次へのステップ
「すまん! 俺が悪かった、反省した!」
「あ、いや、そこまで謝罪しなくても……」
レティの殺気に当てられたバトバヤルの行動は、それはもう潔く見事なものだった。
自身の王たる身など全く顧みない、床に膝をつくその仕草は、コルドールにおいては最大限の謝罪の仕方であると後にツェレンが教えてくれたりしたが、今のレティにそれを知る術もない。
ただ、それが過剰なまでの謝罪であるということだけは伝わってきたから、先程までの殺気もどこへやら、オロオロと立つように促していたりする。
「そうそう陛下、イグレットもこう言ってるんですから」
「……ドミニク。なんとなく、賭けを持ちかけたのはあなたじゃないかと思っているのだけれど」
「おやおや、本当に勘が鋭くなっちまったねぇ、困ったもんだ」
「ドミニク?」
そして、もう一度ブリザードが吹き荒れる。
さすがに二度目となればドミニクも慣れたもの、ニヤリと笑みを浮かべて。
「ふぅん、いい顔するようになったじゃないか。いいさ、遊んであげようか?」
「望むところ。この際言うべきは、はっきりと言わせてもらう」
二人の間に冷たい圧力が高まり、周囲の人間が恐れ慄いて。
そして。
「いい加減にしてください!!」
「お待ちください、お二人とも!!」
誰も動けなかった所にエリーとツェレンが割って入り、何とか場をとりなした。
「いいですかレティさん、いくらバトバヤル陛下が寛大で、今回落ち度があったとは言えですね……」
「お父様もお父様です。ドミニク様も! あんなからかい方は、いくらイグレット様と言えどお気に触って当たり前です……」
くどくどくどくど。
エリーとツェレンの二人がレティ、ドミニク、バトバヤルを前にして説教をしている。
あまりに見慣れない光景に、周囲の人間は遠巻きにして眺めることしかできない。
こうして客人と共に朝食を摂る光景自体はコルドールでは珍しくないが、そのホストである国王が椅子で小さくなって説教を受けているなど。
神妙な顔をしているレティやバトバヤルはもとより、ドミニクもさすがに空気を読んだのか、大人しくしていた。
やがて二人の説教が一段落したころに、タイミングを見計らったように食事が運ばれてくる。
いや実際見計らっていたのだろう、給仕長がほっとしたような顔をしていた。
そして食事が始まる、というタイミングで何かに気づいたようにレティが周囲に視線をやる。
「バトバヤル陛下とツェレン様だけ?
確か王子が二人いると聞いたことがあるのだけれど」
「ああ、二人は朝早くに国境付近に向かってもらったよ。
例のガシュナートの件でな」
「ああ、なるほど……」
昨夜のうちにある程度情報を引き出せたらしく、国境付近に軍を一部派遣して警戒に当たらせることにしたらしい。
情報が嘘である可能性もあるため、二部隊に分けてそれぞれ王子が指揮することにしたという。
「ガシュナートのゴラーダはなんでもしてくるから、何をしてくるかわからん。
気を付けるにこしたことはないからなぁ」
珍しく苦虫を噛んだような顔を見せるバトバヤル。
両国の関係は険悪であり、何度もやりあっているだけにいい感情は持っていないのも当然だろう。
少し重くなった空気を変えるように、ぽん、とバトバヤルが手を打ち合わせた。
「ま、気が滅入る話はここまでにしとこうや。
で、イグレットが剣術大会に参加する件なんだがな」
「え。待って、それ、私が? 初耳なのだけれど」
バトバヤルの言葉に食事をする手を止め、レティが小首を傾げた。
「そうなのか? ドミニクの姐さんから頼まれたから、てっきり聞いてるもんだと思ってたんだが」
「……ドミニク?」
ジロリ。
冷たい空気を纏った視線に、当のドミニクだけが平気そうな顔だ。
「順番が前後しただけさね。それに、あんただって身に付けたのがどんなもんか知りたいだろ?」
「それは、否定しないけれども。けれど、順番が違うだけでも随分受け取り方が変わるのだけれど」
ケラケラと笑うドミニクへと、ジト目を向ける。
もっとも、彼女が言う通り、試したい気持ちがあるかないかで言われたら、あるのも事実ではあるが。
「まあともかくだ。
ガキの頃に見た記憶がぼんやりあるだけだからドミニク姐さんも正直見たかったんだが、優勝者は出場できない決まりだからなぁ。
だがツェレン達から聞いた話だとイグレット、弟子のあんたも相当やるんだろ?
