複雑な気持ちを抑えられず。
「色々、思うことは、ないではない、から。
大会で、剣で語ることにする」
「ふっ、ふ、ふふふ……」
レティの言葉に、突如ドミニクが噴き出し、笑いだす。
唐突なそれに、レティもエリーも、何事かとまじまじと見つめてしまい。
やがて収まったドミニクが、にやりとした笑みを見せながら。
「イグレット、いっぱしの剣士みたいなことを言うようになったじゃないか。
あたしゃ嬉しいよ、あんたがそんなこと言ってくれるのが」
その言葉に、一度、二度、ぱちくりと瞬きをして。
ふいっと顔を逸らした。
若干、頬が赤くなっているようにも見える。
だが。
その横顔が、不意に引き締まった。
「レティさん? どうか、しました?」
「あ、いや、ええと……」
エリーに問われて、口ごもる。
感じたものは、酷く直感的で主観的な物。
普段であれば歯牙にもかけないそれが、背筋を震わせるほどに警戒を呼び掛けていた。
視線の先にいるのは、全身鎧に身を包んだ剣士。
それ自体は、取り立てて騒ぐほどのものではないのだが。
「ふぅん? なんだいありゃ。
人の形をした虎みたいな奴だね」
ドミニクが、そう評するほどに。
相当な質量をもつ全身鎧を身にまといながら、その剣士の身のこなしは自然であり、しなやかなものであった。
鎧の質量など気にもしないほどの筋力。
常識外の筋力を持ちながら、柔軟性、しなやかさを失わない身のこなし。
「……まさ、か?」
そんな人間を、一人だけ知っている。
だが、彼がここにいるわけもない。
いるわけもないことを、誰よりもよく知っている。
だが。
全身鎧の彼が、こちらを、見た。
間違いなく、レティを捉えている。
ぞくり、背筋に走る寒気。
彼が、兜の向こうで笑った。
それが、妙に鮮烈に感じられた。
時を重ね、業を重ねる程に絡みつくそれを因縁というならば。
それがもたらしたものを因果というのだろう。
時に人を狂わせるそれに、ただ流されるなど受け入れられるわけもない。
次回:因縁、その向こう
切り開き、切り払う。そう、決めたのだから。
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