吠えよ、剣
「さて、その鍛えたお宝を実際どう使うかって話なんだがね」
そう前置きをすると、ドミニクは距離を取って木剣を手にした。
一度、具合を確かめるように軽く振って見せて。
「まず、普通に腕だけで横に振ってみな。
具合を確かめる感じで軽くでいい」
「わかった」
言われるがままに、軽く振ってみる。
それ自体は、いつもと変わらない。
「じゃあ、次だ。
背筋を伸ばして、身体の中心に通った軸を中心に、背中のこの辺りの筋肉を使うつもりで体を回してみる。
その感覚が掴めたら、その体の使い方でもう一度腕を振ってみるんだ」
「え、ここ……ええと……」
背後に回ったドミニクが、レティの背骨周りにある筋肉や肩甲骨をぽんぽんと軽く叩く。
その当たりの筋肉を使って、上半身を回す動きを数回。
なるほど、なんとなく普段と違う気がする。
なんとなく感覚が掴めてきたか、と思ったところで、腕を振ってみた。
ひゅんっ! と今まで感じたことのない勢いで腕が振り回されるような感覚。
動きを止め、何があったのかと自分の手を見つめる。
「うんうん、上出来上出来。
後10回ばかしその動きを繰り返して、感覚を体に覚えさせな」
ドミニクの言葉にこくりと頷くと、素直に10回程腕を振る。
振れば振る程に動きが体に馴染み、腕の振りも鋭くなっていくのを感じた。
その感覚が面白くて、10回どころでなく振っていると。
「こらこら、気持ちはわかるが、そこまでにしときな。
次の段階の方が面白いからさ」
「え、う、うん」
窘めるドミニクの声に、ぴたりと動きを止め、次の指導を聞き漏らすまいと食い入るように見つめる。
「で、いよいよなんだがね。
まず大事なのは足の踏ん張りだ。
普段はもちろん柔らかく使って、斬撃の時だけしっかり締める。
特に、右から左に振る時は左足、左から右に振る時は右足がしっかりと受け止める必要があるからね」
そう言いながら実際にドミニク自身も腕を振ってみせ、脚を踏ん張ってみせる。
右に、左に、と振るのに合わせて、歩くような自然さで脚を踏みしめ、しっかりと勢いを受け止めているのがわかった。
「……簡単そうにやってるけど、これかなり難しくない?」
「ま、単に受け止めるだけだったら難しくもないよ。
ただ、斬撃の威力を最大限に引き出すんだったら、とてつもなく難しいがね。
なんせ、踏みしめてると勢いが落ちる。
最大限の威力を出そうと思ったら、剣が当たる瞬間にだけ地面を踏みしめないと」
「それこそ、剣を斬るくらいの威力だったら、か……」
納得したように呟くと、自分でも試しに何度かやってみる。
気を付けるポイントがわかっているからか、なんとなく上手くできている気もするし、まだまだな気もした。
「で、この足の踏ん張りが股関節の力を発揮するのに必要なわけさ。
動き自体は、いわゆる腰を入れる動きってやつだ。
多分、今のあんたならできるはずだよ」
「今の、私なら……わかった、やってみる」
こくりと頷き、構える。
軽く肩幅程度に足を開き、一度深呼吸。
右足を一歩前に出し、その足が地面についた瞬間に、腰を入れる。
腰を捻る、のではなく股関節を締めるように捩じり、その力で腰を回す。
その回転の力を殺さないように体の軸を意識し、さらに増幅するように背筋の力を加えて回転して。
肩甲骨から先の腕は、鞭のように飛んでいくイメージで、振り回した。
響く、風を切り割く鋭い音。
途端に感じる、指先のじんわりとした痛み。
何か不思議なものを見るような顔で、その指先を見つめた。
「どうだい、指先が痛いだろ? そいつは上手く振れた証拠さ」
「うん、なんだか変な痛み……じくじくと腫れるような感じ」
あまりに鋭く振り切れたために、指先の毛細血管が軽く破裂した痛み。
残念ながらそんなことは理解できていないが、それでも、自分の腕が、手が、今迄と違う動きを見せたことはよくわかった。
「そんじゃ、そいつを実際に剣の動きに変えたらどうなるか……気になるだろ?
