迷路の中の光
「エリー、落ち着いて。ペースが速すぎる」
「は、はい、すみませんレティさん」
探索を再開してから、何度目かのやり取り。
早く早く、と先を急ぐエリーを、レティが窘める。
もう、何度か繰り返されていた。
強化されたエリーの感覚にも、レティの探査魔術にも敵らしきものは引っ掛かってはいない。
それでも、何があるかはわからないと思って進むべきだ。
それは、エリーとてわかっている。わかっているはずなのだが。
どうにも、探索を再開してからは、様子がおかしい。
「エリー、ちょっと待って。少し、休もう」
「え、あ、そう、ですね……すみません」
制止をかけたレティが見せた時計は、九つの鐘を示そうとしていた。
恐らく、この『研究所』に入ってから三時間程。とっくに、夕飯を取って寝る準備をすべき頃合いだ。
少なくとも、マナ・ドールであるエリーはともかく、レティはしっかりと休むべきだろう。
まあ、時計を見せているレティ本人の表情には、まるで疲れの色が見えないのだが。
「さっきからちょっとおかしいよ? 何かあったのなら、ちゃんと説明して欲しいのだけれど」
「あう、すみません……なんだか、凄く焦っちゃって……」
人気のない小さな部屋に腰を落ち着けて、隣り合って腰を下ろしながら、レティが問いかける。
焦る自分を自覚はしていたのか、エリーは申し訳なさそうに小さくなっていた。
「別に、怒ったりするつもりはないのだけれど、何があったかは教えて欲しいな。
探索を続ける上でも、単純に、その……エリーの恋人としても」
「レティさん……も、もう、何言ってるんですか、こんな場所で」
散々あれこれすることをしておいても、真正面からこういうやり取りをするとさすがにまだ照れるらしい。
二人して頬を染め、もじもじ照れたりとすることしばし。
少し落ち着いたエリーが、口を開いた。
「ええと……まず、最初に私がマナ・ボルトを使えなくなった時のこと、覚えてます?」
「え、それは、もちろん」
あれは、バランディアでのごたごたが片付いた後のこと。
数か月前にアザールの森で色々と試したことは、まだ覚えている。
「あの時、ブラスターの出力が高すぎたっていう話、しましたよね?
その後、コルドールまでの旅路でも、どうにも出力がえらいことになっていることも」
「うん、それももちろん。ずっと間近で見ていたのだし」
初めて会った遺跡で見たのももちろん凄い威力だったが、特に最近のブラスターはとんでもない威力になっていた、と思う。
目が眩むほどの光と、全てを薙ぎ払うかのような威力。
あれでもまだ威力を少し抑えているのだと、レティだけは知っていた。
「それが、明確にどれくらい威力が上がっているか、わかるようになってしまいまして」
「……なるほど? でも、それって悪いことじゃない、というかむしろ良いことだよね?」
「ええ、良い、んですけど、ねぇ……」
言葉を切って、天井を見上げた。
むしろさらにその向こうを見ているような遠い目をしながら。
「……400%、だそうです」
「……え。何、が……?」
話の流れからして、何が、かわからないわけではない。
だが、信じられない。信じられるわけがない。
「出力補正が。
ちなみに、レティさんとくっついてる時が400%、くっついてなかったら300%みたいで」
「何、その無茶苦茶な補正……。4倍とか3倍とか、無茶苦茶だよ……」
呆れたような口調のレティに対して、エリーは首を横に振った。
「プラス、です。+400%と+300%」
「……ええと……それって、つまり……5倍と、4倍……?」
もはや絶句寸前のレティに、黙ってエリーは頷いて見せた。
……しん……と音がしそうな程の沈黙が辺りを支配する。
一撃でアイアンゴーレムを沈めるブラスターの威力が、5倍。
もはやドラゴンですら一撃ではなかろうか。
「そう、みたい、なんですよね……私自身の体感、以前と比べての感覚ともおおよそ一致しますし、多分間違いないかと」
「なんでそんなことになってるの……?」
「わからないんですよ、それが。
で、さらに意味がわからないのが……作業が終わった直後の表示、+250%だったんですよ」
「……うん? なんで50%も違うの?」
「それもわからないんですよ……なんでこんな急なのか」
はふぅ、とエリーがため息を吐く。
レティもまた、顎に手を当てて考え込む。
「威力が上がること自体は、喜ぶことだよね?」
「それはもちろん、そうですけど」
「でも、理由もわからず威力が上がっちゃうのは怖いし、不気味だよね……」
「そう、そうなんですよ……私に何が起こってるの? って不安になります」
不安げに顔を俯かせるエリーの頭を、撫でる。
それ以外にどうしてあげたらいいのか、わからないから。
「でも、一つだけ手掛かりがあって……さっきの交換作業中に、夢を見たんです。
多分マナ・ドールの研究者と思しき人が二人、何か話し合っていて……多分、出力向上に関する話を。
だったら、ここのどこかに手掛かりがあるんじゃないか、って」
「なるほど……その可能性はある、ね。
だけど、エリー。焦る気持ちはわかるけれど、そういう話はちゃんとして欲しいな。
そうしたら私も色々考えたり調整したりできるのだし」
「うう、ごめんなさい……」
うなだれるエリーを抱き寄せ、頭を撫で続ける。
いつも明るく前向きなエリーだが、常にそうでいられるわけがあるはずもない。
そして、不安になった時には、どうしていいかわからなくなることもあるだろう。
とは、レティも思うのだけれど。
「ちょっと、不満、かな」
「あう、ごめんなさい……」
「ああ、ええと……多分、エリーが思っていることとは違う。
そうやって不安になった時に、ちゃんと相談してもらえなかった自分に」
そんな自分であれば、エリーがこんなに不安になることもなかったろうに。
そう思えば、なんとも不甲斐ない。
予想外の返答に、エリーはきょとんとした顔になってしまう。
「なんでそうなっちゃうんですか……私が勝手に不安になったんですよ? 私が悪いんです」
「そういう風に思いたくないから、かな……二人のことは、できるだけ二人の責任にしたいな、って」
ささやくようにレティがそう言うと、ぴくん、とエリーが体を震わせた。
緊張したかのような硬直の後に、身体の力を抜いて……レティにもたれかかってくる。
「だから、そういうところ、なんですってばぁ……レティさんは私に甘すぎます」
「まあ、自覚はあるのだけれど……いいじゃない、エリーにだけ、だったら」
「だめ、と言えない自分が憎いです……」
結局のところ、こうして受け入れてもらえる、と信じているから弱音の一つも吐ける。
そんな自分がちょっと嫌で、受け入れてもらえる自分は嫌いじゃなくて。
受け入れてくれる人は、大好きだから。
諦めたように。でも少し満足そうに。
抱きしめられたエリーは、吐息を零した。
夜は人を狂わせるという。
あるいは日の光の下では開けぬ扉を開くと。
遺跡の夜、非日常の夜。それは、様々な感情を呼び起こす。
次回:らしからぬ夜
あるいは、らしさなど最初からないのかも知れない。
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