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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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残された物

 しばらくしてエリーが落ち着きを取り戻したところで、探索を再開する。

 ゴーレムを含む魔物との交戦を通じて、エリーは調整したマナ・ブラスターの使い方に馴染んでいった。

 最初はどうしても通常のブラスターに比べて発射に時間がかかるのは仕方がない。

 しかし、何度も使っているうちに収束率変更などの調整シークエンスもあっという間に行えるようになり、今ではほとんど遜色ない時間で撃てるようになっていた。


「かなりスムーズに撃てるようになってきたね」

「そうですね……まさかこんなことができるようになるなんて。

 おかげで、魔力消費も抑えられますし、いいことづくめですよ!」

「そう、それは良かった。やっぱり何事も訓練が大事」

「そ、それはそれで、練習万能論みたいでいやなんですけど……でも」


 ちょっとだけレティの目の輝きに危ない物を感じながら。

 ふと、自分の手に目を落とした。


「でも、不思議ですね。絵はもちろんなんですけど、こういうことも練習で上手くなるなんて。

 私、戦闘に関係する練習とか訓練ってしたことなかったんですよ」

「そうなの?随分と慣れた動きだと思っていたけれど」

「そうなんです。最初から、そういう動きができるように頭の中に入ってたんです、体の動かし方とかが」


 エリーのようなマナ・ドールは、頭部にある記憶媒体にデータを埋め込むことで、そのデータの通りに動くことができる。

 一体だけ徹底して訓練させ、学習した動きのデータを他の個体に移すことも可能だった。

 そのため、エリー自身は訓練らしい訓練を受けることなく実戦に配備され、しかも問題らしい問題は起こっていない。

 であれば、わざわざ訓練に時間を割くことなどなかったわけだ。


「なのに、こうして私、練習して戦闘スキルの向上ができました。

 ……変なの。こんなことに喜んじゃってるんです。人間みたい、って」

「そう。……いいんじゃない、喜んじゃっても」


 ぽつりとつぶやくエリーの表情は、確かに嬉しそうでもあり。

 どこか、戸惑っているようでもあり。

 そんなエリーの横顔を見ながら、少しだけ考えて口を開いた。

 レティの言葉に、エリーは不思議そうに小首を傾げる。


「そうなんですか? なんだかこう……変じゃないです?」

「うん、変じゃない」

「こんなことで喜んじゃうの、可愛くないと思うんですけどね~」

「大丈夫、私にとってはいつも可愛いから」


 きっぱりと、言い切る。

 途端にエリーは動きを止めて、じぃ、とレティを見つめた。


「レティさん」

「何?」

「そういうとこですよ、そういう!!

 こういう遺跡とか危険な場所でそういうセリフ言われて、私が恥ずかしさで死んだらどうするんですか、この女たらし!」


 顔を真っ赤にしたエリーが詰め寄り、その剣幕に思わず後ずさる。

 困ったように眉を寄せながら、降参するように両手を挙げて。


「ごめん、私が悪かった。言う時は時と場所を考える」

「わかればいいんです、わかれば!

 ……あれ? わかってる、のかな……?」


 なんとなく腑に落ちない顔をしながらも、また歩き始める。

 そろそろ『研究所』に着く頃合い、むしろ着いておきたいところ。

 貴族が持っているような正確さはないが、おおよその時間がわかる程度の時計は庶民の手にも入るようになっている。

 遺跡に向かう直前に合わせたそれは、もうすぐ6つの鐘の頃合い、日も暮れる頃と示していた。


 日の差し込まない遺跡の中では、時間感覚は失われやすい。

 中には『別にそれで構わない、疲れるまで進んで疲れたら休めばいい』という冒険者もいたが、大体の場合早死にしている。

 人間、案外体が動いている時は疲れに意識が向かないものだ。

 往々にして疲れはいきなりくるし、そんな時に魔物が来ればひとたまりもない。

 

