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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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乙女の身嗜み

「……昨夜はお楽しみだったみたいだね?」

「お願い、聞かないで……」


 翌日昼過ぎに商人の使いがレティ達を呼びに来て、集まった商会の一室で。

 ニヤニヤとしたドミニクの問いかけに、困ったように目をそらしたレティが小さく呟いた。


 何しろ一目でわかるほどにご機嫌でつやつやした笑顔のエリーと、どこか疲れたようなレティがやってきたのだ、色々お察しというもの。

 一つだけ違うとすれば、一線は越えていないというだけのことだが。

 二人の空気も、周囲の反応も、そんなことは些細な違いでしかないとばかりに濃厚なものを発し、あるいは感じ取っていた。

 

 そしてエリーはそんな空気の中で何故か得意気というか誇らしげであり、だからかえってレティはいたたまれない気分になっているのだが。

 そんな空気の中、商隊のリーダーを務めていた商人、ルドルフが割って入ってきた。


「お二人とも、お呼びだてしてすみません。

 やはり予想通り、国王陛下からお呼びがかかりました」

「ああ、やっぱり、なんだ……」


 なんとか誤魔化そうと、その言葉に反応する。

 目だけで礼の気持ちを向ければ、彼もこくりと小さく頷いてみせた。


「ええ、今日の昼過ぎ、三つの鐘の頃に参上するように、と」

「ほんとに昨日の今日なんだねえ。よほど娘の恩人に会ってみたいのか、義理堅いのか、あるいは両方か?」

「両方、でしょうねぇ。バトバヤル陛下はそういうお方です」

「おやおや、あんたバランディアの人間だろ?

 いいのかい、コルドールの王様に入れ込んで」


 どこか誇らしげに言うルドルフへと、ドミニクが揶揄うような声をかける。

 だが揺るぐことなくにこりと返して。


「リオハルト陛下はこの程度でお気を害されるお方ではありませんでしょうから。

 両陛下とも私は尊敬しております」

「なるほど、物は言い様だねぇ」


 悪びれることもなく、むしろ当然とばかりの言い草に、ドミニクは楽しそうな笑みを浮かべた。

 そんなやり取りを聞いていたエリーが、小首を傾げつつ横から口をはさんでくる。


「あの、バトバヤルって確か、ツェレン様がそんな名前だったような」

「ああ、こちらでは個人の名前の後に父親の名前を繋げる習わしなのですよ。

 そして、家の名前は持たないことがほとんどです。さすがに王家などの身分は必要性があるので家名を名乗ってらっしゃいますが」

「なるほど、だからツェレン・バトバヤル・コルドールになるんですね」


 国が違えば風習も違うのは当然で、まして時代が違えばなおさらのこと。

 バランディアやジュラスティンはエリーの時代と同じような名前の付け方だったため気にならなかったが、これだけ遠くまでくればやはり違うものだと実感してしまう。

 と、ふと何かに気づいてレティの方を向いた。


「そういえば、そういう名前だってレティさんはもしかして知ってたんですか?

 聞いてる様子が、そんな感じだったのですけど」

「ああ、うん。一応聞いたことはあった」

「さすがレティさん、博識ですね~♪」

「え、いや、それほどでは……」


 両手を胸元で組み、きらきらとした顔で見つめるエリーに、若干押されるような態勢でレティが答える。 それを見ていたドミニクが揶揄うような声を出した。


「エリー、お熱いのは結構なことだがね、ちょいと手加減してやりな、旦那様がお困りだ」

「あ、それもそうですね……ごめんなさいレティさん、浮かれちゃってて、つい」


 てへ、とレティに向かって謝る姿は、悪びれた様子がまるでなく。

 しかし怒ることもできずに、はふ、と小さくため息を吐く。


「浮かれて、って……まあ、いいのだけれど……」


 なんだかんだ言って、エリーに褒められること自体は嬉しいことではあるのだから。

 そんな風に思ってしまう自分に、恥ずかしくなったりはするけれども。


「ま、ともあれ、だ。

 お招きいただいたからには、粛々と参上しましょうかね」

「それは、まあ。断るわけにもいかないし、ね」

「あ。待ってください、国王陛下の御前に出るんですよね?

 服装とかこれでいいんですか?」


 そう言いながら、エリーが自分の着ているローブの裾を摘まみ上げた。

 元々が上質なもので防御魔法も付与されている逸品ではあるが、さすがに長旅でくたびれた感じが否めない。

 そして残念なことに、レティはまったく無頓着で、ドミニクも似たようなもの。

 いくら向こうからのお召しとは言え、失礼に当たるのではないだろうか、と悩んでしまう、が。


「え、別にいいんじゃない? リオハルト陛下は気にしてなかったし」

「でもほら、あの時はお仕事でしたから。

 私たちのこの格好、仕事着みたいなものですし」

「多分大丈夫だとは思うんだがねぇ。

 ってかあんたら、さらっととんでもないこと言ってる自覚はあるかい?」


 呆れたようなドミニクの声に、二人は顔を見合わせて。

 数秒後、ああ、と思い出したような声を上げた。


「まあ、その。たまたまそういう仕事を受けたことがあっただけで、ね」

「うん、普通はそのたまたまがそうそうないんだがね?

 後が怖いから詮索するつもりもないが、ねぇ」

「でも本当に、たまたまだったんですよ、これが。

 長くなりますし、色々あれなのでここまでにしておきますけど。

 それはそうと、本当に大丈夫なんでしょうか」


 改めて心配するエリーの肩が、ぽん、と叩かれた。

 振り返れば、ルドルフがにこやかな笑みを浮かべている。


「エリーさん、ここがどこで、何を扱っているか、お忘れですか?」

「ルドルフさん、それは……もしかして?」

「ええ、皆さんの御召し物、よろしければこちらでご用意させていただきます。

 ああ、お代は結構ですよ、皆さんとのご縁をあちこちでお話させていただけるなら」


 それはもうにこやかな笑みに、そんなこったろうと思った、とドミニクは、そしてレティも苦笑を浮かべている。

 だが、一人だけ様子が違った。


「ルドルフさん。お金は払いますから、一番いい服を用意していただけませんか?

 レティさんに。レティさんを思いっきり着飾らせたいんですが、協力していただけませんか?

 協力、してもらえますよね?」


 今まで見たこともない迫力の真顔で迫りくるエリーに、さすがのルドルフも顔を引きつらせてじわり、後退る。

 その様子を見ていたレティが、ふぅ、とため息を一つついて。


「エリー、私は普通くらいでいいから……あまりプレッシャーかけないで、お願い」


 ぼやくようにしながら、エリーにお願いした。

国が変われば空気も変わる。

街並みも、流れる水も、風さえも。

風が変われば人も変わる。その上に立つものなれば、さらに。


次回:所変われば


気風の良さとはこういうものか。



※派生作品始めました!

「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」

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1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。

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