らしからぬ夜
休憩をしてから、小一時間程で『研究所』の最深部に辿り着くことができた。
安全が確保できた、という意味では喜ばしいが、その間にめぼしい発見も無かったのは残念なところで。
「どの道、これ以上の探索は無理ですし……今日は、休みましょう」
「ん、その方がいいだろう、ね……さすがにちょっと、疲れたし」
そう言いながら、二人してベッドに腰かける。
どうやらここは所員の居住区だったらしく、ベッドがある個室が十部屋以上並んでいた。
その一つを拝借し、機能が復活したエリーが厳重にロックをかけて一息ついたところである。
持ってきていた携帯食料を食べ、水を飲み……気持ちが落ち着けば、今日の疲労がずしりとのしかかってきた。
「床の上じゃなくて、ベッドで寝られるのはありがたいです。
……シーツはちょっとこう、使い物にはならないですけれど」
「そこは、ね……さすがに、時間が経ちすぎているし」
マットに使われている謎の素材は何故かそれなりの弾力性を保持していたものの、その上にかかっていたシーツは既にぼろぼろになっている。
それを取り除いて野営用に持ってきた毛布を被せて、その上にもう一枚被せれば、それなりに快適な寝床のできあがりだ。
まして、一人ではなく二人で包まるのであれば、暖かさは保証付き、である。
「今日のところはもう、寝てしまいましょう、ね、ね?」
「うん、それには賛成なのだけれど。エリー」
「はい、なんでしょうか?」
「……さすがに今日はしないからね?」
「……や、やだなぁ、わかってますよ、もちろん」
誘うようにベッドをぽんぽんと叩いていたエリーの動きが一瞬止まる。
そして、レティの方を振り返り、笑顔を見せた。
誰がみてもはっきりとわかる、作り物の笑顔を。
そんな顔を見てしまえば、レティも思わず吹き出してしまって。
「もう、そんな顔しないの。
帰ったら、ちゃんと二日分するから」
「べ、別にそれしか考えてないわけじゃないですからね!?
で、でも、宜しくお願いします……」
慌てた表情で言い返すも。
結局欲望には勝てず、小さな声でそう付け加えていた。
ベッドに入り体を横たえれば、改めて疲れを実感する。
目を閉じれば、すぐに意識が失われてしまいそうなほどの、猛烈な眠気。
手放してしまっても、いいのだが。
いつものようにくっついて眠るエリーを、抱きしめ直す。
しっかりと抱きしめていないとどこかにいってしまいそうな不安感。
先程の休憩の時に、知らない自分に振り回されそうになっていたエリーを抱きしめた。
今は、未知の不安に揺らぎそうになっている自分を繋ぎとめるために、抱きしめる。
腕の中のエリーは、なんとも幸せそうな表情だ。
先程、スリープ状態に移行した、はずだが。
きっと、眠る前にこんな表情をしていたのだろう。
そう思うと、少しだけほっとする。
「エリーの不安、少しでも取り除けたかな……」
小さく小さく、つぶやく。
夜の探索中、取り乱す、までいかずとも、それに近かったエリー。
彼女の安心に、少しでも自分が役に立てたなら、それは、とても嬉しいことだった。
「エリーは、もっと私に頼っていいと思うのだけど」
エリーに言わせれば、すでにもう、十二分に頼り切っているのだが。
レティからすれば、それでもまだまだ、足りないらしい。
抱きしめたまま、すぅ、と息を吸いこむ。
ふんわりとただよう、エリーの甘い香り。
ああ、だめだ。このまま、酔い痴れるように眠ってしまう。
そう思いながらも、目を閉じた。
予感は的中し、ほどなくしてレティは意識を手放した。
翌朝。恐らく、朝。
時計が狂っていないのであれば、朝の鐘七つ。
少し、寝すぎてしまったらしい。
「おはよう、エリー」
「おはようございます、レティさん」
先に起きていたらしく、すっきりとした顔でこちらを見ているエリーに挨拶をする。
とても、間近の距離。ふと、気になって。
「ねえ、エリー。もしかして、ずっと私の顔見てた?」
「ずっと、じゃないですけど、結構長い間、見てました」
悪びれもせず、むしろ得意げな顔で言うエリーに苦笑を返す。
普段自分がやっていることを返されたのだから、咎めることもできない。
少しだけ悔しさの様なものを抱えながら、上半身を起こし、身体の具合を確かめる。
どうやら、疲れはほぼほぼ抜けているようだ。
なんとなく、自身の丈夫さにレティは呆れにも似た感情を覚えてしまう。
あれだけ歩いたのに、もう。
この状況でそれは、もちろんありがたいのだけれど。
「ん……私の方は異常なし。エリーは?」
「はい、私も状態異常はなし、快調です」
そう言いながら、エリーはガッツポーズをしてみせた。
そんな仕草がおかしくて、可愛くて。思わず、くすっとわらってしまう。
「そう、それなら心強い。今日は、探索の続きをしながら、戻ろうか」
「はい、そうしましょう!」
そうして、一日が始まる。
いつものように。いつもでない場所から。
いつものように、二人で。
軽い朝食を摂ると、少しだけ休憩して、探索を再開した。
今度は最深部から上っていくように辿っていく。
研究者の個人研究室のような部屋をいくつも漁るが、ほとんど資料は残っていなかった。
どうやら空振りか、と思っていた時だった。
「あ……これ、関係ありそうです」
エリーが、一冊の書物を手にした。
レティも覗き込む、が……。
「……文字は読めるのだけれど……なに、これ」
魔術を習得しているだけあって、古代文字の読解はお手の物、のはずなのだが。
やたらと多い専門用語、意味の分からない数字の羅列……これらを理解しろ、と言われたら、流石に無理があった。
「ええと、エリミネイターなど、後期型ドールの仕様書、みたいです。
これを読解したら、何かわかるかも知れません」
「なるほど……だったら、これ持って帰ろう」
「はい、そうしましょう」
レティの言葉に、エリーも頷く。
最早活用できる人間はこの場にはおらず、そもそも存在しているかすら怪しい。
であれば、まだ多少は意味がわかるエリーが持ち帰った方が有用であろう。
「何かわかるといいね」
「そう、ですねぇ……」
レティの声に答えるエリーの声は、期待と不安に少し揺れていた。
日の光を浴びる。日常へと戻ってきたことの実感。
それは安らぎであったり、充実であったり。
つまりは生きている、ということなのだろう。
次回:魔が差す時
それは、生きているからこそ。
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