 人間の感覚はあてにならないと経験や知識で知っている冒険者は、時計で時間を管理し定期的に休息を取るようにしていた。

 レティ達も当然、定期的に休憩を取っていたが、そろそろ小休止程度でなくきちんと休んでおきたい頃合い。

 であれば『研究所』に辿り着けていた方が安心できる。


 そう思いながら、さらにしばらく進んだ頃だった。


「……ここ、のはずですね」

「ここ? ……あまり他の所と変わらない気がするのだけれど」

「建物の中身は地下に向かってますからね~、表に出ている部分はそんなに大きくないんですよ」


 なるほど、そんなものかと頷きながら、室内へ向かって『動的探査(アクティブサーチ)』を放つ。

 室内で動く人間や魔物、ゴーレムなどがいないことを確認すると、エリーに向かって一つ頷き。

 頷き返したエリーが扉の横にあるパネルを何やら操作し始めた。

 しばらくするとパネルが光を放ち、プシュ、と小さく空気が漏れる音をさせながら、扉が開く。

 中を油断なく確認し、ついでに空気の匂いも確認して、入って問題なさそうであることを確認しながら。


「エリーがいたら、遺跡探索で大儲けできそう」

「やります? 私はいいですよ?」


 苦も無く開いた扉に、思わずそう呟く。

 にっこりと笑いながら振り返るエリーを見ながら、数秒だけ考えて。


「……やめとく。エリーが絵を描く時間がなくなっちゃうから」

「……もうっ、だ・か・ら! そういうとこなんですってば、レティさん!」

「え、いや、これは普通に思ったことを言っただけなのに」

「むしろ天然だからこっちのダメージもでかいんですよ!」


 理不尽だ、と心の中で思いながら『研究室』と思われる室内へと侵入する。

 入ったところでエリーが室内にあったパネルを操作し扉を閉鎖、ロックをかけた。


「これで、そう簡単には外から入ってくることはできないはずです」

「ん、ありがとう。後は中に何もいなければ、だね」


 言葉を交わしながら、慎重に歩みを進めて行く。

 『動的探査』で敵らしきものはいない、と確認はしたものの、対抗魔術を使っているなどすれば探知できないこともあるからだ。

 静まり返った建物の中、二人の足音だけを響かせながら進んでいく。

 ちなみに、レティは足音を立てずに歩くことが可能ではあるが、エリーが「背後に誰もいないように感じて不安になるんです」と訴えたため、わざと足音を立てている。


 ともあれ、ゆっくりと周囲に注意を払いながら進んでいった。

 

「そうですね、やっぱりマナ・ドール関係の研究をしてたところで間違いないみたいです。

 あちこちに、見覚えのあるものがありますし」

「当たりだったみたいだね、よかった」

「構造的には、こっちに行ったら保管庫があるはずです」


 エリーの誘導に従って、さらに進むことしばし。

 特に魔物などに出会うこともなく、保管庫らしきところに辿り着くことができた。


「ここは、他の部屋に比べてパスワードが厳重にかかってるんですよね……。

 レティさん、しばらく私無防備になりますから、周囲をお願いできますか?」

「もちろん、任せて」


 頷いたレティが、小剣に手をかけて周囲へと注意を向ける。

 エリーは髪の中に手を入れ、後頭部の当たりからコードを引っ張り出した。


「……何それ」

「こういった情報機器にアクセスするためのコードです。

 これを使うと、もっと直接的にこういった端末を操作することができるんですよ」


 そう言いながら、コードをパネルに付いている口に差し込む。

 あれ? 何か忘れているような? と思うが、そのままアクセスを開始して。


「い、いたたたた!?」

「え、エリー!?」


 いきなり悲鳴を上げたエリーに驚いてレティが振り返る。

 苦悶の表情を見せるエリーを見て、これがまずいのかとコードに手を伸ばす、が。


「ま、待ってください、それ今抜くともっと、まずいですっ」

「え、で、でも、これがまずいんじゃ……」

「まずいんですけど、いきなり抜くのはもっとまずいんですっ」


 オロオロとしているレティに涙目で言いながら、アクセスしたパネル端末に介入して、扉を開くことに成功。

 痛みをこらえながら終了処理をしてコードを抜くと、力が抜けたようにがくりと膝をついた。


「き、きつかった~……忘れてた~……」

「大丈夫? ちょっと、座って休もう」

「すみません、ありがとうございます~……」


 冷たくないようにと床に毛布を敷き、その上に座らせる。

 隣に自分も座って、エリーの身体を支えるように肩に腕を回し、抱き寄せた。

 エリーも甘えるように体を預けてきて目を閉じ、呼吸を整えるように深呼吸をしばし。

 痛みが治まってきたのか、ゆっくりと目を開けた。


「はふ~……痛みが治まってきました……」

「それは良かった、けど……何だったの、今の」


 心配げにエリーの顔を覗き込んでいたレティも、落ち着いてきたらしい表情に、ほっと安堵の息を吐きながら。

 浮かんだ疑問をぶつけると、エリーは困ったような狼狽えたような顔になる。


「いや、その、ですね。そもそも、今のコードを使ってた時に壊れた情報処理回路の代わりを取りにここにきたわけですよ。

 だから、壊れたままの回路を使おうとしちゃったわけで……。

 あれです、骨折した腕をうっかり使おうとしちゃったみたいな感じに」


 エリーの説明が理解できたのか、レティが顔をしかめた。


「……それ、めちゃくちゃ痛いんじゃ……」

「はい、めちゃくちゃ、痛かったです……。

 だからっていきなり抜いちゃうと、前と同じことになるので、骨折を重ねることに」

「それで、無理してでもやりきるしかなかった、と」

「そういうことです……」


 憔悴、と言っていいほど疲れ切っているエリーの頭を撫でて、慰める。

 エリーも素直にその手に甘えていた。

 そうやって休憩することしばし。ようやっとエリーも少し回復したらしい。


「さ、私はもう大丈夫です、中で部品を探しましょう」

「本当に大丈夫? まだ休んでてもいいけど」

「いえ、これ以上時間をかけても、ですし」


 そう言いながらエリーが立ち上がれば、レティも仕方なく立ち上がる。

 少し足元のおぼつかないエリーに寄りそうようにしながら、レティ達は中へと踏み込んだ。

壊れた部品を取り除き、入れ替える。

当たり前に行われる作業はしかし、我が身に降りかかれば当たり前ではなく。

ましてそれが、大事な人であれば。


次回:心、ここにあらず


その心は、一体どこにあるのだろう。


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