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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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大会前日

 そこからは、毎日が密度の高い稽古の繰り返しだった。

 実戦さながら、いかにして一本を取るのか。駆け引きも含めた組手が続く。

 

「目線でバレバレだよ、そんなフェイントに引っ掛かる奴がいるかい」

「くっ、こ、のっ」


 動きで惑わし、崩そうと試みたり。

 時に緩急をつけて揺さぶってみたり。

 ありとあらゆる手段を講じては弾き返され、また挑み。


 毎日くたくたになるまで稽古をするが、翌朝にはすっかり回復している。

 

「この稽古は体よりも頭を使う稽古だからねぇ。

 ちゃんと食うもの食ってりゃ、頭は体よりも回復は早いもんさ」


 などとドミニクは嘯いていたが、まあ少なくとも嘘ではないらしい。

 体のキレは落とさず、技の磨きだけを仕上げていき。


「よし、ここまでにしとこう。

 明日は一日しっかり休んで、大会に備えな」

「うん、わ、かった……」


 息も絶え絶えになりながら地面にへたりこむレティと、涼し気な顔のドミニク。

 いや、ドミニクの額にも汗が浮かんではいたが。

 それでも、疲労の度合いは一目瞭然だった。


「レティさん、お疲れ様です」


 ぱたぱたとエリーがかけより手ぬぐいを渡すと、受け取ったレティは緩慢な動作で汗をぬぐった。

 はふ~……と長い溜息がこぼれる。


「ま、よくついてきたもんだよ、ほんと」

「そんな涼しい顔で言われても……」


 結局、一本取ることは最後までできなかった。

 かなり惜しいところまでいけたところはあったのだが、それでも、届かず。

 なんとも悔し気な顔で、じぃ、とドミニクを見つめる。


「でもでも、レティさんだって間違いなく成長してますよ!

 横で見てて、二人とも完全に意味わからなくなりましたから!」

「えっと、それは誉めてくれてるのかな、エリー……」


 両手で拳を握って力説するエリーに、眉を寄せて困ったような顔をしながら。

 なんとなしに、自分の手に視線を落とす。

 確かに、成長はしているんじゃないか、とは思うのだが。


「成長してるってのはあたしが認めてやるよ。これ以上確かなもんはないだろ?」

「自分で言うかな……否定はしないけど」


 ドミニクの安請け合いに、ジト目を返しながら。

 少しだけ、考えるような間が空いて。


「どれくらい、成長してるかな」

「また難しい質問だねぇ。かなり、って表現じゃわかりにくいが……。

 そうさね、あたしの足元にはかじりつけそうなくらい、かねぇ」

「なるほど。足元にも及ばない、わけじゃないと」

「そういうこった」


 その答えに、喜んでいいのか、悔しがるべきなのか。

 なんとも複雑な表情を浮かべるレティに、ドミニクがにやりと笑ってみせる。


「ま、あたしがちょっとは本気になろうってくらいにはなってきたってことさ」

「完全に本気にさせられなかったのが悔しいのだけれど……」


 はふ、と吐息を一つ零す。

 遥か遠い背中は、近づいたような遠いような。

 

 それでもレティは、少しだけ自信のようなものも感じていた。

 じっと、開いた手のひらを見つめる。

 そこには豆もタコも、一つもできていなかった。




 レティの呼吸が落ち着いたところでその日は解散となり、それぞれの宿に戻る。

 疲れた体は、特に疲れ果てた脳は食事を求め、普段よりしっかりめの量を食べた。

 部屋に戻りベッドに横たわれば、即座に睡魔に襲われ。


「だめですレティさん、ちゃんと体拭かないと!」


 と世話焼き女房にたたき起こされ、しぶしぶ体を拭く。

 拭いている最中に何やらちらちら視線を感じるけれど、それもいつものこと。

 寝間着に着替えて今度こそベッドに横になれば、腕の中にエリーが転がり込んできた。


「……エリー、わかってると思うけど、今日と明日は無しだからね……?」

「……もちろん、わかってますよ?」


 明らかに目を合わせようとしないエリーに、くすり、小さく笑ったりしながら。

 しっかりと腕の中のエリーを抱きしめ、目を閉じる。

 不思議なくらいの落ち着きを感じながら。





 翌日は、いつもの様に朝早く起き、朝食を摂り、ゆっくりと過ごし。

 昼過ぎには、部屋にいてばかりも、と散歩に出ようという話になった。


 冬の冷たい空気の中、二人でコルドール王都の街中を歩くのは、なんとなく楽しかった。

 前に入った道具屋に顔を出し、掘り出し物がないか探したり、早くも出ている出店を冷やかしたり。

 

「なんだか、人が多くなってる気がする」

「もう明日から剣術大会ですからね、商人さんや剣士の人はもちろん、それを見に来る旅人や冒険者でいっぱい……というところでしょうか」


 その、大会に出る当の本人が、こうしてのんびりと散歩をしているのだから、おかしなものだ。

 明日は大会だ。それは、わかっている。

 自分も出るのだ。それも、わかっている。

 はっきりと認識できているのに、心は不思議と凪いでいた。


「ねえ、エリー。私、勝てると思う?」

「もちろんですよ、ドミニクさんが飛び入りでもしてこない限り」

「ああ……やりかねない」


 二人して顔を見合わせ、くすりと笑う。

 不思議と、不安がない。

 遺跡から帰ってきて、そこからの数日間の稽古は、本当に充実していた。

 一日、また一日と吸収し、成長できた日々だったと、思う。

 それらが、自分の身体の中で形を成している実感もある。


「明日……いよいよ、だね」


 忙しなく色を変える冬の空が、赤く染まり始めたのを見上げながら。

 ぽつり、呟いた。

切り払い、蹴り落とし。それでもなお、絡みつく。

足元に、首元に、真綿で締めるようにじわじわと。

因縁は、人の業を撚り合わせた見えぬ糸。

払う程に新たな業がまた積み重なる。


次回:絡まる因縁


それは、いつだって不意に訪れる。



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