おあつらえ向きに、あそこに立派な木がある。あいつを撃ってみなよ」
ドミニクが指さした先に、確かに一本の大木があった。
うなずいて、その大木へと歩み寄る。
木剣を手にし、具合を確かめるように何度か握り直して。
ふぅ、と一つ息を吐き出した。
じ……と大木を見据えて。剣を、構えて。
ふ、と呼吸を一つ吐き出しながら、踏み込んだ。
そしてその呼吸の音は、木剣の上げた唸りにかき消される。
聞いたことのない甲高い唸り声。
感じたことのない木剣の速さ。
そして、味わったことのない衝撃。
ごぐんっ!と重い音を立てながら大木を抉った木剣を、取り落とした。
あまりの衝撃に右手が痺れ、かたかたと震えている。
「おーおー、大したもんだ。
最初でそんだけ威力を出せるったぁねぇ。やっぱあたしの教え方がいいのかな」
感心したような、どこか揶揄うような、そんな声を掛けながらドミニクが近づいてきた。
茫然とした顔で右手を見つめていたレティは、ゆっくりとドミニクの顔を見る。
「……何、今の」
「何って、あんたのほんとの一撃さ。
まあ、まだまだ未熟で粗削りで、改善点は多いけどね」
足元に落ちていたレティの木剣を拾い上げ、柄を向けてレティへと差し出す。
差し出されたそれを、まだ右手が痺れていたから、左手で受け取った。
「あれが、ほんとの私の……」
「とはいえ、まだまだ実戦で使えるもんでもないねぇ。
一々剣を取り落とすわけにもいかないだろ?」
「それは、確かに……」
「まずは握りの確認と調整と練習だね。
それを徹底するだけでも取り落とすのは格段に減るし、何より力がきちんと伝わるから、威力がさらに上がる。
動きもまだまだ馴染んでないから、これも要練習だねぇ。
ただまあ、あの威力で木剣が折れなかっただけ大したもんだ。きちんと刃筋が通ってたってことだからさ」
言われて、手にした木剣へと、視線を落とした。
確かに、衝突した箇所が多少削れていたが、木剣自体は歪みも何もない。
あの衝撃を、木剣は正しく受け止めていた。
「そう……ちょっと嬉しいけど、かなり悔しい。
もっと、練習しなくちゃ……」
「そうそう、その意気だ。ただし、正しく練習しなよ?
正しく練習したら、こんな手になるからさ」
そう言いながら、ドミニクは手を開いて見せた。
見せられたその手のひらを、しばし凝視して。
信じられないものを見て、何度も確認するように瞬きをする。
毎日剣を握っている者の、使い込まれた手だ。
生きてきた年数だけ剣を振るってきた、その手は。
「え、何これ……何で、豆の痕も剣ダコの一つもないの……?」
「そこがまあ、正しい練習の成果って奴さ。
正しい握りで、正しい力配分で振ってやったら、上手いこと力が分散していく。
タコができるってことは、そこにだけ負荷がかかってるってことだから、上手い握りじゃないってことさ」
「なるほど、言われてみれば、そうかも知れない……」
自分の右手の平を見てみた。
豆もタコもないにはないが、手の赤くなった部分は偏りがあるように見える。
これではだめだ、ということは、さっき嫌という程教えられた。
「……まだまだ先は長いね」
「そりゃそうさ、あたしだって何年もかかったんだから。
だがまあ、それをできる限り短縮するためにあたしが教えてやるんだ、しっかりついてきな」
にやり、自信満々な笑みに。
こくりと素直に頷いた。
自身に眠っていた力は、まるで別人のよう。
それを一つ、また一つと引き出して、練り上げていく。
まだ、まだ、足りない。望むものには、まだ。
次回:望む未来
歩みを止めない先に、それはきっとある。
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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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