だったら、是非にってな」
「……期待に沿えるものかはわからないのだけれど」
バトバヤルの言葉に、しばし考えて返す。
実際のところ、剣術大会に出てくるような人間相手にどこまで通用するかはわからない。
その大会を制したというドミニクに対して、全く手も足も出ない状況なのだから。
「なぁに、優勝した時と今のあたし、どっちが上かって言えば今のあたしだから、比べるもんじゃないよ。
あの頃のあたしと今のあんたを比べたら……まあ、いいところに行くんじゃないかねぇ」
レティの悩みを見透かしたようなドミニクの言葉に、だからなおのこと自信を無くすのだけれども。
恐らくドミニクも、半分はわかっていてやっている。そしてもう半分は、きっと期待なのだろう。
「……それが本当かはわからないけれど。体よく外堀を埋められた気もするけれど。
出てみること自体は、まあ……いいけど」
なんとも、歯切れが悪くなってしまう。
どこまで我儘に、思うままに振舞ってみてもいいのだろうか、わからない。
好意的な周囲の反応に、どうにも困ってしまう、というのも正直なところだ。
「心配しなさんな、なんでもかんでも都合よく用意する気もないから」
「うん、言っている意味がよくわからない。どういうこと?」
レティの心情を推し量ってか、あるいは揶揄うためか。
ドミニクの軽い言葉に、レティは眉を潜める。
「ああ、つまりだな、参加枠そのものは問題なかったんだが、特別推薦とかはさすがに無理でな。
予選から参加してもらうことになったんだ」
バトバヤルが、後を拾って言葉を続ける。
予選、という言葉に今度はツェレンが表情を曇らせた。
「あの、お父様。予選から、ということは、その……イグレット様は、集団予選から参加なんですか?」
「そうせざるを得ないところだ。特別枠で出すことも考えたんだが、こうして直接会ってイグレットの腕の程を知ってる俺らはともかく、そうでない人間からは贔屓にしか見えないだろうからなぁ」
バトバヤルからしても、本意ではないらしい。
ツェレンはそれに輪をかけて不服そうだ。
「ねえ、集団予選ってどんな形式なの?」
「あ、その、大体10人前後の予選参加者が広い試合会場に集められまして、そこで最後まで立っていた人が勝ち抜け、というルールです。
この剣術大会も随分と有名になりまして、参加者をかなり集めておりますもので……。
武器は刃引きの物を使いますし、相手を死なせた場合は失格になりますから、大きな事故はそうそう起こってはいないのですけども……」
レティの問いかけに、ツェレンがおずおずと答える。
なるほど、その形式であればツェレンが心配するのも当然だ。
そして、ドミニクがそれで出させる理由もわかる。
「なるほど。……その程度捌けなくてどうする、ということ?」
「ほんと、察しが良くて助かるねぇ」
ニヤリと笑うドミニクに、困ったように眉を寄せた。
限定的な空間での、対集団での戦闘。
今後レティが対応を身に付けないといけない場面の一つであることは間違いない。
それが比較的安全な状況で用意されるということ自体は、決して悪いことではないのだろう。
であれば。
「ねえ、エリー。
かっこいい私を見たい?」
「はい? ……え、それは、もちろん、見たいですけど……」
唐突な問いかけに、エリーが目を丸くする。
そして返ってきた答えに、うん、と一つレティは頷いて。
「わかった。じゃあ、出ることにする」
どこか満足そうな顔で言い切るレティに。
「お前ら、朝っぱらから見せつけんでくれんかね?」
原因の一角であるバトバヤルが、そうぼやいた。
それは、ずっと前から仕込まれていた。
無自覚に、愚直に積み重ねられていたもの。
意味を教えられることなく、知ることもなく、ただひたすらに。
それらは全て、この時のために。
次回:開花の兆し
人の業の深淵、その一端。
